2 瞳力と訓練
庭の隅に視線を送る。
咲いているタンポポからは、気力があふれている。
空気の中には魔法粒子が漂っていた。
宙を悠々と飛ぶ霊からは、微量だが歪なオーラが発せられている。
それぞれの力の大きさが、目を通して感じられた。
そう、俺は数年の修行により、三大力の所有量が認識できるようになったのだ。
目に見えないものを視界に映すのには苦労したが、習得すると訓練の効率がかなり上がった。
会得した後、最も重要だと思ったのは、気功力も魔法力も、霊感力でさえも、性質的にはあまり異なっていないと気づいたことだ。
体内を流れているか、空気中に含まれているか、魂に根付いているかである。
ちなみに個々同士が干渉し合うことはできない。
視線を下げ、自分の手を見つめる。
気が血液に満ち、体の中を巡っているのがわかった。
細胞一つ一つに気を運び、身体機能を充実させる。
母の腹の中にいるような、落ち着いた、心地良い感覚に包まれた。
タオルを首にかけ、縁側から子供用のサンダルを履き庭に出る。
父御用達の鉄の棒を両手で持った。
棒は長く、俺の体では剣ではなく槍のようであるが、気にしない。
上から下へ、軽く振るう。
風を切る音がした。
いい感じだ。
手拭いを近くの地面へと置く。
気功力を体に巡らせているからか、最近は睡眠時間が減っている。
よって、今は明け方の4時だ。
朝までまだ長い。このまま少し素振りをしよう。
*
気を体全体に行き渡らせた状態でいると、全く身体的疲れを感じない。
凄まじい力だ。
しかし、常時この状態を維持するのは精神的に堪える。
棒を足元へ置き、一旦気の流れを止めた。
次は魔法力だ。
家を背にして芝生の上で座禅を組む。
魔法粒子を操作し、大気から取り出した。
一つ一つを繋ぎ合わせ、一本の糸のように長く引き伸ばす。
同じ糸を何本も生産する。
布を織っているようなイメージで、編み込むように幾重にも重ねていく。
隙間を極限までなくし、丈夫に固く。
自分の周囲360度を円状に覆った。
魔法粒子でできた盾の完成だ。
強度について試してはいないが、かなり頑強なはずである。
そうなるように作った。
完成までにかかった時間は、約6秒。
まだまだ遅い。実用性は今のところないな。
三十秒ほどそのままにしてから、糸を解く。
汗がドッと噴き出すが、休まずに3セット熟す。
疲れた。
汗をタオルで拭う。
少し風にあたった後、気功力の鍛錬に戻る。
もっとだ。
*
訓練を繰り返していると、縁側のほうから小さな、それでいて荒々しい足音が近づいてくる。もう朝ご飯の時間か。
「ヒロにー!」
背中に感じる軽い衝撃。
首に腕を回し、抱き着いてきたようだ。
顔を右に向けると幼い女の子が陰りのない笑顔を肩越しから覗かせていた。
俺と同じ黒の髪と銀の瞳は、綺麗に輝いている。
「あさごはんできたよ!」
妹である。名前を山田清香という。
俺が2歳の時に生まれ、現在では4歳だ。
同幼稚園に通っている。
母に似た美形の生まれだ。
顔がいいと、周囲が優しく扱うので内面が歪んでしまう傾向にある。
これからクソビッチの道を進ませないようにするためにも、俺が教育してやる必要がでてくるだろう。
「あいよー」
立ち上がりつつ、妹の脚を脇に抱え、大きくなってきた体を背負う。
「俺以外の男に後ろから抱き着くとかしたらダメだからな」
「うん! ヒロにーいがいにはしないよ! とくべつだもん!」
「そうか。絶対だぞ」
「ぜったい!」
このままガードを固めてもらって、清廉潔白の人生を歩んでほしい。
なかなかそうはならないだろうがな。
縁側に座らせ、キヨは履いていたビーチサンダルの踵を揃える。
俺は芝生の少しついたズボンを軽く払ってから、サンダルを脱いだ。
「キヨちゃん、いつもありがとね。ヒロちゃん、おててを洗ってから朝ごはんにしましょう」
「分かったよ、母さん」
台所へ向かい、薬用泡ハンドソープで手を洗っていると、廊下から慌ただしい音が聞こえてきた。
大方、父さんが寝坊でもしたのだろう。
雑に扉が開かれ、リビングに駆け込み朝食の席に着いたのは我が家の主である。
「チサあああ! どうして起こしてくれなかったんだ! 遅刻しちまう!」
「何度も起こしたわよ。タイちゃん、その度にあと5分って言い張るんだから、呆れちゃった」
父さんの前には、食事時間のあまりかからない手作りサンドイッチと牛乳が置かれる。
俺たちの前には子供が喜ぶキャラもののご飯だ。
朝から母さんの家族愛を深く感じるね。
口いっぱいにサンドイッチを詰め込むリスのような父さんを見ながら微笑む母さんを俺は眺める。
母さんの笑っている顔をみると活力があふれてくる。
今日も朝ごはんが上手い。
一方、キヨはニンジンと格闘している。妹の苦手な食べ物だ。
チャンス到来。
今のうちに好感度を上げ、俺のことを上位の存在として根付ける。
大人になってから反発しないように躾るのだ。
女に、それも妹に、俺の人生を邪魔されては堪らない。
この教育は将来ためになるはずだ。
「キヨ、俺の皿にニン……」
「だめよ」
瞬間、母さんの首が回転し、俺に対して微笑みを向けていた。
さっきまでの微笑みとベクトルが180度異なっている。
母さんは、残し物や好き嫌いを許さない。
冷汗が流れる。
ふと、妹の皿に目を移すと、いつの間にか皿はきれいになっていた。
キヨは慣れない口笛を吹いて誤魔化す。
……裏切り者め。
俺もキヨも母さんには逆らえない。
恐るべし、母さん。
*
食べ終わった後、時間的に余裕があるとわかった父さんは、幾分か落ち着きを取り戻していた。
現在7時20分、父さんの出勤時間だ。
仕事は壁内の安全を守る警察官である。
他にも、壁外からの脅威に対処する自衛隊。
壁の外へと調査、探索を行い自分の体で稼ぐ、冒険者団体が存在する。
いずれも人気の職業であり、三大力が出世に大きく関わる。
「それじゃあ、いってきます」
父さんの恰好はパジャマからスタイリッシュな私服へと変化していた。
警察官の制服出勤は許されていない。
制服の盗難が起きてから、外への持ち出しは厳禁とされているためだ。
「「「いってらっしゃい」」」
家族総出で送り出す。
毎日の日課だ。
その後、登園時間である9時まではしばらく空く。
俺はここでも鍛錬に割いていた。
最近では妹まで真似して行ってくるから、なんとなしに気力のコントロールを教えている。
飲み込みは遅く、大きな成果は見られないが、磨けば光るはずだ。
次は、霊感力のトレーニングに充てる予定である。
この5年で、最も変化したポイントだ。
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