第30話 指名依頼完了

 依頼された素材を全て採取した俺は、素材を納品するためにクラウスの家に戻ってきた。


「すいません、依頼を受けた冒険者のシュウです」


「何だ? 素材についてわからないことでもあったのか?」


 ノックをすると、今度は手が空いていたのかクラウスがスムーズに出てきた。


「いえ、素材を採ってきたので納品しようと思いまして」


「なに? 全部か?」


「はい、ヤマドコロが三個にキキョウが七本、クルツの実が十個ですよね?」


「……ひとまず、確かめてやるから中に入れ」


 マジックバッグから取り出して素材を一個ずつ見せると、クラウスは難しい顔をしながら奥の部屋に歩いていった。


 相変わらずの勝手についてこいというスタンスなので、黙ってそれに従う。


 打ち合わせ部屋に入ると俺とクラウスはソファーに腰かける。


「本来ならば茶くらい出してやるところだが、クルツの実は時間が経過するごとに劣化するから省くぞ。とりあえず、先にクルツの実を出せ」


「クルツの実ならマジックバッグの中に入れているので、時間経過で劣化することはありませんよ」


「お前の持っているそれがマジックバッグだと?」


 クラウスが疑いの視線を向けてくるので、俺はマジックバッグの大きさでは収まらないような樽を出してみせる。


 すると、クラウスは呆然とした表情でそれを見つめていた。


 普通のショルダーバッグに樽など入るわけがないので、これで信じてもらえただろう。


 しばらくすると、クラウスは我に返って咳ばらい。


「どうしてそれを持っているのかは聞かないが、それはお前が思っている以上に貴重なものだ。不用意にそれを見せびらかさない方がいい。よからぬ方法で奪おうとする輩が出てくる」


 鋭い眼差しを向けながら忠告をしてくるクラウス。


 神様の贈り物ということであまり気にしていなかったが、これは俺が思っている以上に貴重なものらしい。


 そうだよな。この世界でしばらく生活をしていたが、マジックバッグを持っている人とは出会ったことがない。



【マジックバッグ】

 物を入れることのできるバッグ。中では時間が停止しているので採取した素材などが劣化することはない。しかし、人間や生き物を収納することはできない。

 最高位の魔法使いと錬金術師が時間をかけて作るために、非常に高額。あまり世間に出回っていない。一部の大商人や高位の貴族、王族などが所持している。



 お、おお、情報を求めて改めて鑑定してみると、思っていた以上に貴重であることがわかった。


 確かにこんなものをFランク冒険者が持っていたら、怪しまれるのも無理はない。


 マジックバッグの便利さは使用している俺がわかっている。


 クラウスの言う通り、信用できる人以外には見せないようにした方が良さそうだ。


「忠告ありがとうございます。今後は気を付けます」


「ああ、そうするといい。まあ、俺としては今後も遠慮なくクルツの実の採取を頼めるわけだが、継続的に依頼するかは素材の品質次第だな」


 クラウスがそう言って素材を見せろと言ってくるので、俺はマジックバッグからヤマドコロ、三枚花のキキョウ、クルツの実をテーブルに並べる。


 ちなみにクルツの実は、依頼から外れないように赤色品質のものだ。


「まさか、一日で全て採取してくるとは。もしかして、最初から所持していて……いや、あの無知振り演技では無理だな」


 なんだか酷く失礼なことを言われている気がするが、大事な依頼人でもあるので黙っておく。


 クラウスは手袋をつけると、素材のひとつひとつを持ち上げて様々な角度から確認する。


「……驚いたな。どれも採取の仕方が完璧だ。冒険者ギルドの職員がしつこく勧めてきたので試してやろうと思っていたが想像以上だ。素材を採取してくる速さ、正確な採取方法によって守られた品質……どうやら君の腕は本物のようだな」


 今まで偉そうにしていたクラウスが、とても柔らかい表情でそう褒めてくれた。


 クラウスの振る舞いを知っているからこそ、こうして認めてもらえたことがすごく嬉しい。


「ありがとうございます。でも、今回スムーズに素材を採取することができたのは、クラウスさんが見せてくれた図鑑のお陰ですよ」


「そ、そうか! あれは俺と父上が長年かけて纏めた資料だからな。役に立つのは当然だ」


 お、おお? なんかクラウスが嬉しそうにしている。こんな無邪気な表情は初めてだ。


 彼の中で父親と纏めた図鑑はとても大事で、それを褒められたことが嬉しかったのだろう。


「おっと、あまり長話をしていてはクルツの実が劣化してしまうな」


 長々と図鑑について語っていたクラウスだが、ふと我に返る。


 あまり長々と喋れる状態でもないので、気になることは今聞いておいた方が良さそうだ。


「あっ、クルツの実でお聞きしたいことがあるんですけど、これよりも品質が上のものでも受け取ってもらえるんですか?」


「なに? これよりも品質が上だと? 出してみろ」


 クラウスにそう言われて、俺は最高品質となっているクルツの実を取り出す。


「なっ、デカい!?」


 先ほど見せた赤ランクのクルツの実は、精々ソフトボールぐらい。


 しかし、今出した最高品質のものはバスケットボールくらいの大きさがある。


「クルツの実にこれほどの魔力を込めることができるとは、一体お前はどれだけ魔力を保有しているのだ」


「ま、まあ、魔力は多い方なので……」


 クルツの実を魔力で膨らませることが、どれだけ魔力的に負担なのか。俺にはそれがわからないので曖昧に返事するしかない。


「これほど膨らんだクルツの実は見たことがない。これを薬に使えば、どれほどの効果が出るのか……」


 大きなクルツの実を観察して唸り声を上げるクラウス。


 やはり、鑑定先生が教えてくれたように価値が大きく上がっているらしい。


「こちらのクルツの実は価値が大きく異なるみたいですね」


「ああ、さっきのものとは比べ物にならない。この実、ひとつで金貨十枚は吹き飛ぶ」


 まさかこの実一つで指名依頼の報酬を軽く超えてしまうとは。今までの素材の中で一番の値段だ。


 念のために依頼からはみ出さないように、赤色ランクのものを採取していてよかった。


「じゃあ、こちらのクルツの実は下げておきますね」


「待て! 依頼とは別に金貨十枚で買い取らせてくれ!」


 指名依頼とはまったく別のルートになるが、別に個人での売買をギルドが禁止するようなルールはなかった。


「いいですよ。いくつ買います?」


「複数あるのか!?」


「はい、十個ほど!」


「ぐぬぬぬ、さすがに金貨百枚も持ってないぞ……っ!」


 お金があれば全部買い取る気だったのか。


「どうします?」


「三個だ! その大きさのクルツの実を三個くれ!」


 俺が尋ねると、クラウスは葛藤の果てに答えを出した。


 どうやら金貨三十枚がすぐに使っても問題ない額らしい。これだけの額をポンと出せるなんて、薬屋って意外と儲かるのだろうか。


 大きなクルツの実を差し出すと、クラウスが奥の部屋に引っ込んで革袋を持ってくる。


「追加で買い取るクルツの実と依頼報酬を合わせた金額がここに入っている」


 早速、その中を確かめると、金貨三十四枚がきちんと入っていた。


「確認しました。では、こちらに依頼達成のサインをお願いします」


「ああ」


 依頼人であるクラウスが依頼書にサインすれば依頼は完了だ。


 後は帰り道に俺がギルドによって依頼書を渡せばいい。


 今日のお仕事は終わったようなものだ。


「また欲しい素材があれば依頼する。俺はクルツの実の処理をするからお前は帰れ」


 クラウスはクルツの実を抱えると、スッパリと言い放つ。


 依頼に満足してもらっても、この物言いは変わらないらしい。


 単にFランク冒険者を認めていないとかじゃなく、これが素の性格なようだ。


「ああ、これは助言だが素材によっては冒険者ギルドに持ち込むよりも、錬金術師のところに持ち込んだ方が高く売れるぞ。クルツの実やヤマドコロなどがそうだな」


 クラウスは思い出したかのように言い放つと、奥の部屋に消えていった。


 きっとクルツの実の処理をしにいったのだろう。


 偉そうな物言いをするが悪い人ではないんだよなぁ。


 クラウスの不思議な優しさに俺はクスリと笑った。






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