第25話 新米騎士イングリド

 ガットルテの城に、新たな女騎士が務めることになった。

 その名はイングリド。

 そのままだ。


 そして、俺は文官として調査などを行うことになった。

 道化師は目立つものな。

 変装スキルにより、一見して別人と思われるほど見た目をかえておいてある。


 それとなく、城内の人々に混じりながら噂を集める。

 どこの誰かが、道ならぬ愛に血道を上げたとか、誰かが口利きして業者を決めたとか。

 どうでもいい噂がほとんどだが、それらを集めていくと、幾つかのものの裏で共通する一つの筋が見えてくる。


 それほどの日にちはいらない。

 会話スキル、交渉スキル、噂話スキル。

 コミュニケーションのためのスキルも山程持っている。これらをフル活用すれば、城の裏側で蠢く陰謀などすぐに知れる。


 二日目にして、俺は腐敗神信者の策謀の全貌を掴んでいた。

 このように、忙しく仕事をする俺の横を、小柄な少年を伴った体格のいい女騎士が……いや、逆か。

 ロンディミオン王子と、彼の護衛である新米騎士イングリドが歩いていく。


 イングリドの美貌は非常に目立つ。

 誰もが彼女に注目せざるを得ない。


 お陰で、俺が動くのが実に楽になるのだ。


「これはこれは、ロンディミオン王子」


「うん」


 まだ幼い王子は、俺の挨拶を受けて鷹揚に頷いた。


 ブリテイン王によく似た可愛らしい少年だが、取り立てて頭が切れるとか、運動能力が優れているとか、そう言うことはない。

 一言で表すなら凡庸な王子だ。

 だが、極端に無能だとか、逆に飛び抜けた異能があるとか、そういう王族の方が扱いに困るものだ。


 彼はちょうどいい王子だと言えよう。

 彼が食事をするというので、俺はこの機会にイングリドと情報交換することにした。


「そちらはどうだい?」


「何も無かったな。ロンはいつもどおり、勉強して、剣術の修行をして、礼儀作法を教わっていたぞ。なぜかチラチラと私を見てくるのだが」


 やはり、王子はこの年若い叔母が気になっているのだな。


「ただ、時折料理をぶちまける給仕や、駆け寄ってきては絨毯がまくれて頭から転倒する輩がいたのには閉口した。使用人の教育はどうなっているんだ」


 奮然と呟くイングリド。

 なるほど、王子の身辺は危機的な状況にあったようだな。

 ギリギリで、彼女が護衛について王子は助かったというわけだ。


 料理は毒が入っていたのだろう。

 駆け寄ってきた者は、直接実力行使に移ろうとしたのでは?


「その給仕や駆け寄ってきた者たちはどうしんだね?」


「ああ。怖い顔をした騎士たちが来て連れて行った」


 ほう、ほう……。

 やはり。


 ふと気づくと、ロンディミオン王子が俺を睨んでいる。


「お前はなんだ! イングリッドになんの用だ! イングリッドはぼくの騎士だぞ!」


 おお……王子様はイングリドを大層お気に入りだ。

 そして彼女に馴れ馴れしい俺は、警戒されてしまったようだ。

 やれやれ、これは道化師失格だな。


「これはこれは失礼を、ロンディミオン殿下。わたくし、イングリッド殿にかつて命を救われたことがありまして! それで、イングリッド殿とはこうして仲良くさせていただいているのです!」


「イングリッドが命を? そうか! そうだな。イングリッドは強いもんな!」


「時に殿下。イングリッドではなく、イングリドですぞ」


 囁いたら、王子はハッとしたようだった。

 慌てて口を押さえてから、きょろきょろ辺りを見回す。


 この仕草が可愛らしく、イングリドも顔が綻んでいる。

 これは愛らしい子どもを見る目である。

 今のところ、王子がイングリドに大して抱いているであろう、淡い慕情が伝わることはあるまい。


 一方、俺だ。

 イングリドから離れたということは、都合のいい幸運が起こらない事を意味する。

 慎重に慎重に動かねばならない。


 だが、この二日間で、城内に出入りする業者や使用人たち全員の顔と性格などなどは覚えた。

 使用人たちの中に、腐敗神プレーガイオスに関係していそうな者は見当たらない、というのが正直なところだ。


 調べた彼らの生活スタイルと、今現在の彼らの動きが一致している。

 新しい生活様式が挟まれた様子がない。


「久々にイングリドがいないと調子が狂うな」


 俺は人通りが途絶えたところで、王宮の廊下で考えをまとめる。


「まず、プレーガイオスについて。腐敗神とは、人間側から見れば邪神として捉えられやすいが……けっして邪神ではない。あれは腐敗と再生、すなわち、自然環境の巡りを司る自然神だ。これの腐敗のみを利用するのが、邪神教団としての腐敗神信者だ」


 今回の相手は、それだと見て間違いないだろう。

 神に善悪はない。


「末端の使用人に、信者が入り込んでいたようだが……おっと」


 俺の横で、騎士に付き添われた使用人が歩いていく。

 あれは、王子に料理を出そうとして転んだ使用人である。

 無事に帰ってこれたというところを見ると、彼女は腐敗神と関わりがない。


 直接的に危害を加えようとした者は、囚われて尋問されているようだ。

 他の騎士から聞き出した情報によれば、その男は城内では見かけない顔だとか。


 だが、使用人の服を着ていた。


「では、現段階での状況証拠から推理してみよう」


 一人呟くと、少々寂しい。

 そう思っていたら、物陰からトコトコと猫がやって来た。

 城で飼われている猫である。


「にゃーん」


「よし、君を観衆として、推理を開示しようじゃないか。どうぞ、とくとお聞きあれ!」


 俺は猫に一礼した。

 猫氏は俺をじーっと見ると、その場にちょこんと座り込んだ。


「城と関わりのない人間を、城内に呼び込むことができる。そして、使用人の衣装を調達できる。次に、王子の料理に途中で毒を仕込むことができる。末端の使用人たちは、腐敗神の気配がない。ということは……」


 猫の前を右へ、左へ歩き回り、くるりと振り返る。


「にゃっ」


 猫が背筋をぴーんと伸ばした。


「そう! 主犯は、城の中でも力を持っている立場の中にいる。実務と、人の出入りに関係し、調理場に接触できるルートを持っていることになる!」


「にゃにゃっ」


 びっくりした猫が、トトトっと走っていってしまった。

 そして、猫が向かった方向から声が聞こえてくる。


「おやおや、どうしたのかね。誰が猫を驚かせたのかね」


 現れたのは、すらりと背が伸びた銀髪の壮年男性。

 侍従長である。


 俺が見るところ、この男が容疑者だ。


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