3 鬼との邂逅
とはいっても、やれることは多くない。
外へ出して弄ぶことは出来ても、他は無反応だったのだ。
潜在量を増加させようと試してみたが、成功はしなかった。代わりに、霊感力とは生まれつきの要素が大きいと予想できたが、別に大した証明でもない。また、浮遊している霊からも吸い取ろうと画策してみたが、干渉はできなかった。
数年間の試みが成功せず、半ば
ここで転機が訪れる。
いつも見かけるサラリーマンの周囲。
そこだけ、オーラの流れが変わっていたのだ。
不思議に思い、物は試しと目標に向かってオーラを放出させる。
そこで。
吸収されていることに気が付いた。
*
現在、子供部屋にいる。
横ではキヨが堂に入る正座で、気力の流れを変化させていた。
両手の人差し指を立て、気を片側の指先へ交互に集結させようとしている。
体全体に散らばっている気力を一点に集める方法だ。
しかし、上手くいかず、四散させては収集する行為を繰り返し行っていた。
俺からの教えだ。
練習法は独学であるが、そう間違ってもいないだろう。
初期の段階であるが、俺もこのやり方で上達したからな。
……だが、全然なっていない。
日ごとに量と精度が上がってきてはいるが、無駄が多すぎる。
進展が少ない所をみると、壁にもぶち当たっているようなので、まだまだ先は長いと思われる。
飽きてきたのか、両腕を下げ、ため息を一つ吐いた。
鋭く険しい目つきをしている。
更には、顎に手を当て、考え事か。
偶に、キヨからは妙に年齢を感じる瞬間がある。
……まぁ、気のせいだろう。
そんな妹を尻目に、俺は自身に潜在しているオーラを細い糸状にしていく。
魔法力でも似たトレーニングを行っていたが、本質は全く異なる。
圧縮するのだ。
内容量をできるだけ込め、強く圧縮する。
直径は光ファイバ1芯よりもさらに細く、そして長い。
これが結構、神経を使う。
5秒ほどで完成させた。
こんなものでいいだろう。
背後を振り返る。
頭に二本角を生やした鬼が、子供棚を背に一献傾けていた。
人間でいうと10代前半ほどに見える、幼くも麗しい女性だ。深紅のストレートヘアと山吹色の瞳を持ち、耳と頬をほのかに赤らめている。黒の着物からは、すらりとした美しい脚が見え隠れしていた。
幽霊とは異なった魂の波長。
妖怪である。
数年前まではあまり見かけなかったが、最近では様々な妖怪を目撃するようになった。
家でもたびたび視界に入る。
むしろ、外より家のほうが見る頻度が高いぐらいだ。
……丁度いい、こいつにするか。
これから行うのは、俺のオーラを対象の根底に刻み付け、一方的に結びつきを強くする行動。
先程の霊感力を糸状に圧縮させる作業は、相手の内側へ侵入しやすくするための工程だ。心に俺のオーラ滑り込ませ、溶け込み、混ぜるのが目的である。
これによって、一方的にオーラの供給を受けられるようにするのだ。
また、結び付きの強くなった霊を一括りに“式神”と呼んでいる。
行為自体は、式神と縁を結ぶので式神契約と名付けた。
契約と銘打ってはいるが、許可を取るつもりはない。話そうとしても、言葉が通じない相手が多いからな。
俺は、この契約(偽)を用い、日々霊感力を増大させている。
今日も、いつもと同じように動き出す。
糸を、鬼に向けて射出した。
驚異的な速度だ。
昨日よりも速く、成長を感じられる。
加速。
このままいけば、難なく成功を収めるだろう。
楽すぎて、少し拍子抜けするぐらいあっという間だ。
あと少し。
すると、オーラの糸は鬼の数cm手前で突然動きを止める。
ある位置から先へ、ピクリとも先に進まない。
なんだ?
――部屋の空気が、一変した。
重々しい。
息が苦しく、呼吸がし辛い。
サウナの中にいるような感覚に陥る。
何が起きた?
『ほう、面白い妖術を使いよるのぅ』
流暢な言葉が瑞々しい唇から紡がれる。
着物姿だった恰好は、深紅の武者甲冑へと変貌しており、大切そうに持っていた酒は、すでにどこかへと消え去っている。頬に差していた赤みも今はなく、右手で刀を担ぎ、黄金に輝く瞳でこちらを面白そうに眺める。
まずい。
全身から脂汗が噴き出し、ガクガクと訳も分からずに振動しだす。
気が付くと、さっきまでは感じられなかった、歪んだオーラで部屋中が満ちていて、俺はその最中に立っていた。
……明らかに今までの霊、妖怪とは格が違う。
さっきまで平常であった肺の動きは固まり、身体に空気が送られてこない。
宇宙空間に放り出されてしまったのか。
堪らず、床に倒れ込む。
苦しい。
死んでしまいそうだ。
妹を脇目に見ると、既に気絶していた。
恐らく、大きすぎる霊感力は、人体にも影響を及ぼすのだろう。
『いきなりの襲撃とは、随分と無礼な奴じゃのう。挨拶もできぬのか、人間』
顎は上を向き、口元には笑みを浮かべている。
こちらを見下しているのだろう。
部屋に甘い香りが漂い始めた。
ここで焦るな。まともにやりあっても負けは濃厚。
じっと堪えて、勝機を待つのだ。
地面に這い蹲り、額に大量の汗を浮かべながらも、思考を止めない。
やばい。
気を失いそうだ。
瞼がゆっくりと降り始める。
早く。
はやく。
は や く。
『どうした人間、何か言わぬか』
突然、肺が稼働をし始め、呼吸が再開される。
…………きた。
空気は以前よりも大分マシになり、息ができるようになった。
身体の方も、ぎこちないが動く。
待ちに待った時間である。
「おら」
『ぬぉ!?』
鬼の全身をオーラでできた輪で簀巻きにした。
余裕はない。早く済ませなければ。
『じゅ、術が使えん! どうなっておるのじゃ!?』
糸を心臓の位置に侵入させていく。
ここからは繊細な技術と確かな集中力が要求される。
慎重に、丁寧に、心にオーラを刷り込んでいく。
自ずと頬が強張り、汗が伝う。
『な、なにをやっておるのじゃ! 離さんか! おい、聞いておるのか人間!!』
霊感力の根幹は、心臓部にある。
ここを支配できれば、全てを掌握したのと同義だ。
注ぎ込むオーラ量を目に見えて増やす。
『う、いぎ……ッ!? な、なんじゃ……ッ!? 童の、童の中に、何かが入り込んでくる……ッ。暖かくて心地よい何かが……』
鬼の顔が真っ赤に染まる。
体を捩り、股をすり合わせる。
『だ、駄目じゃ。やめるのじゃ! こ、このままでは……』
……植え付けは完了した。
後は、俺のオーラを流し込んで全身に行き渡らせればいい。
『あ、あぁぁああ……』
目からはハイライトが消え出し、口元からは涎が垂れる。
ラストスパートだ。
ここでオーラを一気に……。
『ら、らめぇえぇええええ!!』
……どうやら成功したようだな。
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