第44話 領主からの招待状
レッドドラゴンの素材の買い取りについて話したいとのことで、領主であるカルロイド=エノープス伯爵から招待状がきた。
招待状とは書いてあるものの、相手はこの街を治める領主。権力社会の強いこの異世界では、実質命令書みたいなもので無視することなど当然できるわけもない。
またすぐに向かわなければならないのかと悲嘆に暮れたが、なんと領主が迎えをくれるとのことだった。
しかも、レッドドラゴンを討伐したところで疲れているだろうから、一週間後にすると。
この時点で俺の中でカルロイド様の評価はうなぎ上りだ。
身分が下であろうと、相手を気遣う精神。前世の企業のお偉いさんにも見習ってほしいところ。
強引に迫ってくるのではないかと思ったが、カルロイド様の文面からはとてもそんなものはなく、優しさに満ちているようだった。
買い取りだなんて面倒だと思っていたが、この人ならば面倒事にならなさそうな気がするな。
招待状にはルミアの名前もあったので、俺は招待のことを伝えるべくサフィーの店に向かった。
店にたどり着くと受付にルミアが座って書き物をしていた。
暖かな日差しが絹のような金髪に反射して輝き、まるで綺麗な絵画のような光景だ。
錬金術の勉強でもしているのだろうか? なんて思いながら少し見つめていると、ルミアはこちらに気付いたのか顔を上げて表情を緩ませた。
「こんにちは」
「こんにちは、シュウさん」
店内に入ると、ルミアが書き物をやめて丁寧に出迎えてくれる。
「もしかして、勉強の邪魔をしちゃいましたか?」
「いえ、受付をしながら自主的に書いていたものなので構いませんよ」
「錬金術のことを纏めたり?」
「いえ、シュウさんと採取した素材について纏めているんです」
「へー、少し見てもいいですか?」
「はい、稚拙なものですけど」
俺が尋ねると、ルミアは恥ずかしそうにしながらノートを見せてくれた。
そこには俺と一緒に採取をした素材についての情報やイラストが描かれている。
アザミ薬草はどの辺りに生えているとか、どうやって採取すればいいとか。俺がアドバイスした言葉も書かれていて少し気恥しい。
「すごく良く書かれていますね。素材について、とてもわかりやすいです」
「本当ですか。ありがとうございます」
「それにルミアさんの感想が添えられているのも可愛らしいですね」
素材の傍にはルミアが感じたことなどが一言くらいで書かれている。アルキノコがテクテクと歩く様子が可愛らしいなど、グラグラベリーの横にはタルトが食べたいなど。
「ああっ! も、元々見せるように書いていないので……っ!」
俺が読み上げるとルミアはノートを掻っ攫って、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「む、シュウじゃないか。ちょうどレッドドラゴンの素材について話をしたいと思っていたんだ」
もうちょっと読んでいたかったのに残念だなと思っていると、奥の部屋からサフィーが出てきた。
「あっ、サフィーさん。お邪魔していま――ぶふっ! どうして下着なんですか!?」
いつものように軽く会釈をしようとしたが、サフィーの驚きの姿にむせてしまう。
そう、サフィーは赤い下着を纏っているだけで、服を一切纏っていなかったのである。
豊かに盛り上がる胸元にキュッとしたくびれ、そこから描かれる蠱惑的な曲線……。
最低限の場所を覆うだけの赤い下着は、サフィーの赤髪や白い肌と相まってとても魅力的だが、いかんせん朝から刺激が強すぎる。
「下着? ああ、就寝時は極力衣服を着ないタイプでな。そんなことよりレッドドラゴンの素材について――」
「師匠! ひとまず服を着てください! シュウさんがいるんです!」
気にせず素材の交渉をしようとしたサフィーであるが、ルミアによって奥の部屋に押し込まれることになった。
目のやり場に困らなくなって嬉しいような、惜しいような複雑な気分だ。
「お待たせしました」
しばらく、店内の品を観察しながら待っていると、いつも通り衣服をきたサフィーと、少し疲れた様子のルミアが戻ってきた。
常識のない師匠を持ってしまうと弟子も大変そうである。
何せ羞恥心よりも物欲、研究欲が勝ってしまうのだから。
せかせかと話しをしたがるサフィーをルミアが椅子に座らせて、俺とルミアも椅子に座る。
ちょうど招待状についても話したいと思っていたしな。
「レッドドラゴンの素材についてですが、すぐにお答えしづらい状況です」
「なに? どういうことだ?」
「実は領主様から招待状が届いていて、レッドドラゴンの素材を買い取りたいと言っているんですよ」
「領主様から招待状ですか!?」
俺の言葉にルミアが驚く。
「はい、レッドドラゴンを討伐した俺とルミアさんに買い取りについて話し合いをしたいと」
「わ、わわ、私が領主様のお屋敷にっ!」
さすがに領主の屋敷に行ったことなどないのだろう。ルミアが随分と慌てている。
俺はまだ異世界にきて馴染みが浅いので、どのくらい凄いことかはわからないが、普通の人からすれば縁のない高貴な人なのだろうな。
「……カルロイド=エノープスめ。あたしの弟子の素材を買い上げようとはいい度胸だ」
全部を無理矢理買い上げたりはしないだろうが、サフィーの物言いが気になる。
「サフィーさん、もしかしてお知り合いなんですか?」
「ああ、昔ちょっとポーションを融通してやったことがあってな」
「そ、そうですか」
サフィーの言葉を聞くと、どうも縁がありそうに思える。
まあ、国に四人しかいないマスタークラスの錬金術師で、そこら辺の貴族よりも影響力があると聞くしな。貴族に貸しを作っていても不思議ではない。
「そういうわけでルミアさんの取り分も勿論あるのですが、話し合い次第としか言えません」
「状況はわかった。ならば、あたしが手紙を書いておこう。それだけで研究するのに十分な素材は確保できるはずだ」
どこか黒い笑みを浮かべるサフィー。
いざという時にポーションを融通しないとか、アイテムを渡さないとか色々脅しをかけていそうだ。
でも、素材を全て買い上げられるのは俺も困るので、今回ばかりは頼もしい事この上ないな。領主は少し気の毒だけど。
「ありがとうございます。七日後に領主様の馬車が迎えにくるそうなので、そのつもりでいてくださいね、ルミアさん」
「七日後ですね。わかりました!」
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