第33話 良い錬金術の店
店内の端っこにある椅子に座って待っていると、ルミアがティーセットを持ってきてくれた。
「紅茶とクッキーです」
「わざわざご丁寧にありがとうございます」
紅茶だけでなくクッキーまでつけてくれるとは。新しいお客だけあって歓迎しているのか、それとも応対が見習いである申し訳なさからくるものか。
どちらか知らないが、クッキーまで付いてくるのは嬉しい。
まずは、目の前に差し出された紅茶を飲む。
上品な茶葉の香りが口の中で一気に広がった。癖もないのでとても飲みやすいな。
紅茶で喉を軽く潤すと、次は小皿に盛り付けられているクッキーだ。
バターと砂糖の香りがするそれをつまんで口の中に入れる。
サクサクとした食感と共に広がる、まろやかなバターの味と程よい甘さ。
クッキーは失敗すると、ぼそっとした仕上がりになったり、割れてしまったりするのだが一切そのようなものはない。
甘すぎることもないので、いくらでも食べられるほどだ。
「このクッキーすごく美味しいですね! どこのお店で売っているんですか?」
こんな美味しいクッキーがあるなら、是非とも買い込んで冒険のお供にしたい。
「え、えっと、それは私が作ったものなので、お店で売っているものでは……」
「ルミアさんが作ったんですか!? すごいですね。お菓子作りが好きなんですか?」
可愛い上に性格も良くてお菓子作りもできるとか女子力が高い。
「はい、ちょっとずつ材料を変えながら作っていくのが錬金術みたいで楽しくて」
照れくさそうにしながらそう答えるルミア。
……なんか想像の斜め上をいく理由でお菓子を作っていた。
まあ、理由はどうであれお菓子作りが得意なことには変わりはないけど。
紅茶を飲むとクッキーの甘さが中和されて、これまた美味しい。
イスの傍は大きなガラス張りになっており、外から気持ちのいい日差しが差し込む。
こうして紅茶を飲みながらクッキーを摘まんでいると、まるで隠れた喫茶店でくつろいでいるような気分になる。
「それでは、シュウさん。素材を見せてもらってもいいですか?」
「あっ、そうですね。紅茶とクッキーが美味しくてすっかり忘れていました」
当初の目的を思い出した俺は、マジックバッグの中から素材を取り出す。
「こちらのヤマドコロとクルツの実を買い取ってもらいたくて」
テーブルの上に差し出したのは、ヤマドコロ二つと最高品質のクルツの実が二つ。
どちらも錬金術師ならば高く買い取ってくれるとクラウスの言っていたものだ。
「……っ!? 拝見させてもらいますね!」
ルミアはおずおずとそう言いながら、二つの素材を確認していく。
ちなみに一気に素材を出さないのは、自分が所持しておく分の素材を確保しておきたいのが大きな理由だ。いくら高値で売れようとも、収集癖のある俺としては譲れない。
後、いざとなった時にクラウスに買い取ってもらうという、資産的な役割でもある。
素材を眺めるルミアの顔はとても真剣だ。これがルミアの錬金術師としての顔なのだろう。
ヤマドコロは、さっきのお店では採取方法が間違っていると言われて買い叩かれそうになった。ルミアはそんなことをしたりしないと信じたい。
紅茶を飲みながら鑑定結果を待っていると、ルミアがゆっくりと素材をテーブルに置いた。
「どうでしょう?」
「す、すごいですよシュウさん! 採取するのが難しいヤマドコロを持ってきたのだけでもすごいのに、採取方法まで完璧だなんて! 傷一つついていないですし、ちゃんと細かい毛も全部抜いていて……この処理ができているか、いないかでアイテムを作る上での品質がすごく変わっちゃうんですよ!」
「そうみたいなので採取にはとても気を遣いましたね」
先程は採取の仕方が間違っているせいで、素材がダメになっている。なんて言われたせいか、ルミアの称賛がとてもむず痒い。
まさか、ここまで褒められるとは思っていなかった。
真剣に素材を採取してきた身としては嬉しい限りである。
「それに見てください、このクルツの実。こんなに魔力が込められて膨れ上がったものは見たことがありません! クルツの実は中級ポーションの材料なんですが、これだけ質のいいものを使えば上級ポーション並の品質のものができるかもしれないです!」
「そ、そうなのですね。ルミアさんに喜んでもらえて嬉しいです」
「はっ、すいません。いい素材を見たせいか、つい興奮してしまって」
俺が驚いていることに気付いたのか、ルミアがハッと我に返って居住まいを正した。
錬金術のことになると熱くなってしまうところがあるらしい。
ルミアの違う一面が見られたようで微笑ましく思える。
「素材ですが、いくらで買い取ってくれますか?」
肝心な値段について、率直に俺は尋ねる。
ヤマドコロはランクにして赤。つまり、最低でも銀貨数枚の価値はあるはずだ。
クルツの実に関しては橙。クラウスは金貨十枚で買い取ってくれた。
それと同じくらいになる値段を期待してもいいのだろうか。
「ヤマドコロは一つ銀貨六枚。クルツの実はこれだけの質になると、自信はありませんが金貨十一枚でいかがでしょう?」
おお、すごい。クラウスよりも金貨一枚も上乗せの値段を掲示された。
「はい、そちらで構いません。南の城門近くの店は、ヤマドコロを銅貨三枚で買いたたかれそうになったので、ちゃんとした値段になっていて安心しました」
「……こんなに完璧な素材を買い叩こうとするなんて……っ! あの人はまだそんなことをしているのですね。同業者として恥ずかしいです」
比較的穏やかなルミアが酷く呆れてしまっている。
彼女の口ぶりから、彼の行いは常習犯のようだ。
錬金術師の名を貶めるような彼の行為を、彼女もあまり好ましく思っていないみたいだな。
俺もきちんといい物を採取して、依頼主に届けようと誇りを持っているので、粗雑に素材を採取して、高く売りつけようとする冒険者を見ると好ましく思えないので気持ちはちょっとだけわかる。
その行動が周りに回って関係のない人の評価まで下がってしまうことがあるからな。
「では、お金をご用意しますね」
どこにでも同じような人はいるものだと思っていると、ルミアが立ち上がって奥の部屋に。
そして、すぐにお金の入った皮袋を持って戻ってきた。
「クルツの実二つで金貨二十二枚とヤマドコロが二つで銀貨十二枚です」
ルミアが丁寧にテーブルに貨幣を積み上げて数え、俺も確かめるように数える。
「はい、問題ありません」
そう言うと、ルミアがお金を皮袋に入れて差し出してくれたので受け取り、彼女は素材を手にする。
「ありがとうございます、シュウさんのお陰でいい物が作れそうです!」
「俺もルミアさんに喜んでもらえてとても嬉しいです」
素材を受け取って満足してもらえる。素材を採取したものとして、嬉しいことこの上ないな。
前世では、こういう素材のやり取りはすごく事務的なものが多かったのでなおさらだ。
「え、えっと、その……」
しばらくの間、満足感に浸っているとルミアがソワソワとしながら、クルツの実を見ているのがわかった。
「あー、早く処理をしないとクルツの実は劣化しますからね、それじゃあ、俺はここで失礼しますね」
「ごめんなさい! 気を遣わせてしまって!」
申し訳なさそうに頭を下げるルミア。
そうだよね。さっさと帰れと言ってくるクラウスがおかしくて、これが普通の反応だよね。
もたもたしていてはせっかくの素材がダメになってしまう。それは俺の望むものではない。
本当はポーションを買いたかったけど、師匠とやらも忙しいみたいだし今度にしよう。俺は立ち上がって、店を出る。
「ありがとうございました! クッキーを作って待っているので、また来てくださいね!」
同じ錬金術師の店なのに、こうも違うとはな。
俺は先程とは違って、確かな満足感を抱きながら帰路についた。
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【あとがき】
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