第52話 その名はドラゴンゾンビ

 夕方頃であろうか。

 仕事を終えた冒険者たちが戻ってきた。

 彼らはギルドの受付で報酬をもらい、ほくほく顔である。


 自分たちの仕事が、一体何に寄与した形になるのか、分かってはおるまい。

 だが、彼らを責める必要はない。


 金がなかった頃の俺なら、多分引き受けていた気がするし。


「おっ? すげえ荷物が台車の上にまとめてあるんだけど。これ道化師の商売道具?」


「いかにもその通り。この後、大きなショーがあるのさ」


 俺の話を聞いて、冒険者はふんふんと頷いた。


「なるほどなあ。そいつは楽しみだ! 懐が温まったからよ。すげえの見せてくれたらおひねり弾むぜ!」


「それは何より! 期待は裏切らないさ!」


 自信を持って確約する。

 これは本当に、凄まじいショーになるはずだ。

 素晴らしいショーになるかどうかは、我らラッキークラウンの働きに掛かっている。


 ちなみに、タダ働きではない。

 既にアキンドー商会を通じて王宮に連絡を取り、事後承諾的に国からの依頼となるよう手回しを終えてある。

 少なくとも、我々が準備に使った金は回収できるだろう。


「そちらの準備はどうかな、ギスカ?」


「バッチリさ」


 ドワーフの鉱石魔法使いは、にやりと笑ってみせた。

 彼女の身につけているローブと皮鎧の、そこかしこに鉱石がぶら下がっている。

 

 鉱石魔法は、石から力を引き出すことで効果を発揮する。

 力を使った後の石は、崩壊してしまう場合がほとんどだ。


 故に、魔法の材料費が掛かる。

 魔法を使うためには、稼ぎ続けなければいけないわけだ。


 そしてイングリド。

 腹いっぱい飲み食いし、体を慣らす運動もした。

 魔剣と魔槍は今日もしっかり手入れされており、いつも通り。


 だからこそ、彼女は強いのだ。

 俺の出番のように、頭を使う展開だと観客になりがちだが、腕っぷしが必要な状況になれば彼女の独壇場に近い。


 基本的に、女性は男性よりも腕力が劣るものだが……イングリドのそれは、特異体質だろう。

 デビルプラントや、巨大ダンゴムシに真っ向から挑み、力負けしないというのは人間離れしている。

 そこに、騎士団長ガオンが教え込んだガットルテ騎士団流の戦闘技術。


 これから彼女は、間違いなくガットルテ王国最強の冒険者になっていくだろう。

 無論、俺のサポートは欠かせないが。


「私は万全だぞ。そろそろか? そろそろかな? あまりにやって来るのが遅いと、また腹が減ってしまうぞ……」


「その身体能力を維持するための食事量だったか……。なに、心配する必要はないよ。あちらさんも、やりたくてウズウズしているはずだ。何せ、我々にひどい目に遭わされているのだからね」


 噂をすれば影が差す。

 彼も準備は万端なようだ。


 彼とは?

 そう、名も知らぬ腐敗神の司祭だ。

 全ての儀式が滞りなく終わり満足げな表情で門の外に立っているのが見える。


「何者だ!」


「これより夜になる。門は閉ざされる! 明日、また来るがいい!」


 門番の兵士たちが仕事をしているが、あれはよろしくない。

 危ない。


「門番の諸君! 避難すべきだ! ここは今より、少々物騒な舞台に変わるぞ! 関係者以外は大変危険なステージだ!」


 発声スキルで、兵士たちまで声を届ける。

 彼らは驚いた顔で振り向くと、俺を見て納得したようだ。


 見覚えのある兵士長が、兵士たちに命令を下す。

 門番としては前代未聞。


 侵入者を前に、彼らが門の中へと退いていく。


 腐敗神の司祭が、うんうんと頷いた。

 両手を広げて、大仰な仕草をしながら何か言っている。


 うむ、発声の基本ができていないから、何を言っているのかさっぱり分からないな!

 芸人としての訓練がなっていないのに、それっぽい真似をするのはやめていただきたい!


「道化師が怒ってるよ」


「オーギュストは、中途半端な芸人の真似をされると激怒するんだ」


「普段絶対に怒らないのに、そういうプロ根性な部分だけが逆鱗なんだねえ……」


「大丈夫だ二人とも。俺は、観客の前では絶対に怒らない……」


「プロだねえ~」


「そういう性格の男だよな、君は」


 俺という男を大変分かってくれる二人の声を聞きつつ、腐敗神の司祭に語りかける。


「準備は終わったかね? 君の出し物を見せてもらおう! これで、君がまつろわぬ民から依頼された仕事は完遂される予定なのだろう?」


「――――」


「なんて言っているんだ?」


 イングリドが首を傾げた。

 俺の聞き耳スキルだから聞き取れる。


 何か、これでお前たちへの借りを返せる、刮目して見よ、とか言っている。

 だが、距離が遠いからよく聞こえないだけだ。

 本当に、発声練習は大事である。


 そうこうしている間に、ジョノーキン村の子どもたちや、アキンドー商会の従業員や番頭、そして周辺住人が集まってきた。

 冒険者諸氏も、ジョッキを片手に見物気分でギルドから顔を出している。


 こちらの準備は万端。


 門の外で、司祭が大きく手を広げた。

 あれは、腐敗神に加護を願っている。

 これまで彼が行ってきた依頼は、王都を囲むようにして腐敗神への供物を捧げ、腐敗神最強の眷属を召喚しようという儀式である。


 それが、現れる。

 司祭の背後から、凄まじい速度で光の帯が伸びてきた。

 紫色の光が、夕暮れの赤い日差しを塗り替えていく。


 陽光の下では、腐敗神の力を十全に発揮できないのだろう。

 夜でもいいが、それではかの眷属の姿を見せることができない。


 あの司祭は性格が悪いので、人々を怖がらせて楽しみたいのだ。


「来たぞ来たぞ」


 地面が盛り上がる。

 巨体が、土を掻き分けて盛り上がる。


 骨と皮ばかりになった翼が天を衝き、おぞましい魔獣が這い出して来た。

 鉤爪も牙も、紫色に染まっている。


 全身これ、腐敗と毒にまみれた、死した眷属、その名はドラゴンゾンビ。


『ヴォォォォォォォォッ』


 魔獣が吼えた。

 巨体を立ち上がらせ、門に前足を掛ける。

 凄まじい怪力に、門がみしみしときしみ、やがて崩れ落ち始めた。


 見物客の諸氏から悲鳴が上がった。


「なるほど……これは大きいな!」


 イングリドが呆れたように呟いた。


「本当に戦えるんだろうね? あんたを信じてるから、なんとかしなよ、道化師?」


「もちろん」


 ギスカの言葉に即答した後、俺は観客へと振り返った。

 そして一礼。


「さてお立ち会い! あれなるは、ガットルテ王国を侵そうとする邪悪なる意思! 過去からの呪い! 今こそ、我らラッキークラウン一座が、このおぞましき怪物を見事祓ってご覧に入れましょう! どうぞご期待ください!」

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