第26話 侍従長を追え

「やあ侍従長、突然猫が飛び出してきたもので、わたくしめがびっくり致しまして」


「ああ、貴方は最近働き始めたという文官殿」


 俺から声を掛けておく。

 侍従長は、あからさまに警戒した様子で俺を見る。

 余裕がない。常に気を張っているのだろうか。


「最近では、城内でも物騒になっているようではありませんか。できれば安全な環境で仕事をしたいものです」


「あ、ああ、そうですなあ」


 露骨にカマを掛けてみると、侍従長は引きつった笑みを浮かべた。

 彼の経歴は調べてある。


 先王の頃から務めていた古参のスタッフである。

 ブリテイン王が即位する際、王位継承権争いがあった。

 王子ブリテインと、王弟アイルランの二つに国が割れたのである。


 ドロドロの暗闘が展開され、結局、王子ブリテインが即位してブリテイン王となった。

 王弟アイルランは国を騒がせた罪で処刑された。


 後に権力争いの憂いを残さないためだろう。

 侍従長はこの時、どちらにつくわけでもなく、のらりくらりとしていたようだ。

 処世術としては正しい。


 だが、一歩間違えればどちらの勢力からも敵とみなされて攻撃されてしまうだろう。

 そして俺が見るところ……侍従長は、王弟側のスパイである。


 証拠は色々と掴んでいる。

 主に、侍従たちの証言などだが。


「ブリテイン陛下の世が平和に長く続いて欲しいですからね! 城の中も平和であって欲しいものです」


「そ、そうですな。まあ、アイルラン様が即位されていればもっと平和になったでしょうが……」


「おや、王弟閣下のことをよくご存知で?」


「いや、いやいやいや。忘れてくれ。例えばの話だ」


 侍従長は引きつった笑みを浮かべて誤魔化した。

 王弟は処刑されているのに、まだ肩入れするのか。

 そこで得るものは無いだろうに。


 いやいや、得るものがあるとすれば?


 足早に立ち去っていく侍従長の後を追うことにする。

 忍び足スキルと、隠身スキルを使えば、気づかれずに追跡するのも容易である。


 この隠身というのが面白くて、相手と同じ歩調、同じ呼吸に合わせると、追いかける相手はこちらを認識できなくなる。

 あとは足音を殺してしまえばいい。

 おや、随分呼吸が早いな。興奮しているのか、憤っているのか。


 彼は早足気味に自室に向かうと、乱暴に扉を締めてしまった。

 素早く扉をチェック。


 蝶番はよく手入れされているが、これを無音で開ける事は難しかろう。

 扉に耳を当てて聞き耳をする。


 誰かが通りかかる前に、決定的証拠を掴みたいものだ。

 ……おや?

 何か、壁の向こう側でゴトリと音がした。


 重いものを動かす音もする。

 これは……大抵の場合、隠し扉に決まっているのだ。

 

 コツリ、コツリと足音が聞こえる。

 ただ屋内を歩く足音ではない。

 もっと、反響しやすい場所を歩く音だ。それも遠ざかっていく。下っているな?


 少し待ってから、侍従長の部屋の扉を解錠スキルで素早く開けて、入室する。


 案の定、誰もいない部屋だ。

 大仰な作りの甲冑や、国旗などが飾られており、中央には執務机と椅子が幾つか。


 ここで注目するのは、明らかに部屋の中では浮いている印象の甲冑だ。

 侍従長がどうして甲冑を?


 その疑問はすぐに解ける。


「甲冑を飾った台座が、直接地面に据え付けてある。中央部から、杭を打ち込んで繋ぎ止めていて……さらには台座横の床に、擦れた跡……」


 甲冑に手を掛けると、体重をかけて押してみた。

 すると、ゆっくりと動いていく。


 甲冑が移動するにつれて、何もなかったはずの壁面に隙間が生まれ、やがて人が通れるくらいの通路になった。

 隠し扉というわけだ。


 これほどまでの仕掛けを作ってまで隠したいものがあるということか。

 いやいや。


「最初から仕掛けがあったものを利用して、何かを隠していると見るべきだろう。そして……。そろそろ、幸運の女神を呼びに行った方が良さそうだ」


 俺は甲冑を元の位置に戻すと、相方の助力を仰ぐべく走るのだった。


 一人でも、できないことはないだろう。

 だが、ジンクスというものだ。

 幸運スキルを持つ彼女がいなければ、例えこの俺だとしても、不意を衝かれてやられてしまう可能性がある。


「イングリド」


 さきほどから、あまり場所を動いていなかったイングリドとロンディミオン王子。

 俺が呼びかけると、初々しい騎士鎧姿の彼女が振り返った。


「どうした、オーギュスト」


「黒幕に続いているであろう場所を見つけた」


「なにっ!」


 声が大きい。

 王子も気付いたようだ。


「あっ、お前は!」


 俺を睨みつけてくる。

 絶対に、恋敵か何かだと思われている。


「ちょうどいい。守る対象が近くにいた方が、やりやすいからね。イングリド、王子を一緒にお連れしよう」


「えっ! 危険ではないか」


「俺たちの冒険、常に子どもたちを守りながらだったじゃないか」


「……そう言えば」


「ぼ、僕は子どもじゃないぞ!」


 子どもほどそう言うものだ。

 だが、王子も、黒幕という言葉には興味を持ったようである。


「黒幕に、守るって、どういうこと? それにお前、ただの文官じゃないな」


「よろしい、ご説明しましょう。お察しの通り、わたくしめは文官にあらず。道化師オーギュストにございます」


 サッと顔をひとなでして、特殊な化粧を落とす。

 すると、俺の人相が変わった。

 ロンディミオン王子が目をみはる。


「か、か、顔が変わった」


「君は本当に器用なやつだなあ」


 こういうのにすっかり慣れているイングリドは、呆れるばかりだ。


「次に、国王陛下と、そして殿下。御身は狙われております。心当たりがあるでしょう」


「あ、ああ。僕の身の回りを守るものがよく変わるようになったし、体調を崩すものが増えた」


「ええ、まさしく。御身をお守りするために、イングリド殿とわたくしめがやって来たわけで。いやいや、お守りすると言うよりは、お守りせねばならぬ原因となるものをつきとめるため、と申しましょうか。百聞は一見にしかずと申します。さあ、参りましょう殿下」


 俺が芝居が掛かった仕草で先を指し示すと、王子は頷いた。

 硬い表情だが、どこかワクワクしている雰囲気がある。


 恐怖に強ばるよりは、軽い高揚感がある方が良いのだ。

 体が固くなって、いざという時に動けないということがないからね。

 俺は彼の気持ちを、言葉でコントロールする。


 全て、彼の身を守るためでもある。


「おいオーギュスト、あまり謎の技をロンの前で披露するなよ。ロンが変なのに染まるだろ」


「ハハハ、努力するよ。今は君の力が必要だ、死神ならぬ、幸運の女神」


「女神!?」


 ハッとしたイングリド、次第に頬が緩むのであった。

 とても分かりやすい。

 

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