第54話 供物不足

 今度は俺が走る番だ。

 ドラゴンブレスの予兆が見えてから、実際に吐き出されて効果が出るまでは平均して2,5秒。

 ドラゴンゾンビはその辺りが緩慢なようで、たっぷり5秒は掛かりそうだ。

 楽勝である。


 台車を引っ張り、駆け寄りざまに必要なアイテムをピックアップする。

 それは……火薬玉というやつである。

 本来なら、爆発させて音と煙で相手を驚かせるタイプ。


 これを破裂させた煙に注目を集め、その隙に手品などのネタを仕込むのに使うのだが……。

 今回は、直接的にこの音と煙を使用する。


「ほいほいほいっ!」


 つま先で火薬玉を蹴り上げて、掴んだ手で投擲する。

 俺の投擲は、スキルと長年の鍛錬もあって百発百中。


 ついそこまでブレスが出かかっているドラゴンゾンビの口に、次々と飛び込んでいった。


「道化師! そんなもんでブレスが止まるのかい!?」


「普通のドラゴンだったら無理だろうね! いや、種類による! だが、ドラゴンゾンビならばこれでいいのさ!」


 口いっぱいに火薬玉を詰め込まれたドラゴンゾンビが、もごもごしている。

 その隙間から、真っ黒な何かが漏れ出てきているではないか。

 これこそがブレス。


 ドラゴンゾンビブレスは、毒の霧なのだ!

 俺は素早くハシゴを組み立てると、台車を足場にしながらするすると登っていく。

 あっという間に、ドラゴンゾンビと同じ目線。


 ここで、ポケットから取り出したマッチをシュッと靴底で擦る。

 炎が上がり、これをドラゴンゾンビの口の中へ……。


「はい、ドラゴンブレス対策、おしまい!」


 次の瞬間、ドラゴンゾンビの口の中が大爆発を起こした。

 猛烈な煙が上がり、毒のブレスが散り散りになる。

 密集したブレスを吸えば命に関わるだろうが、風に紛れて希釈されてしまえば、毒と言っても大したものではなくなるわけだ。


「やったか!」


「やったに決まってるだろ!」


「やるなあ道化師!」


 こらこら、フラグを立ててはいけない。

 だが、このフラグは正しい。

 火薬玉は勢いこそあれど、肝心要なものが欠けているのだ。


 そう、こいつには魔力が込められていない。

 そのため、ドラゴンゾンビにはなんらダメージを与えられていないというわけだ。


『ヴルオォォォォォォ!!』


 案の定、ブレスを吹き散らされたドラゴンゾンビは、怒りに燃えながら再びの毒ブレスを吐こうと喉を膨らませる。

 だが、俺の役割は充分に果たしたのだよ。


「ドラゴンゾンビくん。俺にだけ注力している暇は無かったのだが、気付かなかったようだな!」


『ヴオッ!?』


 背後では、ギスカの大魔法が完成している。


「黒曜石よ、力をお貸し! まとめて切り裂く、艶石の刃! オブシダンスラッシュ!」


 ギスカの身につけた山程の黒曜石が砕け散り、特大の刃に変わる。

 それは回転しながら飛翔し、ドラゴンゾンビの足を切断したのである。

 同時に、ちくちくとドラゴンゾンビの足や腹に切りつけていたイングリドが、ついに必要量のダメージを蓄積させた。


 傷つけられたドラゴンゾンビの足と体が、巨体を支えきれずに傾ぎだす。

 それを慌てて抑えようと、一歩踏み出すドラゴンゾンビ。

 だが、踏み出すはずの足を、今ギスカが切断した。


 その結果……。

 巨体は無様に前のめりに倒れ、吐き出すはずだったブレスを飲み込んでしまった。

 俺は傘を広げて、優雅に梯子の上から飛び降りてくる。


 ふわりと着地して、台車に残る材料を取り出した。


「さて、ご覧あれ! これなるピッチャーは、水に満たされている! しかし、それはただの水にあらず! ジョッキ十杯ぶんの聖水だ!」


 うおお、とどよめく観衆。

 冒険者たちは、大爆笑だ。


「馬鹿だ!」


「ピッチャーいっぱいの聖水とか、馬鹿だろ!? 普通考えつかねえって!」


 お楽しみいただけただろうか。

 俺は彼らに一礼しつつ、気取った足取りで倒れたドラゴンゾンビの前に向かう。

 彼は俺を威嚇するように、大きく口を開けて咆哮しようとした。


 そこに、たっぷりと聖水を注ぎ込む。


『ヴォッ!? ヴォグワーッ!?』


 ドラゴンゾンビから、凄まじい量の真っ白な煙が上がった。

 聖水に焼かれ、大ダメージを受けているのだ。


 さて、ここで聖水について解説しよう。

 聖水とは、該当する神の信仰を込めた水である。

 それは他の神の眷属に対しては、身を焼く酸の如き働きをする。


 眷属が神に近い、強力なものであるほど威力は増すわけだ。

 腐敗神の最上位眷属たる、ドラゴンゾンビならばなおさら。


 ピッチャーいっぱいの聖水。

 これは、死せるドラゴンたるドラゴンゾンビが、もう一度昇天できるほどの量と言っていいだろう。

 大枚をはたいた甲斐があったというものだ。


 ドラゴンゾンビの動きが止まると、そのまま全身がどろりと溶ける。

 巨体が地面に染み込むようにして、消えていく。


 彼は死ぬと、その全てが土を豊かにする養分に変わるのである。

 腐敗神とは、分解と豊穣の神。

 全てを腐らせ、朽ち果てさせたドラゴンゾンビは、己すらも朽ちさせて滅ぶ。


 腐ったものは養分となり、次なる新たな生命の芽吹きを助けるのである。

 ドラゴンゾンビ液は回収しておこうね……。


 ちなみに、扉の向こうでは、腐敗神の司祭が泣き笑いのような表情になっている。


「やあ司祭殿! 最高の出し物をありがとう! お陰で、みんなに素晴らしいショーを見せることができた!」


「おま……お前は、どうして、どうしてそんな……。ああ、しまった! 神よ、神よちょっと待ってください! 供物は追加で差し上げますから! え? 足りない分はここで持っていくのが腐敗神流ですって? そんな! ちょっと待ってくれよ! マイナー神のあんたを信頼して、俺が手を貸してやったんだから融通を利かせて……あ、あ、ああー!」


 司祭は天を仰ぐと、絶望的な表情をした。


「何が起こっているんだ?」


「良い質問だねイングリド。神の加護を願う時、そこには代償が必要となる。魔法レベルなら魔力を備えればいい。だが、ドラゴンゾンビの召喚とコントロールなどという、凄まじいコストの必要な加護なら話は別だ。きっと司祭は、ドラゴンゾンビで殺した人間を供物として捧げる予定だったのだろうね。ちなみに、殺された人数はゼロだ。圧倒的に、召喚のための供物は足りなかった。そういうわけで……」


 司祭が、徐々に崩れていく。

 全身が土くれになり、黒く染まって人の形を失っていくのだ。


「必要分の供物は回収されたようだ」


 そこには、土にまみれた派手なローブだけが転がっていた。

 俺はくるりと、観衆に振り返る。


「かくして! 王都転覆を狙う悪は倒されました! 悪の司祭と、悪のドラゴンゾンビ! 見事討ち果たし、王都には平和が戻ったのでございます! 皆様、今宵は我ら、ラッキークラウンの興行にお集まりいただき、誠にありがとうございました! お楽しみいただけたのなら、幸いです!」


 俺の宣言に、観衆がうわあああああああーっ!と盛り上がる。

 いつの間にか、この辺りの人間がみんな詰めかけていたらしい。


 誰も彼もが、すごいものを見た、という驚きと興奮、そして笑顔に満ちていた。

 こっそり、隙間にはブリテイン王とロンディミオン王子もいるな。

 王は涙が出るほど笑い、王子は頬を真っ赤にして拍手をしている。


 ガットルテ王国を襲った国難は、これにて一件落着と相成ったのだ。

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