4 式神契約
嘗てないほど膨大で、禍々しいオーラを持つ妖怪であった。
結び付けは完了したので、よしとしよう。
妹の三大力を“目”で確認する。
乱れはなく、落ち着いている。このまま寝かせておいて問題ないであろう。
視線を鬼の背後に向ける。
猫背で背の低い一つ目の妖怪が、窓際に腰掛けパイプをふかしていた。
パイプからは甘々しい、バニラのような匂いが漂ってくる。
俺の式神だ。
喋らないので、勝手にダンディーバニラと呼んでいる。
吹き出される煙にはオーラの扱いを阻害する成分が含まれており、吸ったものは少しの間、霊感力が麻痺する。
座ってパイプを嗜むだけなので、一人では大した脅威性を感じない。
契約を行使する際は毎度出現させているが、即効性は薄いので毒が回るのに少々時間がかかった。
役目を果たすと、透明になって消えていく。
行方は分からないが、魂に根付いた糸を辿ればいつでも、何処からでもやって来るので問題はない。原理は知れないがな。
目を鬼へ戻す。
床には、乱れた着物を羽織った女が、無防備な姿で寝転がっている。
こいつはもう俺の言葉に抵抗できない。
人ではないが、女を屈服させている。
あぁ、気分がいい。
絶景を静かに眺め勝利の余韻に浸っていると、鬼の瞳に光が戻ってくる。
『わ、童に何をしたのじゃ……ッ!』
床に這いつくばり、荒い呼吸を整えるように肩を上下させている。
眼差しは敗北してもなお、鋭く俺を睨みつけていた。
いいぞ。
実にいい。
我慢できず、自身よりは大きいが未だ幼い体にダイブする。
『うぐぉ!?』
薄いまな板に頭を押し付ける。妖怪なのにいい匂いだ。
俺の式神には今まで人型の女性は全くいなかった。
いても老婆とかだ。
守備範囲の広い俺でも、流石に皺くちゃの婆には興奮しない。
しかし、やっと手に入れた。
背格好は確かに幼くもあるが、容姿は今まで見てきたどの女性よりも妖艶である。
式神契約は、俺を裏切ることがない。
この鬼を自分の思い通りにできると思うと昂奮する。
俺は美しい女の妖怪を侍らせるために生まれてきたのだ。
そう思う程に。
転生できて、不思議パワーのある世界にこられてよかったと、今、心の底から自覚した。
世界に感謝を。
神に感謝を。
フハハハ。
フハハハハハ。
絶対に手離さないぞ。
「ずっとそばにいろ、お前は俺のものだ」
『ちょ、なんなのじゃ!? 今度はいきなりプロポーズか!?』
童女の頬は赤みを取り戻した。
*
『く、屈辱じゃぁ……』
現在俺は、鬼の膝の上に頭を乗せ、惰眠を貪っている。
膝枕、というやつだ。
一生に一度はやって見たかった。
もちろん俺からの命令だ。
俺の顔は天井を向き、女の顔をまじまじと観察する。
視線が交差した。
すぐに逸らされる。
はははは。
可愛いなぁああああ!?
「可愛いなぁああああ!?」
『な、何を言っておるのじゃ!!』
つい、心の声が漏れ出てしまった。
ちなみに、式神契約は行動すべてを縛るものではない。
いくつかの条件の下、対象を強く操るのだ。
・糸が引っ張られたら、すぐさま駆けつける。
・俺に殺意を向けると心臓部が締め付けられる。
・命令された内容通りにオーラが体を操作する。
実験した結果は、大体がこんなところであろう。
よって、殺意の向いていない行動は条件に当てはまらない。
膝枕の解除は許容できないが、軽く小突く程度なら、問題なく施行できる。
「君の名前を聞かせてくれ」
霊感力を込める。
『う、が……しゅ、酒呑童子じゃ。』
しゅてんどうじ?
それって名前なのか?
変な音の羅列で言い慣れないな。
「そうか。俺は山田広という。シュテン、ずっとそばにいろ」
シュテンの肩が小刻みに震えている。
それほど感激してくれるとは、こちらとしても嬉しいな。
『な』
な?
『なんなのじゃこのガキはぁぁああ!!』
ふむ。
それはそうと、どうやらシュテンと契約したことによって、俺の魂の格が一気に跳ね上がったようだ。
シュテンの膨大なオーラが濁流のように押し寄せ、取り込まれている。
体内から溢れ出しているオーラ量が以前とは比べ物にならない。
身体は今までにない程、全能感に包まれている。
普通ならば敵わないであろう相手に、勝利を収めたことが大きいのだろう。
ドラ〇エ5の少年期にゲ〇を倒したみたいなことだ。
こちらのオーラ量は明らかに劣っていた。月と鼈並みの差があった。
しかし、それが油断を誘い、うまく罠へ嵌めることができた。
何か一つでも歯車がかみ合わなければ、負けていただろう。
同じ手は二度と通じないが、一度決まれば問題はない。
何故なら、彼女は既に俺のものだからな。
*
シュテンは俺のすぐ後ろをついてくるようになった。
というか俺が指示した。
他人からは見えないようで、自由気ままに空を浮遊している。
霊感力の高い人間からは見えているのだろうと思っていたが、実際は誰もが気づかなかった。
詳しくは解らないが、霊と違って普通の状態で妖怪を見ることはできないようだ。
“目”を用いていたから見えざる者も見えたのだろう。
通りで、最近妖怪をよく目撃するようになったわけだ。
また、声が聞こえるのは妖怪側から魂に干渉していたからだそう。
訓練次第では俺から割り込むことも可能らしいので、今度試してみようと思う。
楽しみが増えた。
*
日ごろ、シュテンとは仲良くやっている。
話す頻度も多く、絆(契約)も深まってきただろう。
だが、必要があるとき以外は話しかけない。
用事がないのに話しかけるのは馬鹿のすることだからだ。
それに、1人なのに語り掛けたら、周りから変な目で見られる。
つまり、合理性に欠けるのだ。
「なぁ、今の爺、昨日も見なかったか」
『いや、爺の顔など一々覚えとらんわ。もっと生産性のある話をせんかい』
向こうからも俺が迷惑するとわかっているのか、積極的に話しかけてくることはない。
俺の式神という立場を弁えているのだろう。
『なぁなぁ、ヒロ助! あの空に浮いている雲、瓢箪に見えんかのぅ? 酒が飲みたくなってきたわ!』
「飲むのは夜だけだって決めただろうが。我慢しろ。それと、あれは絶対胸部型の雲だ。左右の形が均等だったからな」
命令は今でも効果抜群で、日常でも俺に服従の姿勢を見せている。
契約というのはやはり素晴らしいな。
改めてそう思う。
「てめぇ……それは俺のアイテムブロックだ……ッ。勝手に取ることは許さんッ」
『なははは! 早い者勝ちじゃあ馬鹿者め!』
ゲームを二人で嗜む時間も多い。
知らない者から見れば、コントローラが空中で浮遊している様に見えることだろうが、俺からすればどうでもいい事実だ。
また、日常を共に過ごすようになって、人となりもわかってきた。
主従関係というものも、ある程度芽生えさせられただろう。
いい調子だ。
*
普段は空を飛んでいるシュテンだが、時には俺の右側に降り立つ。
とぼけた顔をしながらも、足並みを揃えてくれる。
肩を並べ、共に歩く。
少し進んだところで、前から蜜月関係であろう男女が腕を組み、俺たちの横を通り過ぎて行った。
前世の記憶が脳裏を過り、心に影が落ちる。
ふと、俺は立ち止まった。
「なぁ、シュテン」
『なんじゃー?』
「手を、繋いでくれ」
『んぁ?どうしたんじゃ急に』
「……」
足を止めたことで幾らか前に進んだシュテンが振り返り、俺の顔を覗き込む。
俺の視線は足元へと吸い寄せられ、上げられない。
……失敗した。
動悸が激しく、胸は苦しい。
は。
はは。
なにやってんだ。
自嘲の笑みが漏れる。
命令すればよかったのに。
そうすれば、奴らは契約で俺を裏切れない。
絶対服従なのだ。
心が黒く染まっていく。
命令するんだ。
そうすれば、全部うまくいく。
悪魔が耳元で囁いた。
やってしまえ。
やれば楽になる。
傷つかずに済む。
さぁ。
やるんだ。
『……しょうがないのぅ』
柔らかい声が聞こえる。
それは余りにも魅力に溢れた声音で。
一瞬にして、俺の心を包み込んだ。
『ほら、はやく行くぞ!』
彼女の左手が俺の右手を取る。
……暖かい。
そのまま手を引かれ、たたらを踏みながらも前へ進む。
顔を上げると、視界が
目の前にはアスファルトで舗装された道が続いている。
手を引くのは一人の女の子だ。
空は抜けるように青い。
足取りは、いつの間にか羽毛のように軽かった。
冷たい風が頬を撫でている。
……いつもより、少しだけ心地がいい。
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