第31話 素材の売り込み

 指名依頼の終わった翌日。


 食堂で朝食を食べ終えた俺は、クラウスの助言通りに錬金術師のところを訪れようと考えていた。


 クラウスからクルツの実を買い取ってもらえたことや指名依頼をこなしたことで懐に余裕は十分にある。


 そのため魔道具を買おうかと思っているのだが、どれだけの値段がするかわからないので手持ちは多いに越したことはない。


 しかし、肝心の錬金術師のいるお店がわからない。


 クラウスも助言してくれるならオススメの錬金術師の店を教えてくれてもよかったのに。


 この街に来て間もない俺はまだ地理に疎いので、素直に尋ねることにしよう。


 ちょうどミーアがお皿を回収しに、こっちに来てくれたし。


「ねえ、ミーア。この街には錬金術師の店があるよね?」


「あるにゃ。アタシが行ったことがあるのは南の城門近くのところと西のほうにゃ」


「なるほど。どっちがいい感じ?」


「南の方が店も大きくて品揃えもいい感じで、西の方は小さくて対応がぶっきら棒だったにゃー。腕前に関してはアタシは素人だから、違いはわからないにゃー」


 そう言われると、南の城門近くの店がよさそうだな。


「わかった。ありがとう。ちょっと用があるから行ってみるよ」


「にゃー! 素材を見極める目のあるシュウなら、腕前も見抜けると思うにゃ。帰ったらどっちがいいか教えて欲しいにゃ!」


「ああ、任せてくれ」


 情報をくれたのでそれくらいはお安い御用だ。


 俺は錬金術師じゃないけど、鑑定スキルがあるから品質を見抜くことはできるからな。


 席を立った俺は、ミーアに詳しい道のりを聞いて錬金術師の店に向かった。




 ◆




「ここが錬金術師の店か……」


 ミーアに言われた通りにやってくると、錬金術師の店らしきものが見えた。


 二階建ての大型店で、自分が想像していたよりもずっと大きい。


 錬金術師の店って言うから、クラウスの薬屋のようなこぢんまりとしたイメージのようなのだが全然違うな。


 大通りではないが、人の出入りの多い南の城門近く。


 ここに店を構えられるということは、中々の人気店なのだろう。


 ミーアによると品揃えはいいみたいなので、期待して店の中に入る。


 もっとも目立つように並べられているのは、傷を癒す効果のあるポーションだ。


 青色の液体の入った瓶が棚にずらりと並べられている。


 店内は広々としている上に清潔。ポーションなどの医療品もあるので、その辺りは気を付けているのだろう。


 客層はポーションを使うことの多い冒険者。


 いかつい身体をした戦士や魔法使いがウンウンと唸りながらポーションを眺めている。


 値段を見てみると、下級ポーション一本で金貨六枚と書かれてある。


 おお、高い。でも、飲むだけで傷が瞬時に治る魔法の薬だ。


 前世のような医療技術が発達していないので、これくらいの値段がするのは当然なのだろう。


「どうする? ポーション買っとくか?」


「今の俺たちの貯金じゃ金貨六枚はキツイぜ?」


「でも、ポーションのお陰で命拾いした話もよく聞くし」


 薬一つで金貨六枚は痛い出費だな。冒険者たちが真剣な表情で吟味するのもわかる。


 そもそも下級ポーションはどの程度の傷を治すことができるのだろう?



【下級ポーション 品質 普通】

 このポーションでは切り傷や擦り傷、打撲などを瞬時に治すことができる。深い傷や骨折などの完全治療はできないが、鎮痛作用と止血効果はある。



 鑑定してみると、ポーションの効果が表示される。


 具体的にどの程度の傷の深さまでなら完全に治せるのかがわからないが、とにかく軽傷であれば瞬時に治すことができ、重傷を負った際は鎮痛や止血作用もあるのか。


 魔物との戦闘中であれば、少しの怪我による痛みが動きを阻害することもあるだろう。


 パフォーマンスの低下によるリスクを避け、命の危機すら救うことのできるポーションは所持しているだけで心強い。


 俺も素材採取をしに魔物のいる森に出ている身だ。いざという時のためにポーションを持っておいた方がいいな。


 素材を売りにきただけのつもりだったが、ポーションも買っておこうかな。



【下級ポーション 品質 やや悪い】

 長期間の保管と、水の配合により劣化したポーション。一般的なポーションよりも効き目が薄いので要注意。



「ん? 品質が違う?」


 ポーションを眺めていると、品質の少し悪いものがシレッと混ざっていることに気付いた。


 それも一つや二つではなく複数。


 ……これは明らかに意図的に混ぜているよな?


「お客様、どうなさいましたか?」


 俺が首を傾げていると、ローブを纏った錬金術師らしき男が声をかけてきた。


 物腰は柔らかいが、人を値踏みするような目をしている。


 なんだか嫌な目だ。


「いえ、ポーションの値段に驚いてしまって。やはり、効果が素晴らしいだけあって、相応のお値段がするのですね」


 さすがにたくさんの客がいる中で、品質にケチをつけるようなことは言い難いので誤魔化す。


「ええ、我々も多くの人を救えるように努力しているのですが、素材の費用などを考えると、この辺りが限界で……」


 多くでも救えるように努力しながら品質の悪いものを混ぜているのか。なんて皮肉が出そうになるが言葉は呑み込む。


「ポーションを買うには手持ちが足りないので購入は日を改めようと思いますが、売りたい素材があるので見て頂けないでしょうか?」


「ほう! では、奥で拝見いたしましょう」


 手持ちが足りないと言った瞬間に、一気に視線が冷たくなったが、素材を持ち込みにきたと言うと、すぐに笑顔になった。


 わかりやすい手の平返しである。


 錬金術師の男に案内されて、俺は店の奥の部屋に案内される。


 赤いカーペットが敷かれており、ソファーもフカフカ。壺や絵画の調度品もたくさん置かれている。


「こちらが買い取ってもらいたいと考えているヤマドコロです。冒険者ギルドよりも、錬金術師のお店の方が高く買い取ってくれると聞いたもので」


 品質の悪いポーションを混ぜる錬金術師であるが、素材の買い取りはどうなのか。


 あまり印象が良くないので売りたくはないが、ミーアとの約束で錬金術師の店を比べると言ったのだ。素材の買い取り面を確かめさせてもらおう。


「ヤマドコロは肉体能力を向上させるポーションに使われる材料。錬金術師にとっても必要な素材なので間違いではないですね」


 おお、クラウスの情報はやはり本当みたいだな。


「ですが、それは正しい採取方法をされていた場合です。見たところ、このヤマドコロは間違った処理のせいで素材が劣化しています」


「……え?」


「ヤマドコロには細い毛が生えていますよね? あれを抜いてしまうと素材の成分が抜けてしまい劣化が速くなるのです。したがって、この品質になると買い取り額は銅貨三枚程度でしょうか」


【ヤマドコロ】

 根に生えている細い毛を抜くことで、薬効成分の流出を防ぎ、質の高い薬やポーションを作ることができる。


 ヤマドコロの採取方法を欲して改めて鑑定すると、錬金術師の言葉と正反対だった。


 クラウスやその父さんが嘘の情報を図鑑にするはずもないし、神様より与えられた鑑定先生が嘘をつくはずがない。


 ほー、素材を安く買い叩くためにそんな嘘までついちゃうんだ。


 質の悪いポーションを混ぜる程度であれば、お店の経営なので口を出さないが、自分が頑張って採取してきた素材を否定されるのは我慢ならない。


「そうですか。では、買い取って頂かなくても結構です。他の店に持ち込むことにします」


「ちょ、ちょっと待ってくださ――」


 ヤマドコロをマジックバッグに収納して部屋を出ていくと、後ろでは錬金術師の焦った声が聞こえてくる。


 しかし、俺はそれに取り合うことなく、店を出て行った。




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