第36話 サフィーの依頼
燃えるような赤い長髪に黄色の瞳をした女性。
どこか気だるそうな雰囲気を醸し出しているが、それがまたアンニュイな感じを出していて、魅力を引き上げている気がする。
スラッとした身体つきながら出ているところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいる。まるで、モデルのようなスタイルだ。
「はじめまして、冒険者のシュウです」
「そう硬くならないでいい。堅苦しいのは嫌いなんだ」
立ち上がって挨拶をするも、サフィーは手をひらひらと振って対面の席に座った。
影響力のある錬金術師ということもあり、丁寧にいったのだがあまりこういうのは好まれないようだ。
楽にしろと言われたので肩の力を抜いて席に座る。
すると、サフィーからジットリとした視線が突き刺さる。
さすがに正面からガン見されれば気付かない人はいないだろう。
「……あの、なんです?」
「なんでもないさ」
なんでもないのであれば、どうして正面からガン見してくるのか。
アイテムを作り出す錬金術師とあってか、独特な感性で生きているような気がする。
ルミアの下着をカウンターに干していたくらいだし。
「お待たせしました」
微妙に居心地が悪い思いをしていると、ルミアがティーセットを持ってやってきてくれた。
お淑やかなルミアが入ってきたことで、室内の空気が一気に和らいだ。
紅茶とクッキーを配膳されると、サフィーは即座にクッキーを食べて、紅茶を飲んだ。
「やはりあたしの弟子は、紅茶を上手く淹れることのできる奴に限る」
「そういう言い方をすると、私がお茶くみ係だと勘違いされるのでやめてください」
「あたしとしては最大の褒め言葉だったのだがな」
褒めているつもりだったのだろうか? 俺としてはルミアを茶化しているように見えたのだが。
何にせよ、やはり変わった人のようだ。
「それで今回、俺に指名したい依頼とはなんでしょう?」
クッキーを少しつまみ、紅茶で喉を潤したところで本題を尋ねる。
「ああ、今回の依頼はルミアも関係するから座って聞くんだ」
「私もですか?」
空気を読んで退出しようとしたルミアであるが、サフィーに呼び止められた。
その困惑具合から指名依頼を俺に出したことは知っているが、内容まではルミアも知らないらしい。
ルミアも関係する内容とは一体なんだろう?
「依頼内容を言う前に一つ確かめたいことがある。少し前に光蟲の納品を受けたのは君のことかな?」
「はい、そうですが?」
ギルドにあった光蟲の納品依頼は一つだけだった。俺以外に受注した人もいないので、ここ最近こなした冒険者は俺だけになる。
「そうか。あの依頼はあたしが昔に出していたものでね。未達成のまま放置されていて、すっかり忘れていたのだが、上質な光蟲を納品してくれて嬉しかったよ」
「そうだったのですね。喜んでもらえて何よりです」
あの光蟲の依頼を頼んでいたのはサフィーだったのか。
となると、ギルドからの報告で俺の名前を聞いていたのかもしれない。俺かどうか確かめようとしたサフィーの問いかけにも納得だ。
「確認に付き合ってくれて礼を言う。さて、今回の依頼内容だったな」
マスタークラスの腕前を持つという錬金術師。一体、どのような採取を頼むというのか。
あまりに難しいものは無理だが、凄腕の錬金術師が欲する素材というものには興味がある。
「君にはルミアの面倒を見てもらいたい」
「それは俺にルミアさんの婿になれということですか?」
「そうだ。しかし、ルミアは優秀で美人だ。ちょっと優秀なF冒険者如きにはやれん。婿となりたければ、あたしが望む高難度の素材を全て集めてもらおう。そうすれば認めてやる」
「わかりました。サフィーさんに認めてもらうために、全ての素材を採取してみせます」
「二人とも何を言っているんですか!?」
サフィーとじゃれ合っていると、ルミアが顔を赤くして声を張り上げた。
「すいません、ルミアさん。つい、サフィーさんのボケに乗ってしまって」
意外と王道的な展開につい中二心が疼いてしまって悪ふざけをしてしまった。
「シュウ君は思いの他ノリがいいな。気に入ったぞ。錬金術師と採取冒険者の組み合わせは悪くない。この際、本気でルミアを――」
「師匠!」
「冗談だ」
残念だ。このままノリでルミアとの縁談が進むと思っていたのに。
とはいえ、相手は女子高生のようなもので若すぎる。
今は気ままに採取する生活が気に入っているから家庭を作るつもりもないけどね。
「とはいえ、面倒を見てほしいというものは間違いではないがな。シュウ君にはルミアと一緒にいくつかの採取をこなしてもらいたい」
「俺とルミアさんが採取ですか?」
「錬金術師になるための国家試験では技術を試す調合、知識を試すテストの他に、素材採取の試験もある。知識や調合についてはあたしが叩き込んでいるが、圧倒的に素材採取の経験が足りない。そこで採取に慣れている君に、ルミアの補佐を頼みたいんだ」
「しかし、それならばサフィーさんが指導してあげればいいのでは?」
「あたしはマスタークラスの錬金術師だからな。残念ながらルミアの採取に付き合って面倒を見るほど纏まった時間が取れないんだ」
この国に四人しかいないと言われる凄腕の錬金術師だ。国中からサフィーにしかできない依頼が投げかけられているのだろう。
そう思うと、確かに何日も付きっ切りで素材採取に付き合うというのは難しいのかもしれない。
「言っておきますが、俺はFランク冒険者で難度の高い素材を採取するのは無理ですし、魔物と出会った時の保証もできませんよ?」
俺は素材採取を主にやっている冒険者だ。魔物を退治するのが得意な屈強な冒険者とは違う。
命まで守れと言われると、軽々しく頷けるものではない。
「見習い錬金術師が経験を積む程度の素材だ。それほど大きな危険はない。仮にあったとしても、魔物から身を守る程度の護身は教えてある」
え? ルミアって魔物と戦えたりするのか?
「冒険者のシュウさんには劣ると思いますが、剣術、槍術、弓術、体術などはひと通り扱えますし、魔法とアイテムによる援護くらいならできます!」
あれ? それって普通に俺よりも強くない? 俺なんて魔力に任せた魔法を放つくらいで、戦闘の初心者だよ。
まともに戦ったらあっという間に負ける気がする。
「俺は採取するのに特化しているので、戦闘についてはルミアさんにも劣るかと……」
「ふっ、クルツの実にこれほどの魔力を注げる者が何を言っているのか。あの大きさにまで膨らませるのには、宮廷魔法使い並の魔力が必要なのだぞ?」
「え!」
まさか、クルツの実を限界まで膨らませるのに、それほどの魔力が必要だとは思ってもいなかった。
道理であのサイズのクルツの実が貴重なはずだよ。
「それに純粋な戦闘力だけが必要なのではない。重要なのはいかに不必要な戦闘を避けて、素材を安全に持ち帰れるかだ。その点、魔物が多く密集する中、クルツの実を持ち帰ってきた君の技量は信用に値する。素材に対する深い知識もそうだ」
俺の場合、ほとんど調査と鑑定のお陰なのだが……まあ、それがあればルミアがいたとしても比較的安全に素材を採取することができる。
まさに経験を積みたいルミアの補助として、俺のような存在はうってつけなのかもしれない。
「そこまで言われるのであれば引き受けようとは思いますが、肝心のルミアさんの意思はどうなのです?」
大事なのはルミアの意思だ。
本人がやりたくないのに、一緒に行動を共にしても互いに不幸になるだけだ。
「シュウさんが見事な知識や経験を持っているのは、素材を見ればわかること。こんな私のためにお力を貸してくれるのならば是非ともお願いしたいです」
真剣な眼差しでこちらを見つめるルミア。そこには錬金術師になるための真摯な想いがこもっていた。
「わかりました。では、一緒に素材採取をしましょう!」
「はい! よろしくお願いします」
俺がそう言うと、ルミアはパアッと華やかな笑みを浮かべる。
前世でも俺の趣味に付き合える友人はいなかった。その点、素材に強い興味を示しているルミアなら大丈夫だろう。
一人で気の向くままに採取をするのもいいが、誰かと発見や喜びを分かち合いたいとも思っていたのだ。
次の採取が楽しみだな。
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