3 鬼との邂逅

 とはいっても、やれることは多くない。

 外へ出して弄ぶことは出来ても、他は無反応だったのだ。


 潜在量を増加させようと試してみたが、成功はしなかった。代わりに、霊感力とは生まれつきの要素が大きいと予想できたが、別に大した証明でもない。また、浮遊している霊からも吸い取ろうと画策してみたが、干渉はできなかった。

 数年間の試みが成功せず、半ば自棄やけになっていた俺は、ストレスを発散させようと外側にオーラを炸裂させた。それはもう、盛大に。


 ここで転機が訪れる。


 いつも見かけるサラリーマンの周囲。

 そこだけ、オーラの流れが変わっていたのだ。

 不思議に思い、物は試しと目標に向かってオーラを放出させる。


 そこで。


 吸収されていることに気が付いた。


 



 現在、子供部屋にいる。

 横ではキヨが堂に入る正座で、気力の流れを変化させていた。


 両手の人差し指を立て、気を片側の指先へ交互に集結させようとしている。

 体全体に散らばっている気力を一点に集める方法だ。

 しかし、上手くいかず、四散させては収集する行為を繰り返し行っていた。


 俺からの教えだ。

 練習法は独学であるが、そう間違ってもいないだろう。

 初期の段階であるが、俺もこのやり方で上達したからな。


 ……だが、全然なっていない。

 日ごとに量と精度が上がってきてはいるが、無駄が多すぎる。

 進展が少ない所をみると、壁にもぶち当たっているようなので、まだまだ先は長いと思われる。


 飽きてきたのか、両腕を下げ、ため息を一つ吐いた。

 鋭く険しい目つきをしている。

 更には、顎に手を当て、考え事か。


 偶に、キヨからは妙に年齢を感じる瞬間がある。

 ……まぁ、気のせいだろう。


 そんな妹を尻目に、俺は自身に潜在しているオーラを細い糸状にしていく。

 魔法力でも似たトレーニングを行っていたが、本質は全く異なる。


 圧縮するのだ。


 内容量をできるだけ込め、強く圧縮する。

 直径は光ファイバ1芯よりもさらに細く、そして長い。

 これが結構、神経を使う。


 5秒ほどで完成させた。

 こんなものでいいだろう。


 背後を振り返る。


 頭に二本角を生やした鬼が、子供棚を背に一献傾けていた。

 人間でいうと10代前半ほどに見える、幼くも麗しい女性だ。深紅のストレートヘアと山吹色の瞳を持ち、耳と頬をほのかに赤らめている。黒の着物からは、すらりとした美しい脚が見え隠れしていた。


 幽霊とは異なった魂の波長。

 妖怪である。


 数年前まではあまり見かけなかったが、最近では様々な妖怪を目撃するようになった。

 家でもたびたび視界に入る。

 むしろ、外より家のほうが見る頻度が高いぐらいだ。


 ……丁度いい、こいつにするか。


 これから行うのは、俺のオーラを対象の根底に刻み付け、一方的に結びつきを強くする行動。

 先程の霊感力を糸状に圧縮させる作業は、相手の内側へ侵入しやすくするための工程だ。心に俺のオーラ滑り込ませ、溶け込み、混ぜるのが目的である。

 これによって、一方的にオーラの供給を受けられるようにするのだ。


 また、結び付きの強くなった霊を一括りに“式神”と呼んでいる。

 行為自体は、式神と縁を結ぶので式神契約と名付けた。

 契約と銘打ってはいるが、許可を取るつもりはない。話そうとしても、言葉が通じない相手が多いからな。


 俺は、この契約(偽)を用い、日々霊感力を増大させている。


 今日も、いつもと同じように動き出す。


 糸を、鬼に向けて射出した。

 驚異的な速度だ。

 昨日よりも速く、成長を感じられる。


 加速。


 このままいけば、難なく成功を収めるだろう。

 楽すぎて、少し拍子抜けするぐらいあっという間だ。


 あと少し。


 すると、オーラの糸は鬼の数cm手前で突然動きを止める。

 ある位置から先へ、ピクリとも先に進まない。


 なんだ?



 ――部屋の空気が、一変した。



 重々しい。

 息が苦しく、呼吸がし辛い。

 サウナの中にいるような感覚に陥る。


 何が起きた?


『ほう、面白い妖術を使いよるのぅ』


 流暢な言葉が瑞々しい唇から紡がれる。


 着物姿だった恰好は、深紅の武者甲冑へと変貌しており、大切そうに持っていた酒は、すでにどこかへと消え去っている。頬に差していた赤みも今はなく、右手で刀を担ぎ、黄金に輝く瞳でこちらを面白そうに眺める。


 まずい。


 全身から脂汗が噴き出し、ガクガクと訳も分からずに振動しだす。

 気が付くと、さっきまでは感じられなかった、歪んだオーラで部屋中が満ちていて、俺はその最中に立っていた。


 ……明らかに今までの霊、妖怪とは格が違う。


 さっきまで平常であった肺の動きは固まり、身体に空気が送られてこない。

 宇宙空間に放り出されてしまったのか。


 堪らず、床に倒れ込む。

 苦しい。

 死んでしまいそうだ。


 妹を脇目に見ると、既に気絶していた。

 恐らく、大きすぎる霊感力は、人体にも影響を及ぼすのだろう。

 

『いきなりの襲撃とは、随分と無礼な奴じゃのう。挨拶もできぬのか、人間』


 顎は上を向き、口元には笑みを浮かべている。

 こちらを見下しているのだろう。


 部屋に甘い香りが漂い始めた。


 ここで焦るな。まともにやりあっても負けは濃厚。

 じっと堪えて、勝機を待つのだ。

 地面に這い蹲り、額に大量の汗を浮かべながらも、思考を止めない。

 

 やばい。

 気を失いそうだ。

 瞼がゆっくりと降り始める。


 早く。


 はやく。



 は や  く。



『どうした人間、何か言わぬか』


 突然、肺が稼働をし始め、呼吸が再開される。


 …………きた。


 空気は以前よりも大分マシになり、息ができるようになった。

 身体の方も、ぎこちないが動く。

 待ちに待った時間である。

 

「おら」

『ぬぉ!?』


 鬼の全身をオーラでできた輪で簀巻きにした。

 余裕はない。早く済ませなければ。


『じゅ、術が使えん! どうなっておるのじゃ!?』


 糸を心臓の位置に侵入させていく。

 ここからは繊細な技術と確かな集中力が要求される。

 慎重に、丁寧に、心にオーラを刷り込んでいく。


 自ずと頬が強張り、汗が伝う。


『な、なにをやっておるのじゃ! 離さんか! おい、聞いておるのか人間!!』


 霊感力の根幹は、心臓部にある。

 ここを支配できれば、全てを掌握したのと同義だ。

 注ぎ込むオーラ量を目に見えて増やす。


『う、いぎ……ッ!? な、なんじゃ……ッ!? 童の、童の中に、何かが入り込んでくる……ッ。暖かくて心地よい何かが……』


 鬼の顔が真っ赤に染まる。

 体を捩り、股をすり合わせる。


『だ、駄目じゃ。やめるのじゃ! こ、このままでは……』


 ……植え付けは完了した。

 後は、俺のオーラを流し込んで全身に行き渡らせればいい。


『あ、あぁぁああ……』


 目からはハイライトが消え出し、口元からは涎が垂れる。

 ラストスパートだ。

 ここでオーラを一気に……。


『ら、らめぇえぇええええ!!』


 ……どうやら成功したようだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る