第34話 シュウという男

 ルミアのお店で素材を買い取ってもらえた俺は、帰りに魔道具店に寄って魔道具を手に入れた。


 買ったのは前々から欲しかった魔道コンロ。やはり、料理をするには二つくらいコンロがないと不便でならない。


 持ち歩くことを考えれば一つで十分だが、俺にはマジックバッグがあるので自重するつもりはない。


 ちなみにここでの魔道コンロの値段はなんと金貨十五枚だった。


 金貨八枚……結果として五枚で譲ってくれたポダンさんが、どれだけサービスしてくれたのか真の意味で理解できた瞬間だった。


 買った魔道具はもう一つある。それは冷気を出してくれる魔道具だ。


 今は心地よい春の季節であるが、この世界にも季節というものがあり、次にくるのは夏だ。


 勿論、クーラーなんて便利な機械はこの世界にないので、来る夏に備えて必須だと思った。


 後はアイスなどのちょっとした料理を作る際に、あれば便利だなと思っていた。


 こちらは魔道コンロよりも少しお高い金貨十八枚。


 二つの魔道具で金貨三十三枚も吹き飛んでしまったが、フェルミ村で貯めていたお金や、ギルドでこなしていた依頼、クラウスの指名依頼、ルミアが素材を買い取ってくれたりしたのでまだお金は結構残っている。


 それに手元にはクルツの実だって残っているしな。


 まあ、お金がたくさんあってウハウハっていうほどではないが、生活基盤も大分整ってきたものだな。


 魔道具を買ってルンルン気分な俺は、ほどなくして拠点である猫の尻尾亭にたどり着いた。


 空は既に茜色に染まり始め、酒場と化したフロアでは既に魔道具の光が漏れていた。


 賑やかな乾杯の声や、楽しげな笑い声が上がっている。


 戻るべき場所に活気があるっていうのは中々にいいものだな。


「にゃー! シュウ、お帰りにゃ! 錬金術師の店はどうだったかにゃ?」


 フロアに足を踏み入れると、ミーアが早速今日の出来事を聞いてきたので、今日の出来事を話す。


「ちょっと待つにゃ! 思ったより長そうにゃから座って話すにゃ」


 このまま立ち話をするのも邪魔になりそうだったので、ミーアに促されて空いているカウンター席に座ることにした。そして、隣にミーアも腰を下ろす。


「ちなみにウエイトレスが座っても大丈夫なの?」


「今はまだ混んでにゃいから大丈夫にゃ! それにこうやってウエイトレスがお客と話すのもサービスのうちにゃ!」


 美味しい料理とお酒、さらに可愛らしい獣人がこうやって話をしてくれると嬉しいことこの上ないな。


「バンデルさん、俺とミーアにフルーツジュースください。料金は俺が払いますから」


「にゃにゃ! シュウ、太っ腹にゃ!」


「お店の情報をくれたお礼ってことで」


「シュウってば、いいオスにゃ~!」


 ウエイトレスを席に座らせている以上、何も用意しないというのは気が引けるしな。


 それにミーアの情報がなければルミアの店にも行かなかっただろうし。ほんの小さなお礼だ。


 程なくすると、バンデルさんがフルーツジュースを用意してくれて、俺とミーアはジュースで乾杯をする。


 爽やかな酸味と甘さの効いたジュース。ここのフルーツジュースは日替わりで果物を変えるために、毎日微妙に味が変わって面白い。


 今日はミックスジュースに、少し苺味が出ている興味深い味だ。


 冷気の出る冷蔵庫のような魔道具で冷やしてあるのか、とても冷たくて美味しい。


「にゃー! 仕事終わりのこの一杯がまた格別だにゃぁ!」


「いやいや、まだ仕事終わってないでしょ」


 おっさんのような飲みっぷりをしているミーアに思わず突っ込む。


 とはいえ、これがミーアの平常運転なのか、バンデルさんも他のウエイトレスも突っ込む様子はなかった。


「さぁ、錬金術師の店の話をするにゃ!」


 再び話を促すミーアに、俺は今日の出来事を話す。


 ミーアがおすすめしていた南の城門近くの錬金術師のポーションのこと。素材を買い叩かれそうになったこと。逆にミーアが微妙な反応をしていた西の錬金術師の方が店員も可愛くて、ポーションも良質、素材も適正な価格で買い取ってくれたことを。


「にゃにゃ! まさか、あそこの錬金術師がそんにゃことをしているとは思わなかったにゃ!」


「南のお店は最低だったけど、西のお店はよかったよ? 確かに品数は少ないけど、見習い錬金術師のルミアさんもすごく可愛いし、接客も丁寧だった」


「……可愛らしい見習い錬金術師?」


 ミーアが行った時は、違う人が接客したのだろうか?


 首を傾げるミーアに俺はルミアの容姿や接客の丁寧さを説明してあげる。


「アタシが前に行った時はそんにゃ人はいなかったのにゃ。出てきたのは気だるげな赤い髪をした人間の女だにゃ」


 もしかして、ルミアのお師匠さんとか?


 どちらにせよ出会ったことがないので俺にはわからない。


「最近、錬金術スキルを取得したって言っていたし、ルミアさんが弟子入りしたのも最近かもね。それで店の雰囲気が変わったのかもしれないな」


 ちょっと変わったところもあるけど、基本的に女子力の高いルミアだ。


 彼女が接客を担当すれば、店の評価が上がるのは当然だな。


「にゃるほどなぁ。シュウがそう言うなら、これから錬金術に用がある時は、西の店に行ってみるにゃ」


「うん、その方がいいと思う」


 錬金術師の話にキリが付くころには、多くの客が入っていた。


 ひっきりなしに注文の声が上がって、獣人のウエイトレスが料理やお酒を運びに回る。


「ねえ、そろそろ仕事に戻らなくて大丈夫なの?」


「しーっ! そういうことは言わないでいいにゃ。このまま、話をしていれば仕事をサボれて――」


「へー、サボるつもりなの? ミーア?」


「にゃにゃあ!? クロイ!?」


 ミーアが声を潜ませていると、突如として後ろから声がかかった。


 そこにいたのはミーアと同じ猫耳を生やした獣人の女性。


 可愛いくて小さなミーアと違って、長身の綺麗系の女性。


 ちなみに髪や耳、尻尾は黒いので黒猫系かと思われる。


「シュ、シュウ……」


 助けを求めるような視線を向けてくるミーア。


 クリッとした瞳を潤ませる様子は庇護欲をそそられるが、それに惑わされる俺ではない。


「話は終わったので、どうぞ連れていってください」


「話のわかるお客さんで助かるわ。ほら、ミーア働いて」


「にゃあー! シュウってば酷いにゃ!」


 クロイに連行されたミーアは悲壮な声を上げた。


 目の前にはクロイ、後ろにはバンデルさんがいる。


 二人を丸め込めるような話術も勇気も俺にはなかった。



 ◆




「サフィー師匠! すごい素材が手に入りましたよ!」


 光蟲の発光器官を抽出していると、ルミアが上機嫌で工房に入ってきた。


 顔を見なくても顔を緩めさせていることがわかる。


 さっき冒険者が素材を売りにきたと言っていたな。



 冒険者はロクな知識もなく、間違った採取法で使えない素材を納品してくる輩が多いが、今回の奴はそうでもなかったのだろう。


「そうか。それはよかったな」


 今は錬成具の作業中なのでルミアの素材談義に構っている暇はない。


 この光蟲は今までに見たものよりも、遥かに強い光を蓄えている。


 ずっと前に冒険者ギルドに依頼していたもので、納品されるまで忘れていたが、これほど上質な光蟲を捕獲してくるとはマシな冒険者がいるみたいだな。


 ギルドに問い合わせると名前は確かシュウだったか? こいつになら指名依頼を振ってもいいかもしれない。


 ランクはFと低いみたいだが、あたしとしては良い素材さえ持ってきてくれれば気にしない。


 この光蟲を使えば、並の光玉を遥かに凌駕するものができる。音蟲と組み合わせて強い光と音を組み合わせれば、魔物相手でも昏倒させることができそうだ。


 質のいい素材は可能性が広まるので最高だ。


「……あの、師匠。本当にすごい上質なクルツの実が手に入ったんですよ?」


「そうか。上質な素材ならルミアの腕でも高品質な中級ポーションが作れそうだな。試しにやってみるといい」


 ルミアの腕前ではまだまだ高品質のポーションを作ることはできない。が、上質な素材を使うことで補うことができる。


 普通の品質の素材を使うことと、高品質の素材を使う感触はまた違う。


 自分で鑑定して買い取った素材なので、本人にやらせてみるのが一番だろう。


「本当に私が使ってもいいんですか!? このクルツの実、金貨十一枚で買い取りましたが……」


「ちょっと待て! クルツの実であれば上質なものでも精々が銀貨五枚だろう!? 一体どうしたらそんな値段に――」


 相場の十倍以上の値段を出して素材を買い取ったという弟子の暴挙に、さすがにあたしも作業を止めざるを得ない。


 ルミアには鑑定スキルこそないが、素材を見極める眼力はある。そう信じていたからこそ、素材の買い取りを任せたというのだが、これは再教育が必要か?


 手早く光蟲の発光器官を取り出し、ルミアの方に視線をやると人間の顔ほど膨らんだクルツの実が目に入った。


「……なんという大きさだ」


「ですよね! クルツの実はたくさん見てきましたけど、これほど膨らんだものは初めてみました!」


 あたしも錬金術師としてそれなりにやってきたが、これほど大きく膨らんだものは宮廷魔法使いに頼んだ時以来――いや、その時のものよりもこれは大きい。


 しかも、それが二つもあるときたものだから驚く他しかない。


 ルミアが金貨十一枚で買い取ったというのも納得できる代物だ。


「冒険者が持ち込んできたと言ったな? そいつの名前はなんという?」


 これほどの魔力を注ぎ込んだ者だ。さぞかし有名な冒険者に違いない。


「シュウさんです」


 シュウ? 聞き覚えがある名だ。


 具体的には光蟲の納品依頼をこなした冒険者もそんな名前だった。


 だが、そいつの冒険者ランクはF。冒険者の中でも最底辺だ。そんな男がクルツの実にこれほどのまでの魔力を注ぐことができるのか?


「ふむ、指名依頼でも出して呼びつけることにするか」


 シュウという名前の冒険者には、ちょうど指名依頼を任せようと思っていたところだ。呼びつけて、クルツの実を持ってきた奴と同一人物か確かめるのが手っ取り早い。


 そろそろ、ルミアにも採取の経験を積ませておきたいと思っていたしな。


「それじゃあ、私はこれを使って中級ポーションを作りますね」


「いいや、それはルミアには過ぎた代物だ。あたしが使うから、素材採取の本を読んで勉強しておけ」


 クルツの実を取り上げて代わりに本を渡すと、ルミアはそこはかとなく不満そうにした。


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