第35話 またもや指名依頼


 クラウスの指名依頼をこなすと、次々と俺に指名依頼が舞い込むようになった。


 何でも薬師の会合でクラウスが俺のことを話したらしく、薬師の要望に応えられる採取冒険者として認知されたらしい。


 お陰で次々と採取の依頼が舞い込んでは、それをこなしている状態だ。


 俺の採取した素材を必要としてくれている人が多いのは嬉しいのだが、さすがに連日のように指名依頼が入ってくるのは勘弁してほしいな。


 まあ、仕事がないよりかは、ある方が断然嬉しいのだが、あまりに忙しすぎると俺の望んでいる生活とはかけ離れたものとなる。


「はい、アザミ薬草とアルキノコの納品を確認しました。これで二つの指名依頼が完了です!」


 ラビスに笑顔と共にそう言われて、俺は報酬を受け取る。


 指名依頼で呼びつけてくる人もいるが、基本はギルドを仲介しての依頼が多い。後はギルドの職員が速やかに依頼主のところまで届けてくれるだろう。


 さて、お金を受け取ったらさっさと帰るに限る。


 依頼を達成して一段落つくと、ラビスは新しい指名依頼があると言い出す可能性が高いからだ。


「では、今日はこれで失礼します!」


「待ってください、シュウさん!」


 くるりと背を向けて歩き出すと、ラビスが受付台から身を乗り出してまで俺の服を掴んだ。


 俺はラビスの静止に気付きながらも、無視してそのまま出口を目指す。


 だけど、ピクリとも動かない。ラビスが俺の服を指でギュッと掴んでいるからだ。


 ぐぬぬ、動けない。


 華奢な女性なのに一体どこにそんな力があるというのか。


「ラビスさん、そんな風に身を乗り出すのははしたないですよ?」


「こうしないとシュウさんが逃げてしまいます――おっと、会話中でも力は抜きませんよ?」


 くそ、会話をしている間は油断するかと思ったが、指の力は一ミリも緩んではいなかった。


「今日はゆっくりと休みたいんです!」


「シュウさんの忙しさは理解していますが、どうしても受けてもらいたい指名依頼があるんです! この依頼だけ終わらせたら、しばらくはお休みしてもいいですから!」


 抵抗を試みるが、ラビスの様子が予想以上に必死だ。


 これはギルドの事情とやらが絡んでいるのかもしれない。


「はぁ……仕方がないですね。まずは話を聞かせてください」


「ありがとうございます! シュウさんなら、そう言ってもらえると思っていました!」


 感激の表情を浮かべて服から手を離したラビス。


 しかし、エルフ族の受付嬢であるシュレディが退路を断つように、俺の背後に回っているのは何故だろうか。


 チラリとシュレディに視線をやるけど無表情のままだ。


 正面にいるラビスに視線を戻すと、信じていましたとばかりの純粋な笑顔を浮かべている。


 なんか女性って怖い。


「それでどうしても受けて欲しい指名依頼というのは、どんな人物からです?」


 ラビスがどうしても受けて欲しいという指名依頼は今までになかった。つまり、ギルドに対して影響力のある人物なのだろう。


「マスタークラスの腕前を持つ錬金術師、サフィー・フル・サーシェス様からのご依頼です」


 錬金術師のサフィー? 聞いたことのない名前だが、それよりも気になることがある。


「あの、マスタークラスの腕前というのは?」


「錬金術師の中でも最上位の腕前を持つ錬金術師のことです。国よりその称号を授けられた錬金術師はサフィー様を含めて四人しかおりません」


 気になって尋ねると、後ろにいるシュレディが説明してくれた。


「この国に四人しかいない凄腕の錬金術師って、すごい人がいるんですね」


「その方の作り出すポーションは万病を治し、画期的な発想で生み出されるアイテムはかなり貴重で王族や貴族が買い求めるほどだとか。ぶっちゃけ、そこら辺の貴族よりも大きな影響力を持っているんです」


 なんでそんなすごい人がこの街にいるというのか。


 とにかく、冒険者ギルドとしてできるだけ便宜を図ってやりたい相手らしい。


 もし、依頼を断ったりすると、万が一の時に上質なポーションを売ってくれなくなる可能性もあるとか。


 魔物との戦闘で怪我が絶えない冒険者にとっては、凄腕の錬金術師が援護してくれている状況はとても心強いはずだ。


 それを俺の個人的な事情だけで壊すわけにはいかない。


「事情はわかりました。俺にできる依頼かはわかりませんが受けましょう」


「……本当に助かります」


 引き受ける旨を伝えると、ラビスがホッと胸を撫で下ろした。


 今後、俺が動きやすくするためにも、こうして冒険者ギルドに貸しを作ってやるというのも悪くない。それにこれが終わったら、しばらくは休んでいいって言われたから。


「依頼内容はどんなものなのです?」


「それは会って直接話したいとのことでした」


 クラウスと同じパターンか。呼びつけるタイプの依頼主はどこか癖があるように思えてならない。


「わかりました。今から向かいます。依頼主はどこにいるんです?」


「西の住宅地にある錬金術師の工房です。詳しくは依頼書の裏をご覧になってください」


 あれ? この錬金術師の店って、もしかして……?



 ◆




「あっ、シュウさん! 私の師匠がわざわざ呼びつけてしまってすいません! どうしても直接会って話をしたいと言うものですから」


 依頼書に書かれてある地図の通りにきてみると、出迎えてくれたのは先日会った見習い錬金術師のルミア。


 どうやらルミアの師匠が、マスタークラスの腕前を持つ錬金術師サフィー・フル・サーシェスらしい。


 色々と聞いてみたいことがあるが、ここまで来たらサフィーさんとやらに直接聞いた方が早いな。


「師匠を呼んできますので座って待っていてください」


「わかりました」


 ルミアにそう言われて前回と同じように端にあるテーブルに腰かける。そして、三人で話をするためかイスが一つ増えていた。


 そのままボーっとするのも暇なので、店の中に置いてある道具を鑑定していくことにする。


【光玉】

 衝撃を与えることで眩い光をまき散らし、相手を怯ませることができる。

 光蟲の発光器官を利用したアイテム。


【催涙玉】

 衝撃を与えると中から催涙胞子をまき散らす。目に食らうと相手はしばらく涙が止まらなくなる。

 催涙キノコを利用したアイテム。



 おお、この間興味を示していた奴は光玉に催涙玉だったのか。


 改めて効果を確認してみると結構えげつない。


 見たところ触っただけでは作動するとは思えないが、効果を知ってしまうとちょっと尻込みしてしまう。


 だけど、無駄な戦闘を避けたい時や、護身用として使うのに十分な効果が見込めそうだな。


 催涙キノコという素材はまだ採取したことがないので、実物をこの目で確認してみたいものだ。



【活性ポーション】

 飲むことで身体能力を大幅に引き上げる作用をもたらすポーション。

 しかし、無理な動きをし続ければ、翌日は筋肉痛や疲労に苛まれることになる。

 持続時間は半日。ヤマドコロ、魔水、クルツの実などを使用したアイテム。


 おっ、こっちは俺の知っている素材が二つも入っている。


 ヤマドコロには身体能力向上の効果があったので、その特性を最大限に高めたポーションなのだろう。


 モンモンハンターでも、こうやって戦闘力を引き上げるようなアイテムは重宝されていた。


 この世界でもそれは同じなのかもしれない。


 ただ、値段は金貨八枚なのでゲームのように気軽に買うことは難しそうだな。


 にしても、ここにあるアイテムを鑑定していくのは楽しいな。見たこともない形をしたアイテムが、思いもよらない効果を発揮するものだからびっくり箱を毎回開けるような感覚だ。


「待たせたな。あたしが依頼人であり、ここの工房主のサフィーだ」


 そうやって、店内にあるアイテムを片っ端から鑑定して楽しんでいると、奥の部屋から一人の女性がやってきた。

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