第3話 冒険者
半開放式の建物だから、昼間から飲んでいる連中の騒ぎが聞こえてくる。
景気のいいことだ。
いや、冒険者は宵越しの金を持たないらしいから、パーッと使ってるのか。
どちらにせよ、景気がいい。
これは運が向いてきそうな気がする。
冒険者ギルドのカウンターに向かうと、受付のお姉さんがいた。
淡い茶色の髪に、メガネを掛けて、耳が尖ったお姉さんだ。
ハーフエルフだろう。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。仕事の依頼ですか?」
「いや、新規に登録しようと思ってね」
「ああ、はい。冒険者登録ですね。承りました。お名前は」
そこまで言って、ハーフエルフの受付嬢は黙った。
メガネの奥で、目が真ん丸になって俺を見ている。
「あの、もしかして、マールイ王国宮廷道化師のオーギュストさん?」
「今はクビになったので、ただのオーギュストだよ。よく、隣国の一道化師のことなんか知ってるね」
「だって、何度かこの広場を通られたでしょう? 私、小さい頃にオーギュストさんの芸を見せてもらったことがあるんです。まさか、そのオーギュストさんが冒険者登録しにくるなんて」
それはなんというか、縁を感じるな。
俺と受付嬢の話が聞こえていたようで、近くにいた冒険者がこちらに振り返った。
「えっ、マールイ王国の道化師?」
「王宮をクビになっただって?」
「やっぱ、道化師じゃ今の時代やってけねえのかな」
「厳しいねえ」
「だけどさ、オーギュストって隣の国の人だけど、知ってるぜ。俺が物心ついたころにはもう宮廷道化師だっただろ」
「そんな有名人で、しかもベテランをクビにするのかよ」
「頭おかしいだろ、マールイ王国」
声が漏れ聞こえてくる。
受付嬢は引きつり笑いを浮かべた。
「て、手続きは簡単です。私たちには、クラスとスキルというものがありまして、これを明らかにし、ギルドに登録してもらいます」
「ああ、知っているよ。その人間の魂に刻み込まれた、能力の記録。これを明らかにしているからこそ、冒険者と冒険者ギルドは国境をまたいで存在できるんだ」
「よ、よくご存知で」
「広く浅く、知識を持つようにしているんだ。どれ……」
俺に差し出されたのは、水晶の玉。
かつて、冒険者の神アドベンジャーが人間に授けたというステータス・クリスタルだ。
俺が手をかざすと、そこにクラスとスキル……合わせて、ステータスと呼ばれる物が現れた。
「はい、オーギュスト様、クラスは道化師。ああ、ずっとやってらっしゃったお仕事と一緒ですね。まさに天職だったんですねえ。スキルは……と。外交、演劇、文芸、武技知識、魔物知識、魔法知識、地質学、史学、神話学、伝承学、噂話、軽業、俊足、持久、投擲……」
俺のスキルの数々を読み上げる受付嬢。
彼女の顔が、どんどん引きつっていく。
「ひょ、表示しきれません。次のページに続いてます」
ざわめくギルド。
「次のページってなんだそれ!?」
「表示しきれないって、そんなのありか!?」
「普通、人間がそんなにスキル持ってるわけねえんだよ……!」
知識や技術を身に着け研鑽を重ねていくと、それはある時スキルと呼ばれるものに昇華される。
技能ではなく、異能という領域に至るのだ。
俺は人間よりも、少々寿命が長い魔族の血筋だ。
この人より長い時間を使って、スキルを身につけるべく努力してきたのだ。
まあ、そうでもしなければ、マールイ王国の歴代国王が満足するような芸はできなかったというわけだが。
「それで、登録はできるかな?」
「はい、もちろん! 歓迎します、道化師オーギュスト!」
こうして俺は冒険者に再就職したのだった。
※
一方、その頃……。
マールイ王国では。
やってやった。
見事に、あの目障りな道化師を追放してやったのだ。
大臣ガルフスは、我が世の春が来たと、湧き上がる笑みを抑えきれない。
百年もの間、宮廷で代々の王に仕えてきた道化師だ。
魔族との混血だかなんだか知らないが、いつまでも若いまま、王に直接意見を言える存在などいていいはずがない。
第一、このマールイ王国は平和な国なのだ。
百年前には戦乱の絶えない、貧しい国だったという。
だが、今は他国との関係も安定し、強い軍隊を持ち、農業も安定している。
こんな落ち着いた国に、あのような宮廷に巣食う寄生虫などいらない。
「むしろ、この私が自らの手で国を動かしていくには、あの男が邪魔だったのだ! 何度邪魔されたことか! 私が行おうとした政治に横から口を出してきおって。何が、それは失敗した前例がある、だ。何が、他国の面子を立てろ、だ。道化師風情が! あの愚かな王だからこそ、私の望む政治ができるというのに!」
思い出すだけで腹が立つ。
ガルフスは横合いの柱を蹴飛ばした。
「荒れておりますな、ガルフス殿」
騎士団長が声を掛けてくる。
外交官に侍従長も一緒だ。
ガルフスとこの彼らで策略を張り巡らせ、道化師オーギュストを失脚させたのだ。
「見苦しいところを見せたな。諸君、我々の時代が始まるぞ。マールイ王国を、我々が思うままに育てていこうではないか」
「ええ。あの道化師めが口出しや根回しをしてくるせいで、ちょっかいを出してくる隣国を殴りつけられないでいたのです。騎士団の本気を見せてやりましょうぞ!」
「マールイ王国は大国です。それが、周りの小国の顔色を伺うなどバカバカしい。本物の外交をやってやるとしますよ」
「これで城内のことも指図されずに済みますねえ。城の中はワタクシメのものですよ」
四人が角を突き合わせて、ぐふふふふ、と笑う。
誰もが、気づかないのだ。
百年前の戦乱に満ちた貧しい国が、どうして今豊かなのか。
この豊かさは、努力なしに維持されているのか。
今あるものを当然と思い、彼らは気づくことはない。
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