第32話 見習い錬金術師

 大きくて品揃えのいい店なので好感度も高かったのだが、品質の悪いものを混ぜ込んでおり、嘘を言って素材を買い叩く錬金術師がいたので評価は最悪だ。


 俺の中であの錬金術師の店は二度と行きたくない店になった。


 ミーアには、信用できる店ではないと素直に伝えることにしよう。


 さて、期待していた錬金術師の店がダメだとわかった。


 あと知っているのは西の方にあるという錬金術師の店。


 ミーアによるとこじんまりとした感じで、お世辞にも品揃えはいいと言えず、接客も不愛想だと言っていた。


 正直、期待できる要素が何一つないのだが、先程の店のようなこともある。


 他に知っている錬金術師の店もないし、きちんと覗いてみることにしよう。


 そう思って、俺はミーアの教えてくれた言葉を思い出して西へ。


「えーと、確かこの辺だったよな?」


 周囲を見渡すと、民家ばかりだ。


 宿屋や冒険者ギルドの前にある通りとは比べるまでもなく狭く、人通りも穏やか。


 庭で衣服を干すご婦人や、追いかけっこをしている子供たちの姿が見える。


 ここは中心地と違って、住宅地が広がるエリアのようだ。


 ぐるぐると歩き回っていれば看板が見えてわかると言っていたが、中々それらしきものは見当たらない。


 わかりやすい目印のようなものがあれば、すぐにわかるのだが住宅街ではなぁ……。


 ずっと通りを歩き回っているせいか、ご婦人の視線が痛い。


 思いっきり不審者だと思われていそうだ。


「あのぉ……」


「違うんです! 俺は不審者じゃなくて、ただ錬金術師の店を探しているだけで!」


 声をかけられたので弁明をするべく振り返る。


 綿毛のような柔らかな長い金髪と、大きな青い瞳が特徴的な十五歳くらいの少女。


 肌はとてもきめ細やかでシルクのよう。


 整った顔立ちと気遣うような眼差しが、少女の清楚で柔和な印象を抱かせた。


 白のブラウスに水色のリボン。紺色のスカートといった色合いは、少女の美しい金髪をとても映えさせる。


 どこにでもありそうな住宅街にいるとは思えない、際立った美しさに目を奪われた。


「錬金術師の店をお探しなんですか?」


 目の前の少女の問いかけの言葉にハッと我に返る。


 精神年齢では俺の方が遥かに上なんだ。高校生くらいの女の子を見て、呆けてしまうなんてちょっとダサいぞ。


 ボヤッとした思考を打ち切って、俺は少し冷静になる。


「はい、素材を買い取ってもらうために探していまして。知り合いには、この辺にあると言われたのですが……」


「あー、初めての方にはわかりづらいですからね」


「どこにあるか知っているんですか?」


「はい、私が案内しますよ。この辺りにある錬金術師の店はうちしかありませんので」


「おお、それは助かります――って、うち?」


 少女の引っかかる言葉に思わず首を傾げる。


「私、ルミアっていいます。まだ見習いの錬金術師なんですけど、店で働かせてもらっているんです」


 見習いであることを少しだけ恥ずかしがるような笑みを浮かべるルミア。


「なるほど! 俺は冒険者のシュウといいます。それでは案内をお願いします」


「はい、任せてください!」


 早速案内を頼むと、ルミアは嬉しそうに笑った。


 たとえ、店の品物が微妙でも、こんな可愛い子がいるとなれば通い詰めることもやぶさかではないな。




 ■





「錬金術師というのは、どうすればなれるものなのですか?」


 ルミアの店に向かう道すがら。何も会話しないというのも気まずいので、ちょっとした疑問を尋ねてみる。


 錬金術師という職業はどのようなものなのだろう? ポーションや、何かしらの道具を作ることができたら誰でも錬金術師を名乗ることができるのだろうか。


「まず、錬金術師になるには錬金術というスキルを習得する必要があります」


「錬金術のスキルがないと、ポーションなどは作れないのですか?」


「物によっては作ることはできますが、とても時間がかかりますし実際に収入を得られるほどの生産力までは……」


 スキルの力がなければ、とても生活をするほど物を作ることができないというわけか。


 俺も調査や鑑定というスキルを持っているので、スキルの便利さはわかる。あれがあるのとないのとでは、採取の効率もまるで違うからな。


「見習い錬金術師ということは、ルミアさんも錬金術のスキルを?」


「はい。とはいっても、習得できたのは最近なのですが……」


 スキルというのは先天的に所持する以外では、努力によって後天的に取得することもあるとラビスから聞いたことがある。


 ルミアさんは相当な努力を重ねた果てに獲得したみたいだ。


 転移させられたとはいえ、苦労をすることなく神様からスキルを貰った自分にちょっと罪悪感を抱いてしまった。


 それを誤魔化すようにスキルの取得を祝福すると、ルミアは嬉しそうに笑った。


「でも、錬金術のスキルを取得できたのであれば、プロなのでは?」


「私はまだ錬金術師の国家試験を突破していないので、錬金術師と名乗ることはできないんです」


 どうやら錬金術師と名乗るには、国家試験を突破して正式に国から認められる必要があるらしい。


 想像以上にしっかりとした仕組みがあり、大変そうな道のりだ。


 前世の公務員試験のように、錬金術師という職業はかなりのエリート職なのかもしれないな。


 さっきの錬金術師の男も国家試験に突破できたって考えると、微妙な気持ちになるが。


「あっ、着きました。ここが私がお手伝いをしているお店です」


 そんな風に錬金術師についての会話をしていると、ルミアの働いているというお店に着いた。


 そのお店は閑静な住宅地に紛れるように存在していた。


 他の民家よりも少しだけ大きいという程度。突出しているわけでもないので、道にひょっこりと出ている立て看板を見逃してしまえば通り過ぎてしまいそうだ。


「どうぞ」


 ルミアが扉を開けて、俺もその後に続く。


 店内は広くないが木製の壁に床と落ち着く雰囲気だ。


 カウンター棚にはポーション類が規則正しく並んでおり、上からは女性用の淡い水色の下着が吊るされて……。


「え? 下着?」


 俺が呆けた声を上げた瞬間、傍にいたルミアが目にも止まらない速さで、それを回収した。


「あ、あははは、すいません。少しお待ちくださいね」


 ルミアは顔を赤くして不器用な笑みを浮かべると、すぐに奥の部屋に消えた。


「もう、サフィーさん! 洗濯物を店の中で干すのは止めてくださいって言ってるじゃないですかぁ!」


「別にいいではないか、どうせ客など来ないだろう?」


「素材を売りに新しいお客がきてるんですよ! それも男の人!」


 一応、扉は閉まっているが防音性が良くないのか、ルミアが興奮しているからか会話がちらほらと聞こえてくる。


 どうやら奥にいる師匠とやらが、店内に洗濯物を干した犯人らしい。


 あれだけお淑やかなルミアが、声を大きくしてしまうのも納得だな。


「よりによって、どうして私の下着を――」


 あの水色の下着はルミアのものだったのか。


 自然と脳裏にそれを纏ったルミアを想像してしまう。


 出会ったばかりの人の下着を見てしまったとか気まずいな。


 あまり盗み聞きするのは良くないので、時折聞こえてくる会話をスルーして店内の観察に勤しむ。


 棚には瓶詰めされた不思議な素材や、なにかもわからない道具類が置かれている。


 この丸いボールは何に使うのだろうか? 気になるが迂闊に触るとどうなるかわからないので触れないことにする。


 確かにさっきのお店より品数は少ないかもしれないが、十分に商品はある。


 試しにポーションを鑑定してみると、全て高品質と表示されていた。


 うん、少なくてもさっきのお店よりは信用できそうだな。


「すいません、師匠は少し手が離せないみたいで。私が素材の鑑定をしてもいいでしょうか?」


 ルミアの瞳を見ると、「見習いですけど」といった申し訳なさそうな色が見えた。


 たとえ見習いでもルミアはしっかりと錬金術を学んでいるし、人柄も優しくて信用できる。


「大丈夫ですよ」


「ありがとうございます! お茶をご用意しますので、そこの席でお待ちください」


 そう返事すると、ルミアはホッと安心したような笑みを浮かべてお茶の用意に向かった。


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