第39話 森の異変

 アザミ薬草、セッチャク草、ニトロダケ、発光キノコをサフィーに納品した俺たちは、次なる課題素材を採りに森にきていた。


「あっ、ちょっと待ってください!」


 ルミアが焦った声を上げて、アルキノコを追いかける。


 アルキノコの逃げる速度はそれほどでもないが、数が多いので散開されると少し焦ってしまうので気持ちはわかる。


 とはいえ、一本一本を見極めて落ち着いて採取してやれば問題ない。


 最初こそ慌てていたもののルミアは、落ち着いて見定めたアルキノコを手で掴んでいた。


「ごめんなさい、すぐに終わりますから」


 バタバタと足を動かすアルキノコに申し訳なさそうに言うと、ルミアは迷う事なく股下に串をプスリと刺した。


 すると、アルキノコは動きを止めた。


 アルキノコの鮮度を保つために必要な事だとわかってはいるが、未だに見ていると股の辺りがヒュンとなるな。こうやって第三者視点で見ているとなおさらだ。


 何となく見ていられなくなって、俺はアルキノコから視線を外して魔物を警戒することにした。


「魔石、調査」


 魔力の波動を飛ばして調査を発動させると、特に反応はない。


「おかしいな、この辺りで調査をすると大概どこかに魔物がいるものなんだけどなぁ」


 魔物の住まう森の中で、調査をして反応がないというのはほとんどない。必ず遠くにいたり、どこかの木の上にいたりするものだ。


 俺の調査範囲は今や二百メートルくらいはある。その中に一匹も魔物がいないというのは異常な気がする。


 それともたまたま調査範囲にいなかっただけなのか?


「シュウさん、アルキノコの採取をしてきました!」


 思考を巡らせていると、ルミアがアルキノコを抱えて寄ってきた。


 ルミアの採取したアルキノコをひとつひとつ確認して、念のために鑑定もする。


「……うん、どれも問題ないですね。ちゃんと締めることができています」


「よかったです。シュウさんにそう言ってもらえると安心します」


 ちゃんと素材を採ることができて嬉しかったのか、ルミアがホッとするように息を吐いた。


 それからルミアは傍にある大きな石に視線を向ける。


「そこにあるのはシュウさんが採取した素材ですか?」


「はい、ちょうどすぐ傍にあったので」


 ルミアがアルキノコを見つけて採取する間に、俺は周囲を調査して素材を採取していた。


 石の上にはちょうど採取したばかりの素材が置かれている。


 キャピルの糸、プニプニ軟骨、フッディの顎鬚、グラグラベリー、アルキノコなどなど。意外とたくさんの素材を採取することができた。


「私がアルキノコを採取している間にこんなにもたくさんの素材を……っ! やっぱり、シュウさんはすごいですね!」


「採取に慣れれば大体どこにあるかわかるようになりますよ」


 プニプニ軟骨やフッディの顎鬚は調査で見つけたんだけどね。


「あっ、これはグラグラベリー! ジャムやタルトにして食べるとすごく美味しいんですよ!」


 ルミアが顔を輝かせてグラグラベリーを手に取る。


 ゴツゴツしたいかつい顔のような赤い木の実なので敬遠しそうになったが、鑑定をしてみるとグランベリーのような酸味と甘みを兼ね備えていることがわかったので採取しておいた。


 やはり、お菓子作りが得意なだけあって、こういう素材には目がないようだ。


「シュウさん、私もグラグラベリーを採りに行きたいです!」


「うーん、課題素材も全部採り終わりましたし、そうしたいところですが、今日は森の様子がどこか変なんですよね」


「えっ? そんなにおかしいところがありましたか?」


「森でほとんど魔物を見かけないんですよ」


「……それっていつも通りですよね?」


 小首を傾げたルミアが当然のように言う。


「いえ、違いますから! いつもはちゃんと森の中に魔物がいて、それを避けて進んでいるんですよ」


「あっ! そ、そうですよね! 普通は魔物と遭遇しますよね! シュウさんと一緒にいると魔物と遭遇しないのが当たり前みたいになっていました」


 俺と行動を共にするが故にルミアの常識に乱れが出ている気がする。


 普通は適当に歩いていればすぐに魔物と遭遇するものだからな。


 採取以外にも魔物の行動パターンや生息している区域なんかもしっかり教えてあげないといけない気がする。


 俺がいない状態で採取に行って、フラッと魔物の巣に向かったりしたら目も当てられない。


 本人は戦闘ができるようだけど、知識があるに越したことはないからな。


「森に慣れているシュウさんが違和感を覚えているのなら、何かあるんだと思います。今日の課題も終わっていますし、街に戻りましょうか」


「うん、そうすることにしよう。グラグラベリーはまた今度採りにこよう」


「はい!」


 俺の言葉にルミアが嬉しそうに頷いた瞬間だった。


 どこか遠い上空からけたたましい咆哮が響いてきた。


 形容しがたい音の波動に俺とルミアは身をすくめて手で耳を押さえる。


 しばらくすると音が止み、上空を見渡すが何も見えない。周囲も同様だ。


「い、今のは……?」


 ルミアが戸惑いと不安が混ざった顔になる。


「わからない」


 だけど、けたたましい音を放った何かが、どこかにいるはずだ。


 嫌な予感がした俺は魔石調査をしてみる。


 する、木々の遥か向こうにある空から金色に輝くシルエットが見えた。


 大きな翼を生やした巨大な生物。それは、アニメやゲームなどで幾度となく目にしてきたドラゴンに酷似している。


 というか、金色の魔石を宿した魔物ってヤバい! 相手はこちらを視認しているのか物凄いスピードで接近してくる。


「ルミア、走れ!」


「は、はい!」


 ルミアに敬語を使う余裕もなく、命令口調で強引に手を引っ張って走った。


 すると、数秒後に俺たちのいた場所に何かが着地する。


 風圧と砂煙で視界が遮られる中、俺は必死に目を見開いてその存在を確かめる。


 赤い鱗を全身に纏わせ、大きな翼を悠然と広げている。


 【レッドドラゴン 危険度A】


 鑑定スキルを使用すると名前が表示された。


 ーーレッドドラゴン。危険度Aの魔物なんて初めて目にした。


 圧倒的な強者の風格に腰が引け、喉が震えそうになる。


 隣にいるルミアも突然のレッドドラゴンとの遭遇に顔を真っ青にしていた。


 そりゃ、そうだ。相手は何十メートルもの大きさを生き物なのだ。生物としての格が違い過ぎる。


 俺とルミアの身長を合わせても敵いっこない。


 本能的に負けを認めて跪いてしまいそうになる。


 だけど、それをしたところで魔物が見逃してくれるわけがない。


「ルミア、逃げるぞ!」


 俺たちにできることは逃げることだ。女の子のいる前でカッコ悪いと思われるかもしれないが、今優先するのは生き残ることだ。


 対話の望みが薄そうなレッドドラゴンと会話を試みるよりも、この方が生き残る確率が遥かに高い。


 ルミアの手を引っ張りながら走り、チラリと背後を見る。


 敵うならば目の前にいる小さな生き物を見逃してくれるよう。


「っ!!」


 その時、目が合った。


 鷹のような鋭い眼光が俺たちの姿を確実に捉えていた。


 獲物を見つけた狩人の目。


 レッドドラゴンは巨木のような手足を動かして、こちらに接近してくる。


「くっそ、何で追いかけてくるんだ!」


 レッドドラゴンが一歩進むだけで、俺たちとの距離が瞬く間に詰まっていく。


 鋭く尖った牙や赤黒い口内が目の前に迫ってくる。


 このままじゃ追いつかれる。


 茂みにでも飛び込むべきか、それとも魔法で応戦するべきか。一瞬のうちに思考していると、ルミアが俺から手を離した。


「ルミアっ!?」


 まさか、剣術でレッドドラゴンを相手にするつもりか? いくらなんでも無謀過ぎる。


 振り返って無理矢理に引っ張って止めようとすると、


「シュウさん! 目を閉じて、耳を塞いでください!」


 穏やかなルミアから聞いたことのない鋭い声に、思わず俺は言う通りにして目を閉じて、耳を手で塞いだ。


 次の瞬間、目を閉じていてもわかるような強烈な閃光と轟音が迸った。


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