第65話 懐かしきマールイ王国

 ぶらぶら歩いて半日ほど。

 あっという間にマールイ王国との国境線だ。


「馬車を使わないと思ったけどな、めっちゃ近いな、マールイ王国」


「王都と王都が隣り合ってるくらい近いな」


「やばいやん。戦争なったらすぐ火の海やん」


「物理的にそこまでは近くないが、王都の領域同士は隣り合っているから、まあ近い状態になる」


「はえー。それでマールイ王国の様子がこっちに筒抜けやったんやねえ」


 フリッカが感心している。


「いやいやいや。フリッカは平然と会話をしているが、私は落ちつかないぞ!」


 おっと、ここでイングリドから主張だ。

 彼女は早足気味に俺を追い抜き、指差した。


「全然別人みたいに変身してて、それがオーギュストの声で喋るのがなんだか気持ち悪くて仕方ない」


「凄いことを言うな君は」


 だがイングリドの言い分も分かる。

 俺は黒髪を茶色に染め、体格が分かりづらいように衣装の内側に綿を詰め、顔も化粧で輪郭を誤魔化している。

 一見して、やや小太りで平凡な印象のシーフと言ったイメージだろうか?


「髪の色が変わって、丸くなったのは分かるよ。ま、ドワーフの基準からすると、それでも痩せ型だけどね」


 カッカッカ、と笑うギスカ。


「弱そうになった」


 ジェダからすると、その一点だけでこの変装は不評らしい。


「大体なんだオーギュスト。俺はお前を強い男と見込んで仲間になり、いつかはこの腕一本で勝負して見たいと思っていたのだが、今の姿ではそんな気にならん。どうしてそんな弱そうな姿を……」


「弱そうな方が相手が油断するだろう。軽く舐められるくらいでいいのさ。舐めてかかってくる相手ほど隙だらけになるものだ」


「つまりその姿は擬態か! お前は姿を武器にして罠を仕掛けようというのだな? ならば弱そうに見えるのは許す」


 なんでもかんでも戦いにつなげるジェダ。

 彼なりに納得したらしい。

 だが、イングリドがむずかしい顔をしたままなかなか納得してくれない。


 フリッカがニヤニヤしながら、「ははーん」と呟いた。


「いつもならおおらかで、なーんも気にしないイングリドが、オーギュスト相手にだけはこだわるってのは、つまり……。ははーん」


「なっ、何がははーんだ! 失敬だぞフリッカ! 変な詮索はやめるんだ!」


 ちょっと赤くなって、イングリドが抗議している。

 フリッカはニヤニヤしながら冷やかすばかりだ。


 俺としては、張り詰めた感じだったフリッカが少しでもリラックスしてくれるなら、茶化されるのも大いに結構である。

 かくして、わいわいと騒ぎながら我々は国境線を越え、マールイ王国へ。


 二国間の国境線は広く接しており、実際のところフリーパスで隣国へ抜けられる。

 身分の証明を求められるのは、王都や大きい街に入る時だけである。


 無論、その身分証明証も偽造してある。

 冒険者ギルド所属のカードみたいなものだが、俺はこの姿専用のものを作っておいたのだ。


 依頼があった、王国の町へ。

 ここは男爵領。

 寂れているかと思ったら、案外変わっていない。


「マールイ王国のやり方が変わったと聞いてたんですが、そんなに影響はなかったんで?」


 町の門でカードをチェックしてもらいながら、尋ねてみる。

 門番の兵士は笑った。


「そりゃあな。外国の冒険者であるあんたらを雇えるくらいには、この国のチェック態勢はザルになってるんだよ。それにうちの男爵様は、色々理由をつけて戦争に駆けつけるのを遅らせたんだ。お陰であっという間に終戦。国はボロボロだが、うちは上手いこと力を温存できたってところさ」


「なるほど、賢い。だけど、ガルフス大臣様は怒ったでしょう?」


 俺がしらばっくれて会話をするのを、イングリドが笑いをこらえながら眺めている。

 どうしてそんなに面白がるんだ。


「大層お怒りだ! うちに兵士を差し向けて制裁するって息巻いてるぜ! だがよ。戦争でボロボロになった王国は、もう貴族を束ねるだけの力もねえんだ。あー、うちの男爵領も、ガットルテ王国に吸収されねえかなあ」


「ははは、冗談でもそんなこと、真っ昼間から言うものじゃないですぜ」


「そうだな! わっはっは!」


 俺は兵士と打ち解けて、彼が持つ限りの情報を引き出した。

 この様子を見て、ギスカとフリッカが頷くのだった。


「そういやこの男、もともと盗賊みたいな活躍をするやつだったねえ……」


「見た目が盗賊っぽくなったから、あまりに違和感なさすぎやね。うち、慣れてしまうところやった……」


 ありがとうと言うべきか、人聞きが悪いと言うべきか。

 とにかく、マールイ王国が崩壊寸前まで追い詰められているのは確かということだ。


 国に対する不義理を働いた男爵領が、実質的にお咎めなしでこうして存在しているのだから。

 ああ、もちろん、盗賊団の話も聞いておいた。

 後からやって来た男爵直属の騎士は、俺の顔見知りだったのでちょっとヒヤッとしたが。


「冒険者か? 頼むぞ。国があのガルフスとその派閥に牛耳られるようになってから、治安がずたぼろだ。今まで息を潜めていたような盗賊があちこちに出没している。奴らは頭数を揃えて、小さな村を根こそぎ略奪するようなことまでやっているんだ」


「ははあ、そいつは許せませんなあ」


 マールイ王国、本当にボロボロになってしまったな。

 せめて盗賊団を壊滅させて、それから王都を調査に行くとしよう。


 騎士は、盗賊団の居場所を詳しく知らないらしい。

 だが、それについては問題はない。


 俺がこの王国に何年いたと思っているのだ。

 マールイ王国の地形については、よく知っているさ。


 騎士と門番と別れ、前払い金代わりの保存食や水、ぶどう酒などを受け取り、仕事開始だ。


「さあ、ラッキークラウン諸君。盗賊団の居場所は明らかだ。日が高いうちに全滅させようじゃないか!」

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