第2話 王国脱出

 これまで俺が、何十年もやって来たことは無駄だったのか?


 バラバラな方向を見ていた宮廷の人々をつなげてきた。

 他国との間を取り持った。

 情報を集めて提供した。

 蓄えた知識を伝えた。


 全てマールイ王国のために尽くしてきた時間はなんだったのだろう。

 キュータイ一世陛下に登用されてから、俺は国のために働いた。

 そのために必要な知識を身に着けた。

 技術を身に着けた。


 スキルに昇華されるほど、俺は身につけたものを磨き上げた。

 それもこれも、全てこの国にもたらした平和を維持しようと思ったからこそだ。


 ため息が出る。

 俺が道化師をクビになったという話は、既に城下町にも広まっているようだった。


 誰もが俺を見て、ひそひそ話をする。

 どんな噂が広がっているのやら。

 

 マールイ王国民の目は、俺を追放した王宮の人々と同じ目だった。

 こつん、と背中に小石が当たる。


「出ていけ!」


 声が聞こえた。


「国を操ろうとする道化師は、出ていけ!」


「国を返せ! 人間の手に返せ!」


「百年も王宮に巣食いやがって!」


「化け物め! 出ていけ!」


 なんということだ。

 国民たちまで、俺を追い出そうというのか。


 ひどい追い打ちだった。

 このままでは、失意のあまり死んでしまう。

 それどころか、国民たちの勢いがエスカレートしたら、直に俺を殺しに来るかも知れない。


 守ろうとした国と、民に裏切られる。

 追い出される。


 ここはもう、ダメだ。

 俺は全力で、マールイ王国から逃げ出すことにした。


 俺がその気になって走ると、誰も追いつけない。

 道化師をやるために身に着けた、俊足のスキルがあるためだ。


 門番が俺を通すまいと、槍を繰り出してくる。

 俺はその上に、ひらりと飛び乗った。

 これは軽業のスキル。


「な、なんだこいつは!」


「攻撃が当たらない!」


「おのれ、道化師め!」


 国を出ていくんだから、大人しく通して欲しいものだ。

 俺は門番たちの頭を踏み台にして跳躍した。


「ウグワーッ!! お、俺を踏み台にしたーっ!!」


 そして、王都の門の真上に着地し、外へと飛び出した。

 さらば、マールイ王国。


 まさか、こんな別れになるとは思ってもいなかった。

 追手がかかる前に、国から離れねばならない。

 俺は持久スキルで走り続けながら、自分の現在状況を確認する。


 退職金は出なかった。

 予算削減のためだそうだ。


 俺の手元に残ったのは、先月分の給料の残り。

 それと、城務めの最中に集め、書き溜めてきた知識と情報のメモ束。


「結局、百年務めて、手元に残ったのは山程のスキルとこれだけか。だが、くよくよしてばかりもいられない。何しろ、飯を食って行かなきゃならないんだ。仕事をしなきゃな」


 とりあえず、何の仕事でもそれなりにこなす自信はあった。

 道化師というのは、機転が利いて器用でなければやっていけないのだ。


 それに、王の最も近くにいたことで得たものもある。

 様々な世界に住む人々の情報や声を知ることができたのだ。

 芸を磨きながら、様々な技術、スキルにも手を付けている。


 飽きっぽいキュータイ三世を満足させるためには、並大抵の芸では通用しなかった。

 本物の技術……そしてスキルがなければな。


「国外に出てはみたが……。そうだ、せっかくだから隣国に行ってやろう」


 マールイ王国と国境を接するのは、ガッテルト王国。

 二国は昔から犬猿の仲であり、ここまではマールイ王国の追手もやって来れないだろうと踏んでの選択だった。


 二日間ほど掛けて、ガッテルト王国の門までたどり着く。

 門番は最初、俺を止めようとしたが……。


「おや、もしやその顔。マールイ王国の道化師オーギュスト殿ですか」


「ええ、そうです」


「あなたほどの方が、事前の連絡もなしにいらっしゃるとは。もしや緊急事態で?」


 運が良かった。

 ちょうど門番が交代する時間であり、顔見知りの兵長がいたのである。


「いや、実は」


 俺は苦笑した。

 あまりかっこいい話ではないが、正直に話してしまおう。

 隠し立てするようなものでもない。


「俺はクビになってしまってね」


「ははあ、クビですか。クビ……えっ!? クビ!?」


 兵長が三回クビと言った。

 心に突き刺さるのでやめて欲しい。


「なんと……正気を疑いますな。あなたほどの方をクビにするなんて……。マールイ王国はまた、百年前の戦乱の時代に戻るつもりでしょうか」


「さあね。もう、俺は追い出された身だ。この先のマールイ王国のことは知らないよ。それで、入国はできるかい?」


「ああ、はい。もちろんです。ただ、申し上げにくいのですが、マールイ王国所属ではなくなったオーギュスト殿は旅人という扱いになりますので、入国税がかかります」


「……いくらだい?」


「40シルバーです」


 俺の全財産に等しい。

 だが、国に入れなければチャンスはない。

 俺は泣く泣く、40シルバーを支払って入国した。


 さあ、これで直ぐに仕事を見つけねば、俺は飢えて死んでしまうぞ。

 魔族の血を受け継いだ道化師と言えど、飲んで食わねば死ぬ。

 当然の摂理だ。


 俺はこれから、持てる限りのスキルを、生き残るために使うことに決めた。


「手っ取り早く稼ぐなら……ここで決まりだな」


 門から入ってすぐの場所。

 そこは、広場になっている。


 外交のために何度も訪れ、通ったこの場所は、希望の広場と呼ばれていた。

 ガッテルト王国を訪れる者は、まず最初にこの広場にやって来ることになる。


 彼らの抱く希望に、未来あれと名付けられた、優しい場所なのだ。


 願わくば、この広場を通る俺にも、未来があらんことを。


 そして俺の最後の希望は、広場の突き当りにあった。


『冒険者ギルド ガッテルト王国支部』


 世界を股にかけて旅をし、様々な難問、難題を解決するなんでも屋。

 それこそが冒険者。


 俺が生き残るため、そして今夜の食事のため。

 俺は、冒険者ギルドの扉をくぐることにしたのである。


「よし、やってみるか、冒険者……!」

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