第64話 道具と情報を集めよ

 すぐにでも旅立とうと息巻くフリッカ。

 だが、我々は仕事を終えたばかりである。

 2日くらいはのんびりしたい。


「フリッカ、いいか? 仕事には準備というものが必要だ」


「そうやな」


 そこに異論は無いようだ。


「そして我々は、ワイバーンの依頼で道具を使い、体力も消費し、魔力も使った。補充が必要だ」


「言ってることはもっともやな」


 ふんふん、と頷くフリッカ。


「何日かかけて道具を補充し、体力と魔力を充実させ、そして情報収集をしよう」


「なるほど……。……あれ? うちとジェダが仲間になった時は、なんも準備しないでいきなり旅立たなかった?」


 いかん。

 俺のテンションが上っていたので、いきなり旅立ったのだった。


「あれはドラゴンゾンビ戦で仕入れていた資材が残っていたんだ」


「体力とか魔力……」


「ドラゴンゾンビ後のワイバーン退治はイージーミッションだったので問題なかったんだよ」


「えっ!? とすると、盗賊はワイバーンよりも強い……?」


 フリッカが混乱し始めた。

 いいぞいいぞ。


「強いとも言えるし弱いとも言える。対戦する相手によるからな。話し始めると長くなる……」


「あー、もうええわ! 準備するんやろ! 行ってき! うちは情報集める!」


 フリッカは奮然と立ち上がると、鼻息も荒く外に出ていってしまった。

 どこで情報を集めるつもりであろうか。


「ジェダ。フリッカは情報を集める伝手があるのかね?」


「ねえな。手当り次第聞き込みやって、何も得られないまま帰ってくるぜ、ありゃあ」


 ジェダはニヤニヤと笑っていた。

 彼は今日一日、何もしないで過ごすつもりらしかった。

 テーブルの上のエールを飲み干すと、カウンターで瓶入りの酒とつまみを買う。


 そして広場まで出ていって、適当なところに腰掛けてちびちび飲み始めた。

 

「さて、俺も行くとしよう。イングリド、ちょっと頼みたいことがあるのだが」


「なんだ?」


「変装道具を買い、実際に変装してみる。別人に見えるかどうか、付き合いが一番長い君から判断してもらえるかな?」


「ああ、もちろん構わない」


「面白そうだね。あたいも行くよ!」


「ほう、ギスカも俺が別人になったかどうかを判断すると」


「あっはっは。実際のところ、ヒゲがない男は背丈でしか見分けがつかなかったりするけどね!」


 大変ドワーフらしい返答をいただいた。

 いや、彼女、ドワーフ男性もヒゲでしか見分けをしてないということだろうか?


 気になる、ドワーフ社会……。


 こうして俺は、イングリドとギスカを連れてアキンドー商会へ。

 この国には他の店も色々あるのだが、ガットルテ王国最大規模で、なんでも取り扱っていると言えばアキンドー商会なのである。

 何よりも、度々こことは縁があるお陰で、俺たちに対してオマケをしてくれるのだ。


 アキンドー商会を利用しない手はない。

 俺たちがやって来ると、店員見習い中の子どもたちが駆け出してきた。


「オーギュストさん!」


「イングリドさんもいる!」


「ドワーフの人だ」


「あたいだけなんかテンション違わない? ま、あたいはまだ新参だけどさ」


 子どもたちに囲まれる、俺とイングリドなのだ。


「今日は何を買いに来たんですか?」


 一丁前に御用聞きをする子どもたち。

 うーむ、人の成長とは早いものだ。


「そうだね。実はマールイ王国まで行く用事があるんだが、俺はあの国では嫌われててね」


「えっ、オーギュストさんが嫌われてるんですか!?」


「こんなにすごい道化師なのに」


「マールイ王国がきっとわるいやつなんだよ」


 端的に真実に近いところに触れてきたな。


「そういうわけで、俺は変装の道具を買いに来たんだ。それを取り扱っているお店まで案内してくれるかな?」


「はーい!」


 子どもたちのよいお返事が響く。

 すると慌てて番頭が出てきた。


「ああ、こいつはどうも、オーギュストさん! こら、ちびども! みんなでいっぺんに客を相手するやつがどこにいる! そんなんじゃ、いくら頭数があっても足りなくなるだろうが! 一客には一人! 上客には二人! これが鉄則だ! ぜんいんでやるのは上客のお見送り! 教えただろうが!」


「はーい!」


 おお、きちんと商売人としての教育がされていっているのだ。

 番頭の言葉を聞く子どもたちの目は真剣そのもの。


 ここは良い場所らしいな。

 後で番頭に聞いたところ、自分もこうして教えられ、商売人として一人前になったということである。

 良き伝統が受け継がれているのだ。


 選ばれた一人の少年に案内され、俺は変装道具一式を調達した。

 金を払って礼を言い、商会を後にする。


 この光景に、ギスカが首を傾げた。


「ねえ道化師。それくらいの道具は、あんたでも持ってるんじゃないかい? 補充に来たのかい?」


「補充という意味もある。だが、何よりも俺はつかの間の休暇を楽しんでいるのさ。自分の仕事の結果がどうなったのか、たまにこうやってチェックして、それでうまく行っていたら楽しいだろう? これも一つの娯楽ってやつだ」


「なるほどね、いい趣味だ」


 俺とギスカのやり取りを聞いて、イングリドがよく分からない、と言う顔をしている。

 みなまで説明はするまい。


 その後、イングリドとギスカのぶんの買い物をする。

 つまり、食事と酒である。


 マールイ王国までは大した距離ではないから、保存食などはあまり必要ないかもしれない。

 だが、俺の中で妙な胸騒ぎがあった。


 念の為に備えられるだけ備えておこう。

 当座の食料を準備して、もしもあの国の中で泊まれなくなったとしても問題がない程度に。


 俺がいなくなり、数々の失態を重ねたあの国が、俺の知る姿のままであるはずがないからだ。

 

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