第42話 希望もある
レッドドラゴンを見事に倒すことのできた俺は、ルミアの投げた匂い玉の臭気を風魔法で散らす。それでも匂いの元があると匂うので、土魔法で匂い玉を埋めるとようやく異臭はしなくなった。
「ふう、これで匂いはしなくなりましたね」
「はい、本当にありがとうございます」
「あれは必要な一手でしたから申し訳なさそうにしなくてもいいですよ」
匂い玉のお陰でレッドドラゴンに隙を作ることができたし、臭気を嫌がって空に飛ばせることができた。
それは紛れもなくルミアの活躍であり、誇るべきところである。
確かスガラスの匂い袋を使っているって言っていたけど、本来の素材はどれほど臭いのだろうか、ちょっと気になるところだ。
「さて、匂いが落ち着いたところで鎮火ですね」
周囲にはレッドドラゴンのブレスのせいで現在も燃えている木々がある。これを放置しておくと山火事となって手が付けられなくなる。
素材の宝庫である森が焼け野原になってしまうなんて俺には耐えられない。
俺はルミアに下がっているように言って、水魔法を発動する。
「ウォーター!」
目の前に現れた水があっという間に質量を増して津波と化す。
それは火に覆われている木々を一気に飲み込んで鎮火させた。
非常に雑な方法で申し訳ないが、今の俺にできることはこれくらいだ。
「これで森が焼け野原になることはないですね」
「……ずっと思っていましたけど、シュウさんの初級魔法って初級魔法じゃないですよね。中級魔法や上級魔法を使うとどうなるんでしょう」
ルミアが小首を傾げながら言う。
それは俺もわかっていることだが想像したくない。初級魔法だけでこれだけの規模の魔法が発動できてしまうので、それ以上になるとどうなってしまうのやら。
主にコントロールをするという意味で大変そうだ。
そんなことを考えながら、俺は燃えていた木々の辺りを歩いて観察。
残り火があれば、それが原因で火になってしまうからな。念入りに確認しないと。
水魔法でずぶずぶになった地面を歩いていると、目につくのは炭化してしまった木々や植物。
そして、先程採取したグラグラベリーの群生地も被害に遭っていた。
「ああっ、グラグラベリーが……」
動物や魔物に食べられるでもなく、無残に焼き払われた素材を見ると悲しくな
る。
「見てください、シュウさん! まだ生き残っているグラグラベリーもいますよ!」
「本当ですか!?」
ルミアにそう言われて、俺は一目散に駆けつける。
ルミアの示す木の裏には、わずかながらグラグラベリーが生き残っていた。
「木々の陰になっていたお陰で被害を受けなかったんですね。これなら、いずれここのグラグラベリーも元の群生地に戻りますよ」
「よかったー」
失われた素材もあったが、失っていない素材もある。
災害に遭っても力強く生き残っているグラグラベリーを見ると、俺も頑張ろうと思えた。
「あっ、アルキノコ!」
グラグラベリーから元気をもらっていると、木々の裏でテクテクと歩くキノコが見えた。
アルキノコは俺とルミアを見ると、テクテクと離れるように歩いていく。
「あの子たちも自力で炎から逃げることができたんですね」
この辺りは炭化してダメになった木々が多いからお引越しだろうか。
テクテクと歩いて避難をするアルキノコはとてもたくましく、俺たちを和やかな気持ちにさせた。
◆
森に残り火がないか、くまなく確かめた俺たちは、倒れたレッドドラゴンのところに戻ってきた。
鋭い眼光を向けてきた瞳は、大きく見開かれて虚空を見つめている。
力なくぐったりと倒れているが、先程まで戦闘をしていた身としては、またむくりと起き上がるんじゃないだろうかと思えてならない。
レッドドラゴンの一番稀少な素材はなんなのだろう?
【逆鱗 損傷大】
気になって鑑定先生に尋ねてみると、逆鱗だと言われてしまった。
「ええっ! レッドドラゴンの一番稀少な素材は逆鱗!?」
「は、はい、そうですよ?」
俺が突然叫んだせいか、ルミアがビクリと身体を震わせながら答えてくれた。
「思いっきり氷魔法をぶち込んだのでダメになっているんですけど……」
逆鱗を見てみると、アイスピラーによって見事に貫かれてしまっている。明らかに素材としての価値はなさそうだ。
「あはは、仕方がありませんよ。レッドドラゴンを倒すためですから」
「ちくしょおおおおお!」
レッドドラゴンから一枚しか採れない部位だというのに悲しすぎる。
どうせ討伐したのであれば、そういうレア素材をゲットしてコレクター品にしたかった。
「おーい、お前たち! 森ですげえ音がしてるって聞いたんだが、何か知らねえか――って、ドラゴンっ!?」
逆鱗がダメになったことを嘆いていると、ギルドで見たことのある冒険者がやってきた。
そして、倒れているレッドドラゴンを見てギョッとし、武器を構え出す。
「レッドドラゴンなら討伐したので大丈夫ですよ!」
「レッドドラゴンをたった二人で討伐したとか嘘だろ!?」
俺がそう言うと、冒険者たちは疑いつつも武器を構えながらにじり寄ってくる。
ここで「わっ!」とか言って脅かしたらビビッて腰を抜かしそうだな。しないけど。
レッドドラゴンを剣や棒で突いても動かないことを確認すると、冒険者たちは安心しきった表情になった。
「ひえええ、本物のドラゴンだ!」
「確かに死んでるわね……」
レッドドラゴンを初めて間近で見たのか、それなりの無邪気な反応を見せる冒険者たち。
「……これ、どうしましょうか?」
俺一人であればマジックバッグに収納できるか試したかったところだが、こうも人目があるとそれすらできない。
これだけ巨大な魔物を狩った経験がないので、どうすればいいかわからない。
「もっと人を呼んで運び出すぞ!」
「これだけ大物なんだもの! きっとお賃金もたっぷりよ!」
「二人はそこで待っててくれ!」
冒険者たちは美味しい仕事を見つけたとばかりにダッシュで街に戻っていった。
「じゃあ、俺たちはここで待ってますか――って、ルミアさん、何してるんです?」
振り返ると、ルミアがレッドドラゴンに近付いて注射針を刺していた。
「ドラゴンの血液を採取しているんです。これは品質が命で、錬金術の貴重な素材になるんですよ」
なるほど、ドラゴンの素材だけあって貴重なんだな。
「シュウさんも今のうちにいくつか素材を採取しておくといいですよ? これだけ大物になると、ギルドや貴族が目をつけて素材を買い取りたがるはずですから」
「つまり、討伐者の特権として美味しいところは今のうちにとっておくといいと? 誰かの横槍が入る前に……」
「そういうことです。戦闘中にレッドドラゴンの鱗がポロリと落ちてしまったり、逆鱗が砕けて粉々になってもそれは仕方のないことですから」
にっこりと笑みを浮かべながらずる賢いことを言うルミア。
普段はお淑やかで控えめな彼女だが、素材のことになると少しお茶目になってしまうようだ。
俺はルミアの逞しさに負けないように、鑑定してめぼしい素材を採取することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます