6 酒仙鬼盗賊団 Side イバラキ





 親方様の帰りが遅い。

 仲間と交代で見張っているが、一向に戻ってくる気配がないのだ。


 既に60日は経過した。

 40日ほどなら今までにもよくあったが、ここまで長いのは初めてだ。

 人間界で何かあったのだろうか。

 明日までに戻ってこなければ、部隊を派遣しようと決める。


 妖魔門の前で思索していると、ゲートから異常に巨大な魂が排出された。

 館が横一列に並んでいる中で、最も大きい建物へと吸い込まれていく。


 来たか。


 入っていった館の前で姿勢を正す。

 出入り口は開け放たれ、一人の少女が歩み出てきた。


「おかえりなさいませ、親方様」

「おぉ、茨木嬢か。すまない、待たせたのぅ」


 堂々たる出で立ちは、いつも通りである。

 心配は杞憂であったか。

 仲間たちを安心させるためにも、早く伝達しなければ。


「いえ、問題ありません。今、転移門を開くので少々お待ちください」

「うむ、いつも助かる」


 手元の転移版を操作し、準備に取り掛かる。

 これは登録した場所へ気軽に移動できる、素晴らしい道具だ。

 それほど遠くまでは行けないが、国の中を移動するのであれば問題はない。


 始動するまでに毎回30秒ほど時間がかかる。

 空いた時間で気になっていたことを尋ねた。


「今回は長期滞在でしたが、なにか収穫等ありましたか」

「ん?……あー、いやなに。面白い拾い物をしたよ」


 少し言い淀んだのが引っ掛かったが、口元には笑顔が浮かんでいたので大丈夫だろう。


 親方様は、興味のないことには一切関心を寄せないお方だ。

 きっと、良い出来事があったに違いない。


 やはり人間界への遠征はためになる。





(行かせるのではなかった……ッ)


 幹部会の最中、親方様の口から下界での出来事について語られた。

 館に戻って来てから気が付いたが、親方様の綺麗だった魂には歪なオーラが深くまで入り込み、混ざっている。

 自分の目を疑い何度も確認したが、間違いはない。


「許せねぇ!!親方の仇討ちだ!!!」


 粗暴に叫ぶ血の気の多い男は四天王の第一席、熊童子。


「兄者に賛成だな。黙ってやられては、酒仙鬼盗賊団の名に傷がつく」


 瞳を閉じ、同意するスレンダーな若い男は四天王第二席、虎熊童子。


「しかし、親方殿をはめたほどの相手。やるにしても相応の準備がいりますまい」


 冷静に判断する細身の老夫は四天王第三席、星熊童子。


「がははは!強い奴と戦えるなら何でもよいわ!」


 豪快に笑う巨漢は四天王第四席、金熊童子。


「……」


 四席の横で俯きがちに座っているのが金熊童子の弟、石熊童子である。


 全員が総意で復讐を望んでいる。


 私も同意見だ。

 黙してはいるが、心はマグマの様に煮えたぎっている。

 生きたまま首を縄で縛り、市内を引きずり回したいほどに。

 親方様を汚しておいて、許されるわけがない。


 なら、なぜ賛成せずに黙っているのか。


 我々が腰を下ろしている床の、一段上がった上座に座る親方様は、一旦話し終えると自らは目を瞑り、周囲の声に耳を傾けられていた。

 恐らく、自身の意見を既に決めておられるのであろう。


 まずは、それを聞いてからだ。

 そう思い、とにかく私は沈黙を続けた。


 会議内容はヒートアップし、どのようにしてその人間を仕留めるかに移行する。

 幹部たちは鬼人族の中でも一際優秀な人材で、議案は次々と上がり、数分もしないうちに中身がまとまった。実現可能であり、確りと練られた策だ。


「こんなもんでどうだ。親方」


 第一席、熊童子が親方様に判断を委ねる。

 その声音は自信に満ちていて、決定されると確信している。


 親方様は静かに目を開け、喋り始める。


「皆の意見、相分かった」


 了承。

 やはり。

 復讐で決定だ。


「だが、すまない。その人間へ手を下すのはなしじゃ」


 全員が息を呑む。


 室内に、今の言葉から疑問を持たない妖怪はいないだろう。

 しかし、親方様の口から発せられる言葉は、この場の何よりも重い。

 よって、最初から反対意見は発せられず、誰もが続きに聞き耳を立てる。


 独りでに、緊張で顔が引き締まった。


「その人間の成長をしばらく見守りたいと思った。それが理由じゃ」


 理由にしては弱く、否定の利くものだ。

 けれど、声は上がらない。

 親方様は、興味があるモノには、とことん付き合う御方なのだから。


「不満や憤りは重々承知しておる」

「だが飲み込んでくれ。不快だと思うが我慢してくれ」

「後で吐き出す機会はいくらでもくれてやる」


 吐き出す機会……戦争の事だろう。

 酒仙鬼盗賊団には様々な鬼人がいる。

 中には、戦闘にしか興味がない者まで。

 親方様は、全体を考慮しておられるのだ。


「付いていけないと思った者は立ち去るがよい」

「もとより、童は好きなことを好きなだけするためにこの盗賊団を作ったのじゃ」

「おぬしらも、好きなようにしてもらって構わない」

「童も、やりたいと感じたことを変えるつもりはさらさらないからのぅ」


 そう。

 それこそが盗賊団の掲げる目的。

 誰もが自由に、好きなことを求める。

 邪魔する輩は、容赦しない。


「童の言葉に二言はない」

「手出しは無用」

「もし攻撃を稼行する気であるのならば、この酒呑童子が相手になると思え」


 酒呑童子。

 名前を聞いただけで、誰もが震えあがる。


 鬼の中で最も恐ろしく、そして誇り高い存在。

 最強の三大妖怪に名を連ね、妖魔界の鬼人族を統べる者。

 酒と戦闘をこよなく愛し、酒仙鬼盗賊団の頭領を務める。


 我々は親方様についていくのみ。

 反対意見は発せられず、全員の総意は決定された。





 平地の真ん中では、見るからに幼く、弱々しい人間の子供が一心不乱に木刀を振るっている。


 前後上下左右斜め、どの方向でも強い斬撃を見舞えるようにするための基本的な型であり、これを疎かにしては何も始まらない。

 まだまだ粗く、拙いが、開始したばかりなので仕方がないだろう。

 こればかりは反復あるのみだ。


 親方様が手本を見せるため、その光速の太刀筋を披露する。

 凄まじい威力と精度であるが、これでもまだ抑えられている方だ。

 親方様の剣は、時空をも切り裂くのだから。


「全然なっておらぁぁぁあん!! よーく見ておれ。こう、フワッ スカッ ズバッ って感じじゃ! やってみぃ」

「こうか?」

「ちがぁぁぁぁあう!! こうじゃ!」

「こうか」

「こうじゃ!!」

「こうか!」

「ちっがぁぁぁぁぁああう!!」

「……訳が分からん」


 難航しているようだ。

 感覚と実践派である親方様は、他人に教えるのが不得手なのだろう。

 できれば今日中に魔法力の基礎の部分だけでも教えたかったが、まだまだ時間がかかりそうである。


「……気功力に頼りすぎて力任せになっているのでしょう。上半身と手首はしなやかに、威力は下半身で補えば良いと愚考します」

「ふむ」


 私の助言通り、上段の構えから真向斬りを行う。

 先ほどまでと違い、剣先が鋭くなったように思えた。


 飲み込みが早い。

 普通、言葉ぐらいでどうにかなるものではない。

 才能に恵まれている。


「おぉ、良くなった。シュテンより断然わかりやすいな。これからはイバラキが教えてくれ」

「なぁ!?」


 ガーンと効果音がついたように落ち込む親方様を眺める。


 レアだ。

 可愛い。

 こんな姿、妖魔界では一度も見たことがなかった。


 酒と戦いに明け暮れていた、ということもあるが、山田広という男の存在も大きいのであろう。

 側で観ていると、親方様から信頼を寄せられているのが犇々と感じられる。

 睦まじく言い争う二人をよく見かけるのだ。


 私には、親密と呼べるような間柄の者がほとんどいない。

 妖魔界でもよく独りだった。

 親方様の腹心になってもそれは変わらない。

 底知れない寂しさが、胸を過る。


 あぁ。


 彼らの関係性が、少しだけ羨ましかった。


「…………キ。……バラキ。おい、イバラキ」

「……ッ! はい、なんでしょうか」


 肩が跳ねる。

 物思いに耽って、周囲を疎かにしてしまっていたようだ。

 恥ずかしい。


 少し顔が熱くなった。


「さっきから言っているが、お前もずっとそばにいろ」

「え!?」

「ずっと俺のそばにいろ、と言っている。わかったか。返事」

「は、はい」

「よし」


 どうやら、プロポーズされてしまったらしい。


 ……。


 食と戦に溺れる人生。

 こんなことは初めてで。


 何故か、心臓が早鐘を打ちだす。

 顔の熱さが、少しだけ増した気がした。

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