第37話 二人で採取

 サフィーから指名依頼を受けた二日後。


 ルミアの素材採取を補佐することになったので、俺は東の城門前広場に来ていた。


 少し早めについてしまったからだろうか、ルミアの姿は見当たらない。


 周りには朝早くから出発する冒険者や、旅人、行商人の姿がチラホラと見える程度。


 この世界には時計がないせいか時間に関してはかなりルーズで少し不便だ。


 朝、昼前、昼、夕方などと大雑把な区切りしかなく、人によってその捉え方も様々だ。


 冒険者ギルドでもそのせいで小さな諍いが絶えないのだが、真面目なルミアであれば大幅に遅刻するようなことはないだろう。


「お待たせしてすいません、シュウさん!」


 城門から出発していく人々をボーっと眺めていると、ルミアが声をかけてきた。


 思わずそちらに視線を向けると、ルミアの装いはお店にいる時と少し違っていた。


 肩や胸、腰部分には金属質の鎧がついており、腰元には剣が佩かれていた。


 ベルトには小さなフラスコ瓶や丸い玉のようなものが付いている。恐らく錬金術で作ったアイテムの類だろう。


「お店の時と装いが随分と違いますね」


「はい、一応外に出ますので。シュウさんは普段とあまり変わらないのですね?」


「ま、まあね。俺は武器の方はからっきしで、どちらかというと魔法を使うから」


 俺よりもルミアの方が断然冒険者に見える。


 今、思えば武器一つ装備していない俺って、他の冒険者からどのように見えているのか。


「そうなんですね。では、魔物が出た時は私が前に出ますね!」


「うん、できるだけそうならないようにしますけど、もしもの時は頼みます」


 大人の男が後ろに引き下がって、前衛は年下の女の子に任せるって構図が微妙にダサい。


 戦闘の多いこの世界では、それくらい何の問題もないのかもしれないが、俺が慣れていないせいか非常に申し訳なく思える。


 今日は気合いを入れて魔石調査をして、一度も魔物と接敵しないようにしよう。


 グッと腕を握りしめて微笑むルミアを見て、俺はそう決意するのであった。



 ■




 城門前で合流した俺とルミアは、今回の採取場所である東の森にやってきた。


「ふわあ、外の森にやってくるのは久し振りです。緑や土の香りがとてもします」


 森にやってくるなり感激した様子を見せるルミア。


「今まであんまり街の外に出たことがなかったのですか?」


「はい、ほとんど師匠のお手伝いや、自分の勉強で工房に籠っていることが多かったですから。日々の暮らしも街の中で事足りますし」


 ああ、そうだったな。サフィーから錬金術のしごきを受けていたので、ほとんど工房に籠り切りだったと。


 ここはフェルミ村のような田舎ではなく、立派な街だ。


 何もしなくても人と物が集まり、お金さえあれば生活に必要なものは手に入る。


 肉が足りないから、森で狩ってこようとはならないのだろう。


「私としては何度か採取に行ってみたいとお願いしたのですが、危ないからと却下されてしまって……」


「へえ、ルミアさんのことをかなり大事にしているんですね」


 錬金術に関わること以外はかなりずぼらなように見えるが、弟子であるルミアのことをかなり大事にしているんだな。


「それもあるとは思いますが、私がいないと生活がままならないので困るからだと思います。師匠は本当に生活能力が皆無なので……」


「まあ、カウンターにルミアさんの下着を干すくらいですからね」


「ええっ!? なんであれが私のものだと――あっ!?」


 思わず口から漏れた俺と、自白するような言葉を言ってしまうルミア。


 互いに自分の失態に気付いて、気まずい無言の空気が流れる。


「……すいません、奥の部屋での会話がいくつか聞こえてしまって」


「謝らないでください! シュウさんは悪くないのですから! とにかく、この話はなしです! 素材の話をしましょう!」


「そ、そうですね! 今日採取すべき素材は何ですか?」


 ルミアが無理をしながらも話題を転換してくれたのだ。俺としてもそこに便乗するしかない。


「師匠から採取するように言われた素材は、アザミ薬草、発光キノコ、セッチャク草、ニトロダケです」


「どれもEランク、Fランクの素材で難しくはないですね」


 サフィーは難しい素材はやらせないと言ってはいたが、内心どんな癖のある素材かとビクビクしていた。


 しかし、実際は経験のないルミアに合わせた比較的優しいものばかりである。


 俺も依頼で納品したことがあるので、どれも採取した経験がある。群生地もどこにあるかも覚えているし、調査で新たに発見することも可能だ。


 これなら魔物にさえ注意していれば大丈夫そうだな。


「あ、あの、補佐を頼んでおきながら悪いのですが、素材に関して調べてきたので少しだけ自分の足で探してみてもいいですか?」


 早速群生地に連れていこうとすると、ルミアがおずおずとこちらを見上げながら尋ねてきた。


 控えめなルミアがお願いするほどだ。自分で採取することを楽しみにしていたのだろう。


 新たな採取地にきて自分で素材を探してみたくなる気持ちはよくわかる。


 俺も新しい場所にくる度に、どんな素材と出会えるかワクワクするからな。


「いいですよ。その代わり、魔物の気配がしたらすぐに俺に従ってください」


「ありがとうございます!」


 俺には魔石調査があるからな。魔物と出会いそうになれば、迂回するような指示さえ出しておけば問題ない。


 サフィーの指示をこなすことも大事だが、採取を楽しまないとな。


「えっと、まずは入り口付近に自生しているアザミ薬草を……」


 どこかで調べてきたのか、メモを開きながら歩き出すルミアの後ろを付いていく。


 その間に俺は魔石調査で周辺に生息する魔物を警戒。どうやら付近に魔物の反応はないようだ。


 それでも範囲内に魔物が入ってくる可能性があるので、小刻みに調査をしておく。


 ルミアがいるのでいつも以上に警戒をしておかないとな。


 そんな風に魔石調査をしながらルミアについていくと、程なくしてアザミ薬草のある群生地にやってきた。


「あっ、アザミ薬草を見つけました!」


 アザミ薬草を見つけるなり近寄っていくルミア。


 周囲には似たような草花が生えているが、見習い錬金術師として素材と触れ合ってきたルミアは惑わされることもない。


「……外ではこんな風に生えているんですね」


 白いベルのような花を愛しむように撫でるルミア。


 店や街で並ぶ素材としてでなく、自然の中で生えている様子を見るのは感慨深いだろうな。


 そう思って眺めていたのだが、もう十分以上眺めている。気持ちはわかるけど、今日の目的を忘れていないか心配だ。


「そろそろ、採取に移ってみましょうか?」


「すいません、ついボーっと観察しちゃって!」 


「いえいえ、初めて外で素材を見た感動もわかりますので」


 俺も初めて素材を見た時はジーッと観察するからな。ルミアの反応は当然だ。


「採取する時は根っこからつまんで抜くといいのですよね?」


「はい、それで合っていますよ」


 頷いてやると、ルミアはそっと手を伸ばしてアザミ薬草の根元をつまむ。


 それからキュッとつまみ上げるように引っこ抜いた。


「あっ、すごい! 根が細長いです!」


「本当ですね。俺が今までに見たものよりも一番長いです」


 ルミアによって採取されたアザミ薬草の根は、平均的な物よりも長かった。


 他の人からすればつまらないことかもしれないが、素材が大好きな俺としては、そんな些細な違いすらも楽しい。


「俺も根が長いものを探してみます」


 調査を使えば大きさまでわかるかもしれないが、ここでそれを使うのは反則な気がするので自力で採取してみる。


「むむっ、平均的だ……」


「ふっふーん、私のアザミ薬草は優秀なんです」


「じゃあ、俺はルミアより多く採取して数で補おうかな」


「あ、ズルいです!」


 ルミアの前にあるアザミ薬草をひょいひょいと採取していくと、ルミアが焦った声を上げる。


 何気ないそんなやり取りが楽しくて、俺とルミアは笑い合う。


 採取をする時はいつも一人だった。こんな風に素材について語り合ったり、競うように採取をしたり、会話をするのは初めてなのでとても楽しい。


「採取するのって楽しいですね!」


「まったくです」


 笑顔を浮かべながら言ってくるルミアの言葉に、俺は心から同意するのであった。


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