第38話 採取者の特権

 アザミ薬草をすぐに見つけ採取することのできたルミアであるが、やはり知識だけでは限界があったのか、次の目標となる素材を見つけられないでいた。


 あっちを探してはなく、こっちを探してはなく、かれこれ一時間くらいはお散歩中だ。


 困り果てたルミアを見かねた俺は提案をする。


「ここからは俺が素材のところに案内しましょうか?」


「……すいません、私では見つけられないのでよろしくお願いします」


「気にしないでください。そのために俺がいますから」


 最初から全ての素材をルミアが見つけられるとは思っていない。


 俺の補助やアドバイスを受けながら見つけたり、正しく採取するのが普通の流れなのだ。


「まずは近くにありそうなセッチャク草から探しましょう」


 そう言って、俺はルミアと反対方向に歩き出す。


「セッチャク草は草木の生い茂った場所よりも、開けた地面によく生えていますよ」


「そうだったのですね。勉強になります」


 真剣な表情で素材の特性をメモしていくルミア。


 自分の言葉をメモされるのは恥ずかしいけど、鑑定先生だってそう言っていたから間違いではないし大丈夫だろう。


 以前はこの辺りに生えていたはずであるが、他の冒険者によって採取されてなくなっていた。とかなったら、カッコ悪いので念のために調査を使う。


「セッチャク草、調査」


 すると、奥の方の開けた場所で青色の輪郭をしている植物が見えた。


 よかった。以前、俺が採取してから特に誰もきていなかったようだ。目指す場所には十分な数がある。


 安心して歩いていくと、セッチャク草を見つけた。


 茎はつる状に伸びて地を這い、一メートルほどの長さ。葉は細い枝状で膜質であり、緑色の球状の果実がついている。


 南国の砂地に生えているクサノキカズラにどことなく似ているな。


「セッチャク草です! シュウさんの言う通りの場所にありましたね! こんなにもすぐに見つけられるなんて流石です!」


「以前にも採取しにきた場所ですから」


「それでも迷わずにたどり着けるのがすごいんです! 普通なら迷ってしまいますよ」


 俺は一度採取した場所のことは忘れることはない。たとえ、何か月、何年と月日が経過しようと、どのような道筋で向かったか覚えている。


 普通の人はそうじゃないのだろうか?


「これがセッチャク草……」


 目の前に生えているセッチャク草を目に焼き付けるかのようにジーッと眺めるルミア。


「セッチャク草は錬金術ではどのように使うんですか?」


 錬金術の素材としての情報を欲して鑑定すれば、鑑定先生が教えてくれるだろうが、敢えてルミアに尋ねてみる。


「セッチャク草は煮出して、魔水という魔力の籠った水と混ぜることで塗料になるんです。食器や高級家具、壁、床材、楽器などに用いることで、茶色く輝き、艶が出るんです」


 なるほど、前世であった漆のような効果があるのか。


「思ったよりも身近で便利なものになるんですね」


「錬金術といえば、ポーションや便利なアイテムを作成するというイメージがありますが、実際はこのような生活に寄り添った物を作ることの方が多いんですよ?」


 まさにルミアが言っていた通りの想像だったので驚きだ。


 ルミアのお陰で錬金術師をより身近に感じるようになった気がする。


「セッチャク草はどうやって採取すればいいんでしょう?」


「真ん中くらいをナイフで切ってあげれば、またそこから生えてくるようになりますよ」


「その方法で採取をすれば、またすぐに採取できるってことですよね? すごいです!」


 それも正しい方法で採取した恩恵とでも言えるだろう。


 何も知らずに引っこ抜いてしまえば、その場所からは当分生えてこなくなるからな。


 ルミアはポーチから採取用のナイフを取り出すと、セッチャク草の真ん中辺りで切った。


「この辺りで大丈夫ですよね?」


「はい、必要な分だけ採っていきましょう」


 俺が頷いてやると、ルミアはセッチャク草を六本ほどナイフで切って採取した。


 俺もその間にセッチャク草を採取しつつ、こっそりとマジックバッグに収納する。


「ああっ、セッチャク草の汁が……」


 セッチャク草を持ったルミアが鞄に入れようとしたが、切り口から粘着質の液体が出ていた。


 俺だったらマジックバッグに入れて終わりなのだが、普通の人はそうはいかない。


 きちんと素材の質を保ったまま持ち帰る術が要求される。


 当然、マジックバッグに頼り切りだった俺は、そんなことを知らないわけで……


 そんな時は鑑定先生だ。



【セッチャク草】

 一メートルほどの茎の長さで葉は細い枝状で膜質。緑色の球状の果実がついている。

 粘着質な汁を含んでおり、物を接着させるのに使える。煮出して、魔水と混ぜ合わせることで艶のある塗料にもなる。

 茎の中央部分をナイフで切ってやれば、またすぐに生えてくる。根本から切ってしまうと再生が遅くなるので注意。

 採取した後は、切り口を清潔な布で握り込むように覆えば、粘着汁で切り口が接着される。




 そうか、粘着質の汁が出ているのだ。切り口の部分をつまんでやれば、粘着汁が勝手に切り口を塞いでくれるってことか。さすがは鑑定先生だ。


「切り口をギュッと布で覆って逆さまにしておくと、汁が漏れないですよ」


「あっ、なるほど! ありがとうございます。さすがはシュウさんですね!」


 俺が布を渡してあげると、ルミアは尊敬の眼差しを向けてきた。


 本当にすごいのは鑑定先生だからちょっとだけ微妙な気持ちだな。とにかく、褒められたからといって調子に乗らないようにしないと。


「シュウさんは採取しないのですか?」


 セッチャク草の処理を終えたルミアが見守っていた俺に尋ねてくる。


「ええ、セッチャク草はこの間採取しましたから」


 本当はさっき採取してマジックバッグに収納した。


 だけど、クラウスにマジックバッグのことは迂闊に話すなと釘を刺されたからな。


「セッチャク草は十分な数を採れましたか?」


「はい、これで十分です!」


「じゃあ、次はニトロダケの採取に行きましょう」


 ルミアがよからぬことをする子とは思えないが、もう少し様子を見てから話すことにしよう。




 ■




「魔石、調査!」


 ニトロダケの採取に向かう道すがら。魔物調査を行ってみると、範囲内で魔物を感知した。


 前方に視線を向けると、二メートルを越える人型に棍棒を手にした魔物が青の輪郭で示されている。


「……あのシルエットはオークだな」


「オ、オークですか?」


 思わず口から漏れてしまったからか、ルミアが緊張した顔つきで周囲を見渡す。


 しかし、視認することができなかったからか、おずおずと尋ねてくる。


「……あの、シュウさん。オークはどこにいるのでしょう?」


 無理もない。オークがいるのは前方約八十メートルほど先だ。


 木々や茂みで視線は遮られているので、互いに姿を視認するのは不可能。


 俺も魔石による調査ができなかったら、間違いなく気付いていない。


「前方の少し先ですね。形跡からしているのは間違いないので、少し迂回して進みますね」


「わ、わかりました」


 ルミアは特に反論することなく頷いた。無駄な戦闘は避けるに越したことはないからな。


 オークの位置を魔石調査でしっかりと把握しつつ、迂回して進むと岩場に辿り着いた。


「ニトロダケ、調査!」


 例のごとく検索して調査してみると、岩と岩の間に青の輪郭をしたニトロダケが表示されている。


「随分と岩が多いですね。ここに生えているのでしょうか?」


 キノコというのは基本的に菌が繁殖しやすいジメジメしたところや、木々の近くにある。


 ルミアが疑問に思うのはもっともだ。


「ええ、ニトロダケはこういった岩の間に生えていることが多いんです。ほら」


「あっ、本当ですね!」


 俺が指し示した岩と岩の間には、赤黒いキノコが三つほど生えている。これがニトロダケだ。


「採取をする時はできるだけ胞子を落とさないように、優しく引き抜いてください」


「わかりました!」


 ニトロダケの胞子は火薬のような可燃性なのだ。少しの摩擦で爆発したり燃えたりすることはないが、付近で火を起こしたり火魔法を使うことは厳禁だ。


 素材として持ち帰るために丁寧に扱う必要がある。


 ルミアは手袋をはめると、できるだけ胞子を散らさないようにゆっくりと手で採取していった。


 特に火を起こすようなことさえしなければ問題ない素材なので、あっという間に必要な数をルミアは採取した。


 後はカバンの中で胞子が漏れないように布で包めば採取完了だ。


「ニトロダケも採れました」


「じゃあ、最後は発光キノコですね。この近くにあるので、このまま向かっちゃいましょう」


「はい!」


 岩場からズンズンと歩いていくと木々が高くなって、日の光が当たらない日陰道になった。


「とても薄暗くなりましたね……」


 魔物や動物たちが周囲にいないせいか、ルミアの呟きが鮮明に聞こえる。


「発光キノコは一般的なキノコのように暗くてじめじめとした場所が大好きですから」


 先程のニトロダケと違って、発光キノコは普通のキノコのような場所を好む。


 これから先の光景は、前に行って俺が感動した場所なのでルミアの反応が楽しみだな。


「あっ、なんだか奥の方でぼんやりと黄色い光が……っ!」


「発光キノコの光ですね」


 俺たちの視線の先では黄色い光が明滅している。


 その光に誘われるように近づくと、二十センチくらいの大きなキノコがあった。


 本体は青色なのに、中心部では力強い黄色の光を宿している。


 キノコとは思えないような色合いで、どこかファンタジックだ。


「これが発光キノコ……暗闇の中で光ると、とても綺麗ですね……」


「この美しさは自然の中でしか見られないですから」


 発光キノコは採取した後でも光を保ち、暗い部屋でも楽しむことはできる。


 しかし、この素材の美しさは自然の中でこそ際立つものだと思う。


「すいません、少しの間眺めていてもいいですか?」


「ええ、勿論」


 この光景を見て楽しむことができるのは、素材を採りにきた者の特権だ。


 それがわかっていたからこそ、サフィーはルミアに発光キノコの採取を任せたのではないだろうか。何となくそんな気がした。


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