第28話 ヤマドコロ掘り
三枚花のキキョウを無事に採取することができた俺は、次なる依頼品であるヤマドコロを採取するべく湖にやってきた。
その湖は木々に囲まれる中にひっそりと存在しており、まるで隠れた休憩地のよう。
透き通った水を求めて、森の住人であるシカや白鳥が集まって喉を潤していた。
東の森にこんな穏やかな水辺があるとは知らなかったな。
ヤマドコロを採取することができたら、ここで昼食をとることにしよう。
ちょっとした楽しみを胸に抱きながら、俺はヤマドコロを探すことにする。
確か水っ気の多い土のところに自生していて、この湖の傍にあると書いてあったな。
「調査」
きちんと地面の中にも浸透させるように。まるで地面に水が染み込むかのようなイメージで調査を意識して発動。
すると、地上だけでなく地中の中の素材も表示された。
湖の岸辺の地中に赤色の素材がいくつか見える。同じように範囲内の地中に赤色の素材が点々と表示されている。
それ以外に地中で表示されているのは、紫色の魔物か動物の骨らしき素材だ。
ということは、今地中で表示されている赤色の素材がヤマドコロとみていいだろう。
魔石による調査で周囲に魔物がいないことを確認してから、素材の表示されているところへ近づく。
大体深さは二十センチだな。そこに十五センチくらいの素材が三つほど埋まっている。
「ここを掘ろう」
マジックバッグから街で買っておいたスコップを取り出して、地面を掘っていく。
湖の岸辺とあってか水分を多く含んでいるので、スコップがサクサクと突き刺さる。
そのままザックザックと掘り進める。
普通なら地中の様子は見えないが、俺には調査スキルがあるので地中だろうとお構いなしに赤の輪郭を纏った素材が見える。
だから、手探りで掘っていく必要はなく、素材のあるところまで一直線だ。
そうやって掘り進めていくと、やがて素材が地中に見え始めた。
茶色い土の中から姿を現した白い素材。
【ヤマドコロ】
水っ気の多い地中を好む根類。川の傍や湖の傍の地中に生えていることが多い。
食べることはできるがあまり美味しくはない。しかし、薬効が高く、薬の素材として使われている。
主に発汗、鎮咳、利水の効能があり、発熱、頭痛、喘息などにも効く。
血液や魔力の循環を助ける働きがあり、一時的に肉体能力を向上させることができる。
間違いなく、これがヤマドコロだったようだ。
にしても、薬効があるのはわかっていたが、肉体能力を向上させる効果まであるなんてすごいな。
道理で素材のランクが赤なわけだ。
本来であれば、素材が見えたことでガツガツと掘り進めるわけだが、クラウスの注文では絶対に傷をつけないようにと言われている。
だから、適当なところで折って採取するような方法は絶対にダメだし、スコップで掠り傷ひとつつけることも許されないのだ。
というわけで、普通に採取するよりも広い範囲をスコップで掘って、最後は手で優しく掘ってやる必要があるのだ。
ザックザックとヤマドコロだけを残して土を掘る。
なんだか昔にやった芋掘りみたいで楽しい。
クラウスは面倒な注文をつけていないかと心配していたようが、俺からすれば今日の依頼は昔を想起させる懐かしいものといった感覚だ。
大人になったら土をいじることなんて滅多にないからな。こうやって夢中になって土を触っていると童心に返ったような気分。
ヤマドコロを中心にしっかりと掘ることができたら、傷をつけないように手でゆっくりと土を除去。
皮一つ剥かないように慎重に掘り進めると、ヤマドコロがぐらついた。
今なら手で引っこ抜けそう。そう思うかもしれないが、それが罠だ。
ヤマドコロは根が途中で分かれていて、フォークのようになっている。
つまり、思った以上にガッチリと地中に刺さっているのだ。
最後の最後で楽をしようとして台無しにしてしまっては意味がない。
労は惜しまず、素材を愛しむように手で土を避けていくのだ。
そうやって少量の土を慎重にかき出していくと、ついにヤマドコロがすっぽりと抜けた。
「やった! ようやくヤマドコロを採取できた!」
ゴツゴツとした三股の根。土を指で払ってやると、真っ白なきめ細やかな肌が露わになった。
「なんという美人さんなんだろう」
今はほとんどが土を被っているが、水で洗えばきっと大根のような美しい白い肌になるに違いない。
苦労して採取したせいか、目の前にあるヤマドコロが一層輝いて見えた。
「……おっと見惚れている場合じゃないな。ちゃんと傷がついてないか確認して、細かい根を抜いてやらないと」
ヤマドコロを様々な角度から確認してみるも、丁寧に掘り出したお陰か傷らしきものは見えない。ということで、根から生えている細かい毛を手で抜いていく。
なんだかムダ毛を処理するような気持ち。
細かい毛を全て抜くとヤマドコロの処理は完了だ。
「よし、残りの分も採取しないとな」
マジックバッグの中に収納すると、俺はスコップを手にして再び土を掘り始めた。
◆
「ふう、ヤマドコロはこれで十分だな」
採取されたヤマドコロの数は全部で六個。
クラウスが依頼していた数は三個であるが、掘っているとすぐ傍にあったりするのでついでとばかりに採ってしまった。
まあ、赤の素材で結構貴重な素材みたいだし、クラウスが買わないにしろ売ることに困ることはなさそうだからな。
ヤマドコロを掘り終えた俺の手は土塗れだ。作業が終わったので手を洗いたい。
湖で簡単に洗ってしまいたいところであるが、こういう時こそ魔法を練習しなくては。
「ウォーターボール」
バスケットボールくらいの大きさを思い浮かべながら発動させると、それよりも二回りほど大きな水球が現われた。
まだ魔力の微妙なコントロールが身についていないな。
この後に採る予定のクルツの実が少し心配になってきた。
とはいえ、最初のようにどデカい水球が出ているわけではないので、着実に進歩はしているといえるだろう。
爪の間に入り込んだ土までしっかり落として、水気をタオルで拭う。
そうやって一段落すると思い出したかのように胃袋が声を上げた。
「素材も採れたことだし昼食にするか」
とはいえ、今日はキキョウを探し、ヤマドコロ掘りを終えたばかりで休みたい。
料理はしたくないけど、美味しくて温かいものは食べたい。
そんな矛盾を孕んでいる願望ではあるが、それを叶えてくれるものがある。
マジックバッグだ。
湖が一望できる木陰に移動した俺は、マジックバッグの中に手を入れる。
そこから取り出したのは一つのお弁当。そう、バンデルさんがこの間渡したアルキノコで早速料理を作ってくれたのだ。
中は開けていないのでどんな料理かは知らない。一体どんなキノコ料理を作ってくれたのだろう。
包みを開けると円形のお弁当だった。まるでせいろ蒸し器を大きくしたような感じ。しかも、中にぎっしりと料理が詰まっているのか結構な重さがある。
ワクワクしながら蓋を開けると、早速キノコがお出迎え。色合いから一瞬グラタンかと思ったが違う。
よく見ると三角形に切り分けられており、下にパイ生地がある。
「キノコのキッシュか!」
確かフランスの郷土料理で、パイ生地で作った器の中に、卵、生クリーム、ひき肉、野菜などを加えて、熟成したチーズを乗せてオーブンで焼き上げる料理。
前世で母がちょっとオシャレな玉子焼きだと言って、作ってもらった記憶がある。今、思うと玉子料理かと言われると、ちょっと怪しいような気もするが。
まあ、そんなことはおいておいて、目の前のキッシュを食べよう。
キッシュは既に切り分けられており、固まっているのでそのまま手づかみで口へ。
ああ、サワークリームのコクとアルキノコ、ベーコンが絶妙にマッチしている。
特に際立つのがアルキノコの香りの良さと食感。コリッとした歯応えがアクセントになっている。
本体の方が身が柔らかく、足の方がコリッとしていて香りも強いようだ。
「……美味しい」
自然と口から漏れ出る小さな言葉。
派手な美味しさはないが、家庭料理感のあるどこかホッとするような味。
バンデルさん、いい仕事するじゃないか。プロの料理人に素材を渡して正解だったな。
湖を眺めながら食べるキノコのキッシュはとても美味しくて、どこか懐かしかった。
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