第53話 ショウダウン

 本来ならば、大パニック必至。

 襲ってきたのは超大型モンスター、ドラゴンゾンビなのだ。

 この一匹で、小国くらいならば滅ぼしてしまいかねない。


 痛覚を持たず、ドラゴンの力で暴れ続け、毒と腐敗を撒き散らす呪われたモンスター。

 魔法や銀ではない武器では傷つかず、しかもその巨体から分かる通り、圧倒的なタフネスを誇る。


 ただの兵士ならば、例え何人いたところで相手にはならない。

 集団ではなく、強力な少数の冒険者、有力な騎士などで対抗する、災害級の怪物だ。


 だが、ここに集まった観客諸君は、不思議と高揚感に包まれているようだった。

 俺の口上を聞いて、彼らは一瞬静かになる。

 そして次には、わーっと沸き立ち、拍手と指笛が鳴り響いた。


「いいぞ、道化師ーっ!」


「あいつらだろ、エルダーマンティコアを二人きりで狩ったっていう」


「今度はあんな化け物を、どうやって倒すんだ?」


「どこかの村では、エビルプラントもやっつけたらしい!」


「とんでもねえ……。だけど、ありゃあドラゴンゾンビじゃねえか? 本当に勝てるのか……?」


「勝てるんじゃねえの……? だって、道化師が、こいつはショーだって言ってるんだ」


 俺の期待通りの言葉に、思わず笑みがこぼれてしまう。

 声を張り上げ、観衆を見回しながら俺は言葉を紡ぐ。


「いかにも! これはとびきりのショーだ! さあ、ご覧あれ、ご覧あれ! 瞬きしている余裕はない! よそ見は禁止だ! 一国を滅ぼすほどの、恐るべき災厄! それがドラゴンゾンビ! しかし、だがしかし! どんなに恐ろしいモンスターも無敵ではない! それをこれからお目に掛けよう!」


 俺は地面に伸ばしてあった、糸を手にして素早く巻き取る。

 すると、それに繋がっていた台車がゴロゴロとこちらにやって来た。

 車輪に油を塗っていて、ちょっとした力でも動かせるのだ。


 その分、固定力が無くなったが、問題なし。


『ヴァァァァァァァァァ!!』


 咆哮とともに、ガットルテ王都へと侵入するドラゴンゾンビ。

 一歩踏み出すだけで、地面が腐り、石畳が朽ちていく……しかし。


「そおら、砂の石よ、力をお貸し! 一つ、二つ、三つに四つ、五、六ぅ、七! あのでかぶつの足元を、お前たちと同じにしてしまうんだよ! 塵は塵にダスト・トゥ・ダスト!」


 ギスカの詠唱が流れる。

 彼女が放り投げた、砂を固めた七つの石。

 それは次々に空中で砕け散ると、それぞれが粉末を蛇のようにのたくらせ、ドラゴンゾンビの足元へと殺到した。


『ヴァァッ!?』


 ドラゴンゾンビの足が、ズボッと地面に潜る。

 否。

 足元が、砂場になったのだ。


 石畳が朽ちるより早く、その全てが海辺のさらさらとした砂に変わる。


「ドラゴンゾンビは、あるだけで大地を腐らせる! だがしかし、一切の水分を含まない砂は、腐ることはない。朽ちて砕け散った姿であるゆえ、砂がこれ以上朽ちることもない! 即ち! 今ここで、あの怪物の権能の一つを無効化せしめました!」


 わーっと湧き上がる歓声。

 これを背に受け、イングリドが進み出た。

 目の前では、暴れながら砂を掻くドラゴンゾンビ。


 その虚ろな眼窩に灯る青白い光が、イングリドを捉えた。

 我らが幸運の女神は、そんなものと目が合っても平常心だ。


「行くぞ!」


 それは、マンティコアやデビルプラントに突撃した時と、なんら変わらないいつもの動きである。

 槍が繰り出され、ドラゴンゾンビの腕に突き刺さった。


 腐った表皮でも、ドラゴンのものだ。

 魔法が掛かっていようと、並の膂力では貫けない。

 そこに深々と槍を突き刺し、えぐりながら抜き取る。


 槍を抜きながら、さらに一歩前に出る。

 イングリドは後退しない。


『ヴォォォォォォォ!!』


 振り下ろされるドラゴンゾンビの腕を、懐に飛び込みながら回避すると、そこは敵と肉薄するような距離。

 足元は砂地だというのに、イングリドの足取りはいささかも衰えない。

 ドラゴンゾンビが叩き、固めた砂地が彼女の動きを助けているのだ。


 魔剣が閃き、魔獣の皮膚や鱗が切り離されて宙に舞う。

 あまりにも間合いが近すぎて、ドラゴンゾンビはイングリドに手出しができない。


 巨体で押しつぶそうとのしかかれば、彼女は右に移動して攻撃を続ける。

 ひたすらひたすら、攻撃し続ける。

 手数こそが彼女の強さ。


 ただし、その一手一手の破壊力は、熟練の戦士の全力攻撃に匹敵する。


 わっと歓声が上がった。

 たった一人で、ドラゴンゾンビと打ち合う戦士。 

 これは絵になる。


 俺も負けてはいられない。

 ということで、台車から取り出すのは銀のダガー。


 これは挨拶代わりに一発投擲だ。

 狙いは正確。

 それは見事、ドラゴンゾンビの眼窩に吸い込まれた。


『ヴォァァァァァァッ!!』


 魔獣が怒りの咆哮をあげ、暴れまわる。

 間近なイングリドが危なそうなものだが、彼女のことだから大丈夫だろう。

 ほら、偶然ドラゴンゾンビに空いていた隙間があり、そこに彼女が入り込んでいる。


「手抜きしてるんじゃないよ道化師! ほらほら、行くよーっ! 溶岩石よ力をお貸し! 焼き尽くせ! 溶かせ! 火山の眷属よ力をお示し! マグマボール!」


 ギスカが放り投げた黒く歪な石が、赤熱しながら膨れ上がる。

 それはゆっくりとドラゴンゾンビに迫った。


 これを思わず、前足で払うドラゴンゾンビ。

 だが、前足が触れた瞬間、マグマボールが爆ぜる。

 それは超高温の溶けた岩石だ。


 触れたものを焼き溶かす。

 魔獣の腕がそこだけ大きく抉れて、炭化した。


『ヴォァァァァッ!!』


 怒りに満ちた叫びをあげるドラゴンゾンビ。

 その眼窩が、強く青い光を放った。

 喉の奥から、膨らみが上がってくる。


 ドラゴンブレス!

 来ると思っていた。


 無論、対策はバッチリだとも。

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