8 不気味な男
超体力テストは無事に終了した。全科目で平均以上を叩き出せたので満足している。
しかし、未だ圧倒的というほどの力は持ててはいないだろう。
気功力の使用を控えたとはいえ、同学年の全く鍛えていない生徒に負けているのだから。
まだまだ、鍛錬が必要なようだ。
今日の夜からは、もう一度基礎から叩き直そう。
高級住宅街で毎日ゲーム三昧の夢は遠い。
考え事をしながら下校していると、通り道の商店街でナンパを見かける。
界王学院の制服を着た女生徒だ。
容姿は整っており、青い髪をポニーテイルにして腰上辺りまで垂れ下げている。吊り上がった目尻からは、少し気の強いような印象を受けた。
相手の男は酷くやせ細っており、背が異様に高い尺取り虫のような見た目で、手入れの施されていない髪は肩口まで伸び切り、不気味な雰囲気を身に纏っている。
いつもなら、ご愁傷様と心の中で思い、見て見ぬふりをする。
しかし、様子がおかしい。普通なら、女が嫌がる雰囲気を起こせば周囲が割って入り、事は収束する。
女は確かに嫌がっているのだ。腕を強引に掴まれ、振りほどこうとしている。
だが、周りは何の興味も示さず、視線すら向けずただ通り過ぎていく。
そこには何もないかのように。
ここは商店街であり、人の往来はそれなりにある。なら、何故気がつかないのか。
俺は鍛錬の休み時間をあまり作りたくないため、常に“目”を発動した状態でいた。
その目で現場を観察すると、浅く霧のような靄で包み込まれていた。
……魔法力が行使されている。
また、男のことを注視してみて、よくわかった。
巧妙に隠しているが、魂は現世のものではない。
肉体に気が宿っていたので一瞬だが騙された。
あれは妖怪だ。
△
Side ???
超体力テスト、結果は芳しくなかった。
値は平均より少し上止まりの至って平凡。目立ったものではない。
クラスの皆はすごいと褒めてくれるけれど、納得するわけがなかった。
……私は、霊感力が生まれた時から低い。
一般ではそこまで広まっていないが、霊感力の高さは才能と等しい意味合いを持ち、その者の潜在能力を示している。
毎日、効率のいい扱い方を模索しながら練習していて、見た限りではかなり良くなったと思う。
でも結局は付け焼刃で、その本質、私の弱さまでは隠せなかった。
練習していてわかるのだ。
成長が止まってきている、限界が近い、と。
鬱屈とした気持ちが胸に訪れた。
私は……。
「……はぁ」
ダメだな。
これから楽しみにしていた用事が待っているというのに。
……気持ちを切り替えよう。
両手で頬を強く張り、前を向く。
早く家に帰って準備をしなければ。
しかし、悪い出来事は続くもので、晴らそうとしていた私の心は、さらに厚い雲で覆われることになる。
『あぁ、お嬢さん。かわいいかわいいお嬢さん。私と一緒に遊びませんか』
目を鋭く細め、口をにやけさせた気味の悪い男に話しかけられた。
嫌悪感というものが、即座に沸く。
……これって明らかにナンパの類よね。
「……はぁ」
何度目かわからないため息を吐いた。
今日は厄日だな……。
「ごめんなさい。今日は大切な用事があって先を急いでいるの。他をあたってちょうだい」
「ひひひ。あなた、今返事をしましたね。私がここにいると認識した。ひひひひひ。」
急に笑い出した。
なんなの。
気持ちが悪い。
何故か体から汗が出てきて、シャツをじっとりと濡らしていく。
「ひひひひひひ。とても重要なことなのですよ。あなたのおかげで、私はここに実体を作れる。ひひ。そういう妖怪なんです。はい。ひひひひひ。」
ようかい……。
妖怪?
「ひひひ。仲間の下へ連れ帰るまでに少し味を見ておきますか。あいつらは味にうるさいですからねぇ。ひひひひひ。腕の一本ぐらいで大丈夫でしょう」
左の二の腕部分に布越しから感触がある。
いつの間にか、男の右手によって掴まれていたのだ。
総身の毛が、一本立ちになった感覚に陥る。
気づいた時には全身に気力が溢れ、相手の手を振り払う為に体が動いていた。
危機を目前にしているからだろう。平時より一層、力が出た。
しかし、腕はビクともしない。
「あひあひ。実に美味しそうです。あぁ、腕だけでは収まりそうもない。足ももらいましょう。あひひひひ。私の収穫ですし、文句は言えないでしょう。あひひひひひひ。」
舌なめずりをしながら、全身を物色する様に見られた。
(嫌……ッ)
精神的な嫌悪を感じ、咄嗟に拘束されていない脚を振り上げる。
練習の効果が表れた、淀みない気の流れであり、威力は十分。
男であれば、誰もが悲鳴を上げるであろう金的へと凄まじい速度で迫っていく。
「あひッ」
確かに当たった。
しかし、手応えを一切感じない。
喩えれば、体育で使う硬いマットを蹴り上げたような、そんな感覚。
男のやせ細った顔が、喜色に染まる。
「だ、誰か!!」
身の危険を感じ、叫んだ。
反応はない。
なんで?
ここは人通りも多いのに、一人も止めにくる気配がなかった。
欠片も認知していないかの如く振舞う。
無視。
子供の頃、親に冬の物置へ閉じ込められたことを思い出した。
真っ暗で、自分以外誰もいない。
訴え掛けても、助けは訪れない。
今、自分は孤独なのだ。
怖い。
身体が小刻みに震えだす。
歯がカチカチと音を鳴らす。
このまま、私は死ぬのだろうか。
……いやだ。
いやだ。
助けて。
誰か。
誰でもいい。
だれか。
助けて。
たすけてッ。
……心の中の絶叫は、誰に届くこともなく、虚しい響きを残す。
確かに今、私は孤独だった。
――突然、男が吹き飛ぶ。
……。
何が。
一体……。
△
腕を掴まれた女生徒は、恐怖で顔が蒼くなっている。
はぁ。
俺はあの顔に弱い。
見ていられず、脚は気功力を糧に地を跳ねる。
左腕を横方向に突き出して、相手の喉元へ叩きつけた。
「ラリアァァァァァァァアットォォォォオ!」
「あぎぃっ!!」
妖怪は吹き飛び死ぬ。
以上。
仲間にするという選択肢はない。
見るからに気色が悪く、全く必要性を感じ得ないからだ。
よって、消滅一択だな。
女生徒の方へ顔を向ける。
彼女は、呆然とした様子で尻餅をついていた。
「おい、そんな座り方だとスカートに皴が付くぞ。早く立て」
「……え?……し、皴?……わ、わかったわ」
俺は、立ち上がった様子の女生徒へと振り返り、にじり寄る。
一歩下がられるが、足は止めない。
男に掴まれていた方の手を強引に取って、腕を隠していた制服を捲り上げた。
ふむ。
特に怪我はないようだな。
「え、えぇぇええ!?い、いきなり何を……ッ!」
「いや、何でもない」
すぐさま放し、男が吹き飛んだ方へ視線を戻す。
どうやら、まだ斃っていないらしいな。
タフな奴だ。
果物が散乱してしまった店先から、90度真横に折れ曲がった首がぬるりと顔を出す。
「ぎ、ぎひ、よくもやってくれましたね。首の骨が折れてしまったではないですか。ひ、ひひ。先に手を出したのはあなたなのですから、私に食われても文句は言えないですねぇ。いひひひひひ」
妖怪の周囲に粒子が集まる。
何かする気だろう。
190cmの高身長が霧のような靄に包まれ変わっていく。
晴れると、中からは250cmはあるだろうか、濁った白の蟷螂が姿を現した。
複眼は爛々と輝かき、偽瞳孔は獲物をどの角度からでも常に見定めているかのように蠢く。
虫型の妖怪は初めてだな。
『まずは四肢だ。切り落としてから、じわりじわりと皮膚を引き裂き喰らってやる。あぁ、あなたの無表情が悲壮に歪むところが見てみたい!あぁあ!食べたい!早く食べたい!我慢できないぃ!!』
鋭く尖った二つの刃が、俺を斬ろうと迫る。
背後には女生徒がまだいた。
この位置では避けられない。
なら。
両腕を前方へと突き出す。
重い音があたりに響いた。
鉄球を地面に落としたかような鈍音だ。
虫からは驚愕の声が上がる。
俺は両刃を素手で受け止めたのだ。
更に、掴んだ状態のまま握力をかける。
自然と亀裂が入った。
罅は広がり、刃全体を覆う。
砕ける。
『うぎゃああああ!』
虫が体を仰け反らせながら後退した。
逃がすか。
右拳を軽く握り込み。
間髪入れず、叩き込む。
一瞬のうちに、胴体部分へ拳大の穴を7個穿った。
まだだ。
左手を天に向け、大気の粒子を操作。
漆黒の魔力が左手首から上を包む。
このまま、叩きつける。
……道では小爆発が起き、辺りを重苦しい圧で満たす。
砂埃が舞っていて、先は見えない。
やっただろうか。
埃が風に流されると、地面には小規模のクレーターができ、数本の足と紫の血だまりだけが残されていた。
まだだな。
指先に魔法力を集め、光線を作り出し、残った足を燃やしていく。
血は轟々と鳴り響く黒い炎で蒸発させた。
よし。
倒したな。
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