第二章 不吉な高校生活編
7 超体力テスト
夜半、とある財閥が所有しているビルの一室に、高校生ぐらいの男女がいた。部屋には服が乱暴に脱ぎ散らかっていて、豪華な間取りとは対照的で汚らしい。
鈍い音が鳴り、女が壁際まで吹き飛んだ。
頬が腫れ、口内を切ったのか、唇からは血液が滴る。
女の目は泥水の様に酷く濁っており、体には幾つもの傷跡が存在していた。
「ふひ」
「……」
男は女の下へ歩み寄る。
倒れている女の髪を掴み、無理やり立たせると、引き摺るようにしてベッドへと連れていく。
大きく開けた窓からはネオンの光が輝くが、カーテンは閉め切られていて部屋の中は暗い。中を窺うことは困難だろう。
僅かな光源に男は照らされ、背後には大きな影が生まれる。揺らめいているそれは、意思を持って怪しげに蠢いている様にも見えた。
△
時が経つのは早いもので、もう高校1年生だ。
大分成長したが、身長は平均より低い162cmである。気を巡らせているのに低いまま、なぜだ。
顔は母寄りの可愛らしい顔に育った。顎髭を生やすダンディなオヤジになりたかったが、こればかりは親の遺伝なのだろう。
学校生活は修行に明け暮れる日々で大して充実しなかったが、強くなるためにはやむを得ない。
何かを犠牲にしなければ、得られるものは少ないのだから。
高校については、近場の”界王学院高等学校”に通っている。
離れている学校は登校に時間が割かれるので選択肢に存在しなかった。
今は朝の身支度を済ませ、玄関から出るところだ。
「いってきます」
首元には赤いネクタイが締められ、大人へと近づいた身体は白のブレザーに包まれている。女子は同色のセーラー服だ。
学年は、ネクタイかリボンの色で判別できる。
色は年度ごとに決まっており、今年は1年生が赤、2年生が青、三年生が緑である。
また、通学に用いる靴は自由であるが、校内では上履きに履き替えなければならない。
踵の揃えられた黒のスニーカーを履き、扉の前に立った。
「いってらっしゃい、ヒロちゃん」
気功力の効能により、未だ若々しい母さんだ。
いつものことだが、わざわざ見送りに来る。
一方、妹は中学校に通っており、毎日俺よりも早く家を出ていた。
学校の決まりで、登校班ごとに集合していくことになっているからだ。
小学校かとツッコミたいが、こればかりは規則なので仕方ない。
俺の出発は登校時間ギリギリの8時25分。
走って、読書の時間である30分までに席へ着ければいい。
『若様、いってらっしゃいませ』
『気を付けていってくるのじゃぞー』
俺に対し若様と呼称するのは、イバラキだ。
こちらを注視していた目は鳴りを潜め、今では従順になっている。
これも式神契約で従わせたおかげだろう。
霊感力様々だな。
目礼を返し、ドアに手をかけた。
……そうだ。
朝のうちに言っておかなければならないことがあったのだ。
肩越しに振り返る。
「おい、イバラキ。この前、行きたがっていたケーキバイキングだが、今日の放課後に予約が取れた。シュテンと三人で行くから、体を持ってきておけよ」
『……! は、はい!! 準備して待っております!』
『おぉー! 楽しみじゃあ! 今から腕が鳴るのぅ!』
俺の独り言はいつもの事なので、母さんからは何も言われない。
最初こそ心配されたが、何でもないで押し通した。
慣れとは怖いものとだけ言っておこう。
微笑む母さんと妄想を繰り広げている様子の二人を横目に、我が家の敷居を跨いだ。
玄関を抜けると同時に走り出し、考える。
そうだな。
まずは苺のショートケーキからだ。
*
入学してから既に2週間ほどが経過している。
学校案内や部活動紹介、レクリエーション等が落ち着いて、授業が本格スタートする時期だ。
小学校では三大力の扱いについて多少触れる程度であったが、高等学校では確りとした教育が開始される。
今はその中の一つ、気功力演習の時間だ。
気を体に巡らせて、適切な運動の実施をし、能力向上や機能促進を図る。
要するに、元の世界で言う体育だ。
今回は初回の授業であり、内容は元の名称が変化して、“超”体力テスト。
三大力測定の内在量を知る行為とは異なり、気功力の使い方をどれだけ熟知しているのか自覚するための検査である。
魔法力検査も一応実施されるが、気功力のついでに行われるのでそこまで重要視されない。魔法力の扱いが雑なのではなく、別途で授業があるからだ。
また、今日だけは、日程を調整して全クラス合同で受けるらしい。
学校全体で準備があるため、一斉にやってしまおうという訳だ。
1クラス40人が7クラス分、よって総勢280名。
恰好は学校指定のジャージ姿へと変わり、現在は敷地内にある第一体育館の中だ。全員が、ステージを前にして体育座りをしている。人が多く、暑苦しい。
余談だが、体育館は第一と第二があり、面積は前述の方がおよそ1.3倍大きい。
教員がマイクを持って指示を出した。
「それでは所定の場所に移動し、各教員の指示の下、測定を始めてください」
各々が好きな友人と行動しだす。
そんな中、俺は徐に立ち上がり、人の少ない場所へと移動する。
界王学院は、高校からの入学を遂行してはいるものの、基本エスカレーター式である。
つまり、交友関係がすでに固まっていたのだ。
……同じ外部入学生と関係を持つこともできたが、俺にそんな時間はない。
休み時間は能力回復のため寝ることに努め、授業中は内外問わず粒子操作に精を出していたためだ。
友人を作れはしたが、動かなかっただけである。
他人と友達ごっこをしたいのであれば、外でやれと言いたい。
学校は遊びの場ではない。
訓練をする所なのだから。
別に寂しいわけではない。ただの事実だ。
……そうだろ?
*
場所は変わって第二体育館。
床には三枚のビニールテープが等間隔に張られている。
反復横跳びだ。
館内に激しい足音が響く。
たった今、競技の最中で。
俺もその一人だ。
自らの意思に反して俺と組まされた男の声。
数をカウントするだけだが、妙に耳へと張り付く。
汗が顎から飛び散った。
俺は死ぬ思いで床を蹴っている。
呼吸が荒く、リズムが乱れそうだ。
きつい。物凄く。
甲高い音で、終了のアラームが鳴った。
「おぉ! すごいですね! 記録、233回です」
「はぁ……ふぅ……はぁ……いや、なに……はぁ……まぁまぁ、だな」
「だ、大丈夫ですか」
久しぶりに本気を出してしまった。
脚が悲鳴をあげている。
尻餅をつく様に、座り込んだ。
平均回数は190回。
よし、上回っている。
気を巡らせ、体力回復を試みる。
実は、疲労を感じるのには理由があった。
気を全く使わずに挑んでいたのだ。
変に目立つのも女が理由で避けたいが、自分の体がどれだけ成長したかの結果は欲しい。
日頃から、トレーニングはしているからな。
よって気功力は使わずに本気で挑み、指標を定めようと思ったのだ。
「記録がでた……239回だ!」
爆発したような歓声が背後の方で聞こえる。
振り返ると、金髪で高身長の貴公子然としたイケメンが多くの人に囲まれていた。
「すごいよ一ノ瀬君! 239回だって!」
「さすがヒカルだぜ!」
「うーん、僕としてはもう少しいきたかったけどね」
「向上心まで高いなんて……」
「ヒュー! 痺れるぅー!」
男は褒め称え、女は顔を朱に染める。
……とてつもない人気だな。
「はぁ……ふぅ……誰、なんだ……あいつ」
「あれ、もしかしてご存じありませんか?」
俺とペアを組んでいた眼鏡の男が喋りだす。
なんだ急に。
「彼は中等部の頃から学校一の色男で有名、一ノ瀬光さんですよ。資産家の息子であり、三大力にも優れているため、教師陣からも期待の声が上がっていますねぇ。3組の学級委員長も務め、将来的には生徒会長にも立候補されるかも、という噂です! あ、これはオフレコですが、既に許嫁もいるらしいです。羨ましいですねー」
眼鏡が光り輝き、マシンガントークを披露した。
いや、お前こそ誰だよ。
しかし一ノ瀬光、同じクラスじゃないか。
全く記憶にないが。
まぁ、俺のような日陰者と関わりあいになること自体、まずあり得ないだろう。
特に気にすることもなく、視線を外す。
……大分呼吸も安定したな。
「カウント、すまないな」
「いえいえ、またよろしくお願いします。」
立ち上がり、記録してもらった用紙を受け取る。
脚が疲れたから、次は同じ場所にある握力検査にでも行くか。
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