5 茨木の里

「なぁシュテン、目玉焼きは醤油とソースどっち派だ? ちなみに俺は完全塩コショウ派で、どちらの派閥も認めていない」

「何の話じゃ?」

「しっかり答えろ。重要なことだ」


 どうも。

 最近、近所からブツブツと独り言を言っていて怖いと噂され始めた俺、山田広だ。


 周囲から見ると変人なのかもしれないが、必要なことなので仕方がない。

 これは調教の一環なのである。

 俺の言葉を無意識下に刷り込むのが目的だ。


「まどろっこしいので、かき混ぜてスクランブルエッグにしてしまうのぅ。食べやすいし」

「なるほど」


 断じて話したいからとかではなく、単なる作業に他ならない。

 工場で行うライン作業と同じだ。


「なら、スクランブルエッグには何をかける。醤油派とケチャップ派で大体わかれるが。ちなみに俺は焼く前に塩コショウとマヨネーズを混ぜる派だ。」

「だから何の話じゃ?」


 近頃は専ら二人で話しているせいか、妹が拗ね気味で面倒くさい。

 だが、今後のためにはこの犠牲もやむを得ないだろう。

 今度一緒にお飯事やってやるから許してくれ。


「たまご派閥の問題はよくわからんが、お菓子関係なら童は断然きのこ派じゃな。クラッカー部分の塩見がちょうどよいのじゃ」

「は。幼児体型に比例して、脳みそまで成長しきれていないらしいな。そのまな板に脂肪でも注入して少しは大人になってから出直してくるといい」

「うがっ!?」


 派閥関係は非常にデリケートな問題なのだ。

 容易に自分の所属を明かしてはならない。


 自分の無い胸を再確認して気落ちした様子のシュテンを後目に、俺は森の中へ踏み入る。

 現在、郊外にある山岳を登り始めたところだ。

 目当ては山登りではなく、人の少ない場所に移ること。

 今日は土曜の休日であり、現在小学3年生になった俺は新たな鍛錬を開始しようとしていた。


 実は今日まで、幼稚園時代と訓練の内容をあまり変化させていない。

 というのも、霊感力の上昇に伴い、魂が数段上の格へと押し上げられたわけだが、どうやら体のほうはそう簡単に適用できなかったらしい。

 三大力のバランスが狂い、扱いが下手になったといえばいいのか。

 自分の許容量をオーバーしたせいであろう。以前の様に滑らかに操作することができなかった。


 よって、元の扱い方に戻すまで3年近くの時を経ることになったのだ。


 リハビリテーションは十分成功し、それに付随してか肉体が大きく進化することになる。

 身長的な話ではなく、細胞一つ一つが強く、きめ細やかに変化したのだ。

 同時に、肉体へ施せる気の体積量は大幅に増加し、身体機能が上昇した。


 要は、前より足が速くなったってことだ。


 今日は新しい体の慣らしと効率的な扱い方の練習をしに来た。

 木の枝を掻き分け奥のほうに進んでいると、段々と廃屋が見えてきた。


 森林地帯を抜け、広々とした草原に出る。

 ぽつんと建っている家の前には、一人の女性が静かに佇んでいた。


「悪い、待ったか」

「いえ、今来たところです」


 このやりとり、憧れていた。

 だが、今来たということはあり得ない。

 準備のために数刻前に分かれて、先に向かわせたからな。


 周囲には結界が張られ、ここ一帯の空間だけが森から切り離されている。

 俺たちが侵入したところで発動させたのだろう。


 すごい技だ。


 ……ところで、彼女はいったい誰なのか。

 時は1年ほど前に遡る。





『ババーン! こやつが童一番の家来、茨木嬢じゃあ!』

『茨木童子です。よろしくお願い致します。』


 家の居間で霊感力のリハビリをしていると、シュテンが急に20代ぐらいの女性を連れてきた。

 母は買い出し、妹は付き添いで、部屋には俺一人である。


 目の前に佇み、こちらを観察している様子の鬼を見る。

 額の中心からは長い角が一本、天に向かって生えている。

 艶やかな白銀のミディアムヘアと青の瞳を携え、程よく成長した大人の体には紫色の綺麗な着物が身につけられていた。


『お主が童の言うことを全く信じないから、わざわざ連れてきてやったのじゃぞ! どうじゃ! 信じる気になったか!』

「そうか」


 えっへんと腰に手を当て、ご自慢の貧乳を前へ押し出す。


 何の話だったか。

 あぁ、そういえば、こいつが自分は鬼人族の頭領だというありもしない事実をぺらぺらと話すものだから、それならば証拠を見せろと突っ撥ねたのだった。


 こんな残念な鬼に付き合う奴がいると思っていなかったが、これは意外。

 心の優しい鬼もいたものだな。

 いくら支払って今回連れてきたのだろうか。


 まぁいい、よくやったシュテン。

 ぶっちゃけ俺のタイプだ。

 おっぱいも大きいしな。


 俺は、前よりもはるかに大きくなった霊感力を数倍の時間をかけて細く圧縮させた。





 晴れて俺の式神となったイバラキであるが、最近では我が家に居つき、よくシュテンと一緒にいる。

 俺とはあまり話さず、こちらを観ているだけだ。


「ヒロ助よ、さっきの言葉のやり取りにはなにか意味があるのかのぅ?執り行うように随分と念押ししていたようじゃが」

「男のロマンだ。気にするな」

「ロマンとな」


 立場は逆だがな。


 それよりも、今日は訓練だ。

 内容は、滞っていた魔法力と復活した気功力の取り扱いについてだ。


 “目”で見て分かったことだが、妖怪にも気功力は存在している。

 気は肉体に宿るものであるが、なぜ彼らが持っているのか。

 実は、妖怪の肢体は妖魔界と呼ばれる別次元にあるらしく、地球へは妖魔門といわれる扉から魂(霊感力)だけを飛ばしてきているらしい。


 一般人に見えないのは、魂だけだからだろう。

 身体を通すことも可能で、たまに目撃例のある妖怪はこちらに入る。

 現世のご飯が美味しそうで、食べてみたいと本体を持ってきたシュテンを見て気がついたのだ。


 ちなみに、妖魔界について学校では教わっていない。

 まだ小学2年生だし、もう少ししたら教わるのだろうか。

 わからないな。


 今日、二人には身体を持ってきてもらっている。


 シュテンからは主に刀術について教わるつもりだ。

 彼女曰く、自身は気功力の扱いに長けるらしく戦場では負け知らずだとか。

 今まで刀を教わって振ろうとは思っていなかった。

 信用はならないが、いい機会なので付け焼刃でもいいからやってみようと思う。


 イバラキは魔法操作が巧みだ。

 結界を見てもわかるが、精巧で熟練した粒子コントロールを行っている。

 今から教わるのが楽しみだ。


 山と里であるお菓子の話を、シュテンがイバラキに語り掛けている。

 イバラキは里派か。

 仲良くやれそうだな。


 俺の前に立つ二人を見据える。


 よし。


「始めるか」

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