11 健康志向な私

 次の日、朝の読書1分前に学校へと到着する。

 教室の扉を開けると、いつも通り担任もおり、全員が着席していた。

 異なるのは、扉が開く音を聞いて前の席にいる女生徒が一人振り返り、俺に気づくと花が咲いたような笑顔で手を振ることだ。


 早乙女渚。クールそうな見た目とは異なり、内面は明るいようだ。

 特に何も考えず、手を振り返す。


 話し声が少し聞こえる程度だった教室内が、一際騒がしくなった。

 驚愕する雰囲気が伝わってくる。

 なんだ?人気海外アーティストでも来日したのか?


 鐘が鳴る。


 どうでもいいか。

 席に着き、本を読んでいる振りをして気功力のトレーニングを開始した。

 気功力は外見に変化が現れないから何時でもできる。便利なのだ。





 昼ご飯の時間だ。


 俺は、栄養摂取は非常に大切な行為だと思っている。

 どれだけ高い負荷のトレーニングをしても、体を成長させる成分が存在しなければ意味がないのだから。

 食べることも、一種の訓練だと思ってもらっていい。

 よって、俺が昼を疎かにすることはないのだ。

 

 お弁当を鞄から取り出したところで、声が掛かる。


「ヒロくん。これから、親友と食堂でお弁当を食べるのだけれど、一緒にどうかしら」

「遠慮する」

「即答!?」


 間を開けずに答える。

 一緒に食べても栄養が増えるわけではないからな。

 寧ろ、時間を無駄にするだろう。意味は見出せない。


「……や、やっぱり私と一緒にご飯を食べるのは嫌よね。ごめんなさい」


 早乙女の顔に影が落ちる。

 自虐を誘った表情は、何とも卑屈的だ。


 ……面倒である。


「……移動するのが疲れるだけだ」

「え?」


 煩わしいこと、この上ない。


「食堂へは行きたくない、と言っている。時間の無駄だ。ここで食うか、早乙女が離れるか、自分で選ぶんだな。まぁどちらでも俺の腹が短時間で満たされる事実に変わりはないから、さして興味はない」

「……っ!わかったわ!友達、呼んでくるわね!」


 背を向けて走り出した。


 大体の生徒は食堂で食べる。他にも屋上やグラウンド、実習棟など食事場所は様々だ。

 教室に残る生徒は少なく、俺を含めても現在4人程しかいない。


 昼ご飯は必要な栄養を取るだけなので、場所移動は必要ないだろう。

 生徒は全員阿保だな。時間が勿体ないと何故理解できないのか。

 訓練をしている人間にとって、一分一秒も無駄にすることは許されない。

 罪なのだ。


「……はぁ」


 お弁当には手を付けず、早乙女が戻るのを待つ。


 ……近くの机を寄せておくか。

 前方にある二つの学習机を向かい合うようにセットし、横合いへ俺の机を移動させる。


 これでいい。

 廊下から慌ただしい足音が二つ、近づいてくる。

 帰ってきたか。


「おまたせ、ヒロくん」


 早乙女の後ろには、薄緑のショートボブと瞳で茶色いラウンド型の眼鏡をかけたあどけない顔の女性がいた。胸がでかい。


「……はじめまして。小鳥おどり結奈です」

「山田広だ。早く座れ、時間は有限だ。」

「……うん」


 焦らず、席に着く。それに伴い、俺は弁当を広げた。

 自身で作ったものであり、内容は筋肉がつくようにたんぱく質中心だ。

 米も多く入っていて、肉体の成長が促進されることだろう。

 残さず食べなくては。


 早乙女の弁当は、子供に人気が出そうなウサギのキャラクター弁当だ。

 未だにキャラ弁を食べている辺り、頭はガキなのだろう。

 可愛いそうなやつである。これからは優しく接するよう心掛けよう。


 小鳥の弁当は、袋に包まれたメロンパンだ。


 メロンパン。


 ……菓子パンだと?


 よく見ると、目の下には薄らと隈ができ、肌の血色は悪い。

 栄養が足りていないのだろう。

 僅かな栄養分は、全ておっぱいを維持するために消えているらしい。


 怪しからんな。


「おい、小鳥」

「え?……なに」


 俺は弁当の蓋部分に鶏の胸肉とキャベツを取り分け、予備の箸と一緒に手渡す。


「これでも食え」

「……なんで?」

「いいから食え」

「……そう」


 不審に思われながらも、強引に渡す。


「ヒロくん、私ともおかずの交換をしましょう?はい、私特製の卵焼きです」

「なら、俺からも卵焼きを渡そう。俺の料理スキルの高さに絶句するんだな」


 同じ卵焼き。

 完全に料理対決だ。負かしてやる。

 もらった卵焼きを食べた。


「どうかしら?」

「……35点」

「す、ストレートに酷いッ!?」


 甘い。米に合わないのが気に入らない。

 俺は塩辛い派であるので、口の中が微妙な感じだ。

 落ち込んでいる早乙女を無視して、鶏肉を食べた。口戻しである。


「……小鳥はいつもパンなのか?」

「そう、だけど」

「そうか」


 まだ俺のおかずに手を付けていない様子の小鳥に話しかける。


 なるほど。

 栄養オタクである俺の周りに不健康な人間がいるのは非常に気分が悪い。

 明日からは俺が弁当でも作ってやるか。

 精々、体調管理に努めてもらおう。


 ……後、早乙女は出直してきてくれ。





 来月から資格試験の勉強が開始される。

 1年生のうちから実施される理由は、2年次はインターンシップ等があり最上級生は就職活動に取り組むからだろう。


 取得できる資格には幾つかの種類があり、人気なのは基本的に一つだ。


 壁外に遠征する許可が得られる資格である。

 冒険者団体が主催で、将来壁の外への調査や探索を担える人材を高校時代から育成することが目的だ。また、この資格がないと、冒険者団体には所属できない。


 ……壁外に何があるのか。少しだけ学校でも教えていた。


 歴史を振り返ると、魔獣が世界に溢れた後、日本は幾つかの都市を残し、他は放置された。人が住める残った都市は、主に東京と愛知、大阪、広島、福岡、愛媛、沖縄に北海道の一部と言われている。俺は今、その中の東京に在住だ。


 冒険者団体は隣接する他県へと進行し、領土を取り戻すことを目指している。

 各県でそれぞれの団体が独自に動き、東京では現在埼玉と群馬への侵入が成功して、一部を取り戻していた。

 勿論、魔獣は現在も壁外を悠々と跋扈しており、危険は隣りあわせだ。


 では何故、人気があるのか。

 それは、壁の外を見てみたいという思いもあるのだろうが、力が存在する世界で誰もが英雄を憧憬しているのだと考えられた。


 県を取り戻した者は後世まで語り継がれて、英雄と称えられる。

 更に、壁外で死者が出たとはほとんど聞かない。危機意識が低くなっているのだろう。


 魔物が弱いのか、人間が強いのか、はたまた情報操作か。

 500年で2県しか取り戻していないところを見ると、自ずと想像はできそうだが。

 この世界の人間はその事実について何も思わないのか、非常に疑問である。


 閑話休題、資格試験の話を進める。


 勉強は一年を通して週に1度、放課後の一コマに講義と演習が行われる。

 選択制ではあるが、ほとんどの者が受講していた。


 俺も、一応受ける。


 というのも、学校を卒業するには必ず資格が一つは必要だからだ。

 この資格に拘る必要はないが、確認テスト等が存在せず、放課後以外の時間を縛られないらしいので、一番良いと考えた。

 ……他にも人は大勢いるので、判定が甘くなるという考えもあるが。


 参加希望用紙に名前を記入し、教壇の上にある箱へ投入する。

 HRはすでに終了しており、提出したら自由退室だ。

 机の横にかけてある重みの少ない通学鞄を手に、出口へと向かう。


「あ、待ってヒロくん! 一緒に帰りましょう」

「……あぁ」


 華やかなグループと会話を繰り広げていた早乙女が、慌てた様子で話を切り上げる。

 俺と共に帰宅するつもりのようだ。特に親しいわけではないが、相手の方も、どのジャンルの友達もいますよアピールがしたいのだろう。

 断りたいが、誘われて拒否する行為は問題に当たり、迫害対象となる。

 そうなったら、更に面倒なことに発展すると予想されるので、ここは我慢時だ。


 準備が終わった様子の早乙女と肩を並べ、退出する。

 昨日の今日なので、物珍しそうに見られているが、今だけだ。

 きっと、早乙女が「あいつは関わる価値もないクズ」と言い回って俺の評価を勝手に落とす筈である。そうすれば、後々俺を邪魔する者はいなくなり、普段の生活が楽になることだろう。


 利用しようと近寄って来た女を逆に使ってやる。

 前世では全く考えもしなかった行動だ。

 俺は、戦いの中で日々成長している。


 ふと、先ほどまで早乙女が話していた上位グループの中心人物から、他とは異なる強い視線を感じた。


 ……なんだ。


 横目に見る。


 目が合った気がした。

 確か、一ノ瀬だったか。


 一瞬だけ映った、静かにこちらを睥睨していた様子が妙に印象に残った。


 ……。


 早乙女のことが好きなのかもしれないな。

 絡まれたくないので、早く解放してほしい。

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