9 数奇な廻り合い

 緊張したけど何とかなったな。

 式神たちと訓練をしてきたが、実は今回が初の実戦だ。

 死体の処理も確りとしておいたので、問題はないだろう。


「な、に……?何が、起きたの……」


 独り勝利の余韻に浸っていると、呟くような、驚愕の声が聞こえてきた。


 誰だかわからないが、結果として同学校の生徒を助けてしまったのだ。

 加えて、首元のリボンは赤色で、同じ学年だとわかる。非常に面倒くさい。


 妖怪だからやるしかなかったが、こんなことはもう二度とご免である。

 嫌気が指し始めながらも、振り返る。


 まずい。


 地面の破片が少し飛んだのだろう、女生徒の頬には小さい傷がついていた。

 女は顔の傷に対し非常に敏感だ。後世まで根に持つに違いない。


 戦闘で感じなかった怖気が走る。


 俺は鞄の中から一枚の絆創膏と自動販売機で買ったまだ封を切っていない水を急いで取り出した。

 栓を回し、ポケットに入れていたハンカチへと水をつけ、頬の傷口に持っていく。


「……すまなかったな」

「……っ!」


 優しく、触れては離す行為を繰り返して汚れを落としていく。

 細菌は気功力が死滅させるだろうから、消毒は必要ない。

 ある程度綺麗になったら、デフォルメされた鬼の絆創膏を貼る。


 これでいいだろう。

 後ろ足に下がると、女生徒の口は真一文字に結ばれ、顔は紅潮していた。


 やはり怒っているのだろう。

 お金で解決したいが、生憎今は持ち合わせがない。

 再び鞄をあさり、白紙である数学ノートの1ページ目を切り取った。

 ペンで記入をし、無理やり紙を握らせる。


「俺のメッセージIDだ。何かあったら、ここに連絡してくれ」

「……う、うん」


 保険として、連絡先を与えた。逃げる手もあったが、同じ学校である限り、何処かで遭遇する危険性が存在する。

 探されればいつかは見つかるだろう。なので、事前に訴え先を渡しておき、それを抑止力とする。


 これだけしても心配だが、もうやれることはやったはず。

 絞りだしたような声だが、肯定の意見をも聞けた。


 よって、もう用はない。

 早く家へ帰ろう。


 沈んだ気持ちを胸に抱きながら、歩を進めた。

 全く持って厄日である。





 ……そんなに落ち込んでもいられない。

 今からケーキバイキングなのだから。


 店舗の前で列を作り、予約した時刻になるまで待機している。

 両隣には着慣れない洋服で、御粧しをした様子の二人がいた。


 シュテンとイバラキである。

 どちらも絶世の美女であり、人目を惹く。

 女を侍らせる上位層の人間になったようで気分がいい。


「シュテン、どちらが沢山食べられるか勝負をするぞ。」

「なはははは!童に勝負を挑むとは見上げた根性じゃ!乗ったぁ!この際、徹底的に叩きのめして、どちらが上かというのをわからせてやろうではないか!」

「抜かせ。イバラキは判定役と俺への応援を頼む」

「童への応援じゃろうて」

「はい。若様、頑張ってください」

「ッ!? それでも童の家臣か! 謀反じゃあ! 茨木嬢が謀反を起こしおったぁ!!」


 会話を繰り広げていると、後ろに並んでいた男連中から強い視線を感じた。

 憎々しげにこちらを睨んでいる目は、親でも殺されたかの様。


 だが、痛くも痒くもない。


 ……寂しい男どもよ、そう僻むな。これも霊感力、基、式神契約の差だ。

 悔しかったら、お前らも妖怪を仲間にしてみるといい。

 妖怪は最高だぞ。普通の女性と仲良くなっても、いつ後ろから刺されるかわかったものではないが、その心配もせずに済む。気が楽なのだ。


 そうこうしているうちに、会場が開いた。


 人が雪崩れ込む。

 現在午後4時30分、ここから一時間が勝負だ。

 夜ご飯など、気にする必要はない。

 気功力で消化を速めて、どちらも食べればいいのだから。


 俺はやるぞ。





 持っていた手のフォークが止まる。


 開始10分、もう限界だ。

 そういえば、今まで甘いものを大量に食べるなど経験がなかった。

 こんなに辛かったのか。


 うぐっ。


 最初に入れすぎたのもいけなかった。

 慎重に事を進めるべきであったのだ。


 全身が糖分に支配される錯覚に陥る。


 き、気功力を巡らせて回復させるのだ。

 始まったばかりで、終わるわけにはいかない。


「なんじゃあ?苦しそうじゃのぅ、もう終いかえ?早いのぅ呆気ないのぅ。自分から挑んでおいて敗れるのでは、恥ずかしくて表も歩けんぞ?」


 煽りか。返してやろう。


「ふん。お前もさっきから紅茶しか飲んでいないじゃないか。やはり食が細いだけあり、体への吸収も遅いらしい。その子豚のように短い足を少しでも伸ばしたければ、俺に負けないようにもっと小さい胃袋に詰め込むんだな。あぁ無理か。なんたって体が幼児体型なんだから」

「うがぁ!?」


 シュテンはダメージを負い、机に突っ伏した。

 口からは魂が抜け出ている。提灯みたいで面白い。

 ……しかし、言い過ぎただろうか。

 いや、これぐらい言っておくのが丁度いいな。


 少し回復したので、そろそろ次に行くか。


「あ、あの……若様」

「どうした」


 イバラキがチョコレートケーキの乗った小皿を片手に、話しかけてくる。


「可能ならばで良いのですが、お食事のお手伝いをしてもよろしいでしょうか……」


 俺の式神はいつも健気だ。

 このような場でも気を使うことを忘れない。

 与えられる行為に、是非もないだろう。


「では頼む」

「……はいッ!喜んで!」


 居酒屋か?


 はにかんだ様な笑顔を浮かべ、ケーキにフォークを差し込む。

 左手を皿にして俺の顔先へと突き出した。


「あ、あーん」

「ん」


 ……チョコは少し味がしつこい気がする。俺の好みには合わないな。

 チョコケーキが乗っていた皿を自分の段に重ねる。

 やはり回復している。まだまだ勝負はこれからだ。


 俺の食べっ振りが良かったのか、すぐにイバラキも同じフォークで食べ始めた。

 頬を抑え、食を進める姿は実に美味そうだ。


「なぁ茨木嬢。童にもその あーん というやつをやってくれんかのぅ」

「若様と…………ふひ」

「い、茨木嬢?」


 ぼそぼそ言っていたので最後の方は聞き取れなかったが、大した話ではないだろう。


 顔を赤く染め、口元をにやけさせている。

 こういう時のイバラキは話しかけても反応を示さない。

 二度目の手伝いは諦めて、自分でケーキを取りに行くか。


 席を立ち、皿を手にする。


 何がいいか。

 前世のこともあり、チーズケーキは避けていた。

 苦い記憶を思い出してしまうからである。


 とはいえ、俺はチーズケーキが好きだ。

 ケーキの中では、一番といってもいい程に。

 ……丁度良い機会だし、そろそろ食べてみるのもいいのかもしれない。

 というか食べたい。


 目当てのエリアにたどり着いた。

 大皿の上には神が俺のために用意したかのように、唯一つ四角いチーズケーキが鎮座している。克服の時期が来たのだろう。


 俺は意を決して、トングを掴もうとする。


「あ」

「む」


 手入れの行き届いた細い指が俺のごつごつとした右手の甲に触れる。

 右を向くと、先ほどまで商店街で妖怪に襲われていた女性が普段着に姿を変え、目の下に貼ってある鬼はそのままに、こちらを凝視していた。


「……え」

「はは」


 なんてダブルブッキング。









 さっきまで戦闘があった商店街。

 地面には知らないうちにクレーターができており、ちょっとした騒ぎになっていた。


 その光景を上空から見下ろす者が一人。

 宙には足場が一切ないのに、地に足がついたように留まっている。


『……食料用の人間調達に失敗したか、無様だな。しかし、あそこまで人が成長しているとは思わなかった。やはり、侮っていては足元を掬われかねない。上にも確りと報告をしなければなるまいな』


 徐々に、背景へ溶け込むようにして消えていく。

 空には魔力粒子の操作痕が残り、妖気と言われる重い空気が漂った。


 それらは、人の目に着くことなく自然消滅する。

 全てが片付くと、淡い炎をその身に宿した第二の月は、何事も無かったと言わんばかりに浮かんでいた。


 日はまだ暮れず、空は明るい。

 しかし、日没まではそう長くないであろう。

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