12 体育祭

 6月も終盤に突入し、もうすぐ体育祭だ。

 高等学校で必ず執り行われる行事である。授業で身に付けた技能を全学年が遺憾なく発揮する場で、地域を挙げての一大イベントにもなる。


 1年生は授業をあまり行っていないので三大力の扱い方はまだまだ拙いが、その初々しさも含めて毎年来客に楽しまれていた。

 開催まで残り1週間を切ったところで、刺激の少ない街では既に結構なお祭り騒ぎとなっている。当日は人もそれなりに入るであろう。


 学校内では体育祭に向け、通常の時間割を返上して練習に充てられる。どのクラスも勝ち気で満ち、率先して練習をしていた。

 祭りは1~3年合同の計7チームに分けられる。各チームに順位が付けられるため、全員が必死で取り組むのだ。最終的な優勝クラスには、名誉と栄光が齎される。

 

 体育祭参加者は、必ず3つ以上の競技に参加する。

 俺の出る種目は、一年生共通の三人四脚、他に綱引きとチーム対抗リレーだ。


 今は全員参加の応援合戦を最上級生の指導の下、グラウンドで練習をしている。

 応援合戦は校歌斉唱の後、各チーム独自の演武を披露する予定だ。演武はダンスみたいなもので、覚えれば大したことは無い。

 

 実は、演武よりも校歌斉唱の方が厳しいのだ。


「おら!もっと腰を下げろ!」

「「「「「~~~~!!!!」」」」」


「聞こえねぇぞ!!腹から声出せ!!!」

「「「「「~~~~!!!!!!!!」」」」」


「もっとだ!!!!」


 激しい言葉を飛ばすのは、応援団長のごう先輩。

 骨の芯まで響くような声量で、正直身震いするほどだ。一年生は、誰もが恐れを抱いているだろう。あと、筋肉ムキムキで非常に羨ましい。


 先輩たちは一年生の姿勢矯正と声出しを手伝う。

 姿勢は、手を背中の腰辺りで組み、脚は背を効率よく反り返らせるためか、右足を後ろに位置させ、左足は前へと出ている。これが意外と辛い。

 更に、声を張り上げさせられて、喉が枯れる者が続出。


 当然ながら、下級生からは陰で非難が殺到する。


 だが俺は思いの外、嫌いではない。

 何故なら、気功力をいくら使っても明るみになることがないからである。

 鍛錬になる行動は、何でも楽しめるのだ。


 俺は気を細胞に行き渡らせ、痛みを感じる喉と突っ張る脚を癒す。

 身体は体勢が崩れず、喉も枯れない。

 変わらずに、常時声を張り上げられる。


 問題は、なにもなかった。


「~~~~!!!!!!!!!!!!!」


 ははは、まだまだ出るぞ。


 大声で校歌を斉唱していると、剛先輩が俺の方へやってくる。

 姿勢を矯正しに来たのだろうか。


「お前、名前は?」

「山田です。山田広」

「……そうか。山田、お前を一年生の代表に任命する。列の先頭へ並べ」


 ……。


 恐らく、あれだ。


 声、出し過ぎた。





 本番当日は、早くも訪れた。

 開会式から各チームの採点が開始される。

 式は入場行進から始まり、1組から順に校庭へ集まっていく。

 どのクラスも、ある程度揃った動きを見せるが、俺達のクラスはレベルが違った。


 まるで軍隊の行進だ。


 全員の脚と手の振りがピッタリと揃う。

 少しの乱れもないそれは、一種の芸術へと昇華されていた。


「「「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」」」

「「「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」」」


「3組だ!」

「今年もあそこは凄いな」


「「「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」」」

「「「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」」」


「行進パフォーマンスを見ているみたいだ」

「綺麗……」


「「「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」」」

「「「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」」」

 

 ……見たところ、俺は外れくじを引いてしまったらしい。

 3組という名の、残念賞を。


 砂煙をたてながら軍団は突き進む。

 俺は先頭集団で一年生の指揮を任されていた。


 やるからには真剣だ。それでないと、意味が無い。

 誰よりも声を上げ、腕と脚の動きを落とさない。

 勿論、狙う得点は一番上。閉会式で与えられる行進賞も受賞するつもりだ。


 負ける気、一切なし。何故なら、死ぬほど練習したのだから。





 いくつか種目は進み、現在は綱引きだ。体育祭の綱引きは、勝ち抜けトーナメント戦で行われる。


 どうやら、3組は競技面で他よりも劣るらしく、練習はしているが、あまり良い結果を残せていなかった。

 気功力がものを言う綱引きは、単純な総気功量の勝負になり、差も生まれやすい。操作法に長けている者が多い3組では、勝利を飾るのは難しいだろう。

 よって、大体が超体力テストの成績が悪い人達の集まりであった。

 やる気はあまり感じられず、端から負けムード。


 いわゆる捨て試合だ。


 一方、俺は気功力なしでなかなかの成績を収めているがこの種目にいる。

 綱を握っているだけで楽そうだったので、立候補しておいたのだ。

 剛先輩には、俺がチームを勝利へ導くと法螺を吹いておいた。


 ……体育祭で気功力を使う気はないのだから、俺一人で試合が動く筈もない。

 騙される方が悪いのだ。俺に責任は存在しない。


 そんな気持ちを胸に、呆けたように立っていると、周囲から視線が注がれているのに気づく。その方向へ目を向けると、他クラスの男子が体操服のズボンへ手を突っ込み、こちらを蔑むように見ていた。


「クチャクチャ」


 中にはガムを噛んでいるメジャー選手気取りもいる。

 日本ではバッシング対象だぞ。


 他にも、何チームかが同じ様子だ。

 3組を狙い目だと思っているらしい。


 まぁ、その思惑に違いはないだろう。


 違いはない。

 ……が、鼻持ちならんな。


 ……。


 あれ。

 俺が力をつけようと思った理由は何だったか。


 そうだ。

 他人に俺の邪魔をさせないためだった。

 侮られることなく、自由気ままに生きていくためだった。


 忘れていた。

 恐らく、この胸に宿る沸々とした気持ちは、生まれ変わる際に抱いた思惑がそうさせているのだろう。思い返すと、勝利以外に選択肢はないように思える。


 ……勝つか。

 心を新たにする。誰のためでもない、自分のために。


 先輩方も捨て試合だとみて、力を抜いているらしい。

 馬鹿が。


 俺は前に出る。


「てめぇらぁ!!!」


 奴らの肩が跳ねる。音の正体を確かめるようにこちらを向くと、誰もが驚いた顔をした。俺が普段、周りと接することなく、寡黙であるからだろう。

 

 自分としても避けたい状況であるが、なりふり構っていられない。


 力を使って勝つのは、多分、それほど難しくないのだろう。普段の授業や、体育祭の練習風景を見ていても実感できる。

 だが、それでは意味が無い。

 クラス単位で勝つ。圧倒的に勝つ。それでいて負かす。

 これこそが大切だ。


 ……こういうのは俺の役目じゃあないんだがな。

 まぁ、一年生の代表になったのだし、一度くらいは仕方がない。

 声を出すのも、得意だからな。


「言われっぱなしで黙っているとは、恥ずかしくねぇのかビチグソ共が!!」


 全員から可笑しなモノを見るような視線が飛ぶ。

 まだ、状況が理解できてないらしい。頭の悪い奴らだ。


「てめぇらは便所の糞と同等だな!! いや、豚共の餌になるという役目が与えられているだけ、糞の方がマシだったか!! 糞以下共!!」


 まだだ。これだけでは刺激が足りない。

 困惑している雰囲気の中、更に煽る。


「糞以下共と同じ空気を吸っていると思うと気分が悪くなる!! 早くどこかへ消えてくれ!! その方が環境にも優しいだろう!!」


 数人は怒りの表情を見せる。

 それでいい。

 気持ちをありったけぶつけろ。

 俺に対し、憤りを見せてみろ。


「先輩だのなんだのは関係ないな!! 戦う前から負けを認めているクズ共に払う敬意は存在しない!! 一から学び直してこい!!」


 口を結び、顔を赤くして俺を見ている。今にも怒鳴りだしそうだ。

 そうだ、もっと俺を憎め。殺したいほどに。


「勝機がないからどうでもいいだぁ!? 人生舐めんな!! 負け試合だから、捨て試合だから本気を出さない、早々に諦める。片腹痛いねぇ!! そんな調子なら家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶっているんだな!! その方がよっぽど自分の糧になる!! あぁ、既に吸い過ぎて乳も出ないくらい萎れちまったか!?」


「試合に臨むなら本気になれ!! 勝利を必死になって手繰り寄せろ!! 気持ちで負けるな!! 力がないからどうにもならない、そんなのはただの言い訳だ!! 掴もうとしなけりゃ何も手に入らねぇぞ!!」


 クラス全員が、俺の言葉を黙って聞いている。

 それでいい。耳の穴かっぽじって、よく聞いていろ。


「これまでしてきた練習は何だった!! 足を絶対に止めるな!! 背筋を伸ばして腕を振り上げろ!!」

「力を奮え!! 前に進め!!」

「そうすれば負けない!!」

「俺達は強い!!」

「つまり、言いたいことは一つッ!!」

「自分を諦めるな!!」


 全力で声を張り上げる。

 自然と、周囲は静かになっていた。

 当然、周りのチームは引いている。


 きっと、黙している奴らの心中では、怒りの水がマグマの如く煮えたぎっているに違いない。もう噴火寸前で、その発射口は俺に向いていることだろう。


 ……これでいい。

 自ら悪役を買って出ることで、チームの心が一つに固まる。あとは、中心人物が恨みの捌け口を試合に持っていけばいいのだ。

 生憎と、俺は恨みの購入方法しか知らず、運用についてはお手上げだ。誰かに託すしかないが、その委ねるべき人物はもうそろそろ到着すると予想された。


 俺の肩にゴツゴツとした大きな手が置かれる。


 きた。


 剛先輩だ。俺が騒いでいるのを見て、座席から駆け付けたのだろう。

 振り向くと、剛先輩の他にも3組の生徒が数人続いていた。

 あれだけ五月蠅くしていれば、集まるのは止めようがない。


「山田」

「すみません、言い過ぎました」

「いや、いい演説だった。あとは任せろ」

「はい」


 俺は頭を下げ、後退する。

 この人に任せれば、上手く、誘導してくれるはず。

 あとは安心だ。


 俺は非難されることになるが、些細な問題だ。

 勝てればいい。

 接敵の排除。

 それだけが全てなのだから。


 堂々とした出で立ちで剛先輩から離れた。

 俺は恥じるようなことは何もしていない。


「貴様ら!!こんなことを言われたまま黙っていていいのか!!」

「「「「「よくないです!!!!!」」」」」

「ならやるべきことはわかっているな!!」

「「「「「はい!!!!!」」」」」


 剛先輩を含めた場にいる3組全員が、離れようとした俺の方へ向き直る。

 全員が真面目な表情で姿勢を正した。


「「「「「山田ぁ!!!!!」」」」」

「……はい」

「「「「「すみませんでしたぁ!!!!!」」」」」

「……はい…………ん?」


 謝罪。

 腰を90度に曲げて、頭をこちらに差し出す。

 確かな陳謝だ。


 ……。


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