第40話 ドラゴンブレス
ルミアが注意の声を上げた直後、強烈な閃光と轟音が迸った。
光と音の爆発で脳内が揺さぶられるようだ。耳を塞いでいても耳の中でキーンという音が鳴り響いている。
多分、ルミアが何かをしたのだと思うのだが、一体何をしたというのか。
視界もなく、音もロクに聞こえないせいか状況がわからない。
レッドドラゴンは一体どうなっているのか。今にも迫ってきているのか。考えるだけで不安になってきた。
そろそろ目を開けても大丈夫なのかと思っていると、強引に耳を押さえていた手を引っ張られて走らされる。
「シュウさん、目を開けても大丈夫です!」
耳を塞いでいた手が外れることでルミアの声が鮮明に聞こえる。よかった、鼓膜が破れたりはしていないようだ。
ルミアが目を開けて喋っているということは音も光も大丈夫ということだ。
もう片方の手を耳から外して目を開ける。
「適当なところまで走って隠れましょう!」
「レッドドラゴンは!?」
「今は大丈夫です!」
走りながら後ろを確認すると、ドラゴンは苦悶の声を上げながら、ジタバタと身体や翼を動かしていた。
なにやらレッドドラゴンの様子がおかしい。
「師匠が作ってくれた音光球です! 強烈な音と光を浴びせることによって相手の意識や視界を奪うアイテムなんですよ」
腰にある灰色の球を見せてくれるルミア。
どうやら前世で言うスタングレネードのような効果を発揮するアイテムらしい。
ということは、それをもろに浴びたレッドドラゴンは視界と聴覚が奪われているのか。
「ドラゴンを怯ませることができるなんて、さすがはマスタークラスの錬金術師ですね」
「これだけの威力を発揮できたのはシュウさんが高品質の光蟲を捕獲してきてくれたお陰ですよ」
なんと、さっきのアイテムは俺が捕獲してきた光蟲が使われているらしい。
そのお陰でこうしてドラゴンを怯ませることができたのだ。過去の俺、ナイスと言わざるを得ない。
「ですが、この光量は予想以上です。シュウさんが採取をする際に光を大量に蓄積させたお陰でしょうか? とても興味深いです」
「あれ? ルミアさんってば意外と冷静!?」
レッドドラゴンに追いかけられていたというのに、冷静にアイテムの効果を考察し出すルミア。
こんな時までアイテムや素材のことを考えてしまうのは錬金術師の性なのだろうか。
ルミアもいい子だけど、やっぱりずれているところがあるよね。
とはいえ、俺たちはアイテムが作った貴重な時間を使って、できるだけ遠くに離れて茂みに身を隠す。
いくら相手の視界を奪えていたとしても永遠ではないだろう。視力を取り戻したレッドドラゴンはすぐに追いかけてくるはずだ。
そうなれば、いくら走って逃げたところで追いつかれるのは目に見えている。
だから、こうして身を隠してやり過ごすのが一番だ。
視線を切った俺たちは荒れた息を整える。
ひとまず落ち着ける場所にこられたが、まだまだ安心はできない。
レッドドラゴン……か。そういえば、最初に神様に転移させてもらった森でレッドドラゴンの鱗を拾っていたな。
そう思い出してマジックバッグからレッドドラゴンの鱗を取り出した。
深い赤みのある色合いをした鱗。それは先程遭遇したレッドドラゴンの纏っていたものと全く同じだ。
恐らく、レッドドラゴンはあの時に付近を飛び回っていたのだろう。遭遇しなかったことを嬉しく思うが、結果的にこうして出会っているので複雑だ。
俺たちの逃げてきた方向では、レッドドラゴンの怒り狂った声や暴れ回る音が聞こえていた。
身を隠したといえど、相手を確認できないというのは不安だ。
「赤竜の鱗、調査」
素材で検索をしてみると、見事に同じ鱗を纏っているレッドドラゴンが視界に表示された。
レッドドラゴンはようやく視界を取り戻したのか、しきりに顔を動かしては俺たちを探し始めた。
「……このまま諦めてくれればいいですね」
隣で息を潜めるルミアが呟くが、レッドドラゴンに諦めの様子はない。
周辺に隠れていないか確かめるように木々を薙ぎ倒している。
とはいえ、俺もルミアの言う通り、諦めて欲しいと切に願っている。
俺が異世界でやりたいのは、のんびりと素材を採取して、思うままの生活をすることだ。
モンモンハンターのようなドラゴン狩りでは断じてない。
そういうのは死を恐れる必要のないゲームだからできることであって、現実を生きている俺ができるはずもないのだから。
などと考えながら観察していると、レッドドラゴンが奇妙な動きをした。
あの溜めるようなモーションはゲームでもよく見たことがある。
そう思い出した瞬間、森の中を駆け抜けるように炎が迸った。
――ブレスだ。
ドラゴンの口内から吐き出された爆炎は、瞬く間に茂みや木々を焼き焦がして、炭化させた。
幸いなことに俺たちのいる場所とは全く違う方向に放たれたが、あまりの熱量故に離れていても熱さを感じる。
「信じられない。あそこにはどれだけの素材があると思っているんだ……っ!!」
「ええっ!? ここで素材を気にして怒るんですか!?」
ルミアが突っ込んでくるが、怒るのは当然だ。
アルキノコ、アザミ薬草、ミントの葉、キャピル、グラグラベリーなどなど、レッドドラゴンがブレスを吐いた場所はたくさんの素材の群生地だったのだ。
それをあんな風に燃やしてしまうなど採取者として許せることではない。それにあんなに火が燃え移って、山火事がどれだけの被害を生むかわかっているのか。
「マズいです。このままでは私たちもブレスで……」
隠れていても高熱のブレスで焼き尽くされる。それは時間の問題だ。
隣で不安そうにしているルミアを見る。
彼女はサフィーの指名依頼で任されている少女だ。ルミアだけは死なせることはできない。
だからといって、俺だけで戦うとなると泣きそうになるが、彼女のような少女を死なせてしまうのはそれ以上に悲しく、辛い。
一応は大人の男としてカッコつけるべきだろう。
「俺が魔法を放ってレッドドラゴンを引きつけますから、その間にルミアさんは逃げてください」
言った、言ったぞ。創作物でお馴染みの台詞を。本当は傍にいて欲しいくらいだけど、これが大人の男としてできる優しさとプライドだ。
「嫌です。シュウさんだけを置いて逃げるなんてしたくありません!」
「あれ!?」
おかしい、めいっぱいカッコつけたつもりなのに予想通りの展開にならなかった。
「私の剣術が通用するとは思いませんが、師匠から貰ったアイテムや自分で作ったアイテムもあります。討伐はできないかもしれませんが、さっきのように時間を稼ぐことはできます!」
先程の音光球や、それと似たアイテム、爆発ポーションなどのアイテムを装備し出すルミア。
どうしよう、ついさっきルミアのアイテムに助けられたばかりなので、説得するような言葉が思いつかない。
ルミアの瞳を見れば、一歩も引くつもりもないような強い意思が感じられる。
穏やかで何でも受け入れてくれそうな包容力のあるルミアだけど、こんな芯の強さまであったとは。
それでも何とかルミアだけでも逃げてもらおうと考えていると、レッドドラゴンがこちらにブレスを吐こうとしているのがシルエットで分かった。
「フリーズ!」
魔力の手加減をすることなく氷の壁を起立させるイメージで魔法を発動させると、辺り一面に氷壁が展開。
レッドドラゴンの吐き出した熱とぶつかり合って、ジュウウという音が響く。
白い冷気が晴れると、俺とドラゴンの視線が交差した。
鋭い眼光に怯みそうになるが、俺は神様から言われた言葉を思い出す。
『能力を与える前に君が大好きだったモンモンハンターのゲームを調べたんだ。巨大なドラゴンを倒して素材を集めていたから、あれくらいの魔物がやってきてものんびり倒せるくらいにしたよ』
現に俺は初級魔法のフリーズでレッドドラゴンのブレスを防ぐことができた。
ならば、相手にだってこの攻撃は通用するかもしれない。
「こうなったら、しょうがない。二人で戦いましょう!」
「はい、シュウさんの魔法なら討伐もいけるかもしれません!」
あいつには素材を燃やし尽くされた恨みもある。討伐できるかは知らないが、採取者として一発入れてあげないとな。
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