第26話 薬師クラウスの依頼
依頼書に描かれている丁寧な地図を頼りに進んでいくと、こじんまりとした薬屋にたどり着いた。
ここに今回の依頼主であるクラウスという人がいるらしい。
依頼書の依頼文を見ると、「素材採取の依頼を頼みたい。詳細は直接会って話す」とだけ書かれている。
人当りのいいタイプということはなさそうだな。
変な人じゃないといいなと思いながら、俺は扉をノックする。
しばらく待ってみたが中から返事はない。もしかして留守だろうか?
「すいません、指名依頼を受けて冒険者ギルドからきたんですけど?」
「今は手が離せん。勝手に入ってこい」
念のために外から声をかけると、家の中からそんなくぐもった男性の声が聞こえた。
勝手に入ってこいって……まあ、依頼主がそう言っていることだしお言葉に甘えることにしよう。
「失礼しまーす」
木製の扉を押して入ると、キイと軋むような音が鳴った。
中に入ると、薬草の香りが溢れている。一般的な感覚からすればいい匂いじゃないかもしれないが、不思議とお婆ちゃんの家のような優しい匂いな気がした。
カウンターやテーブルには薬草の入った瓶や、緑色の液体が入ったものが置かれている。ここにある全部が薬草や傷薬の類だろうか。
上を見ると、ロープがかけられており、たくさんの乾燥させた薬草やキノコ、生き物まで吊るされている。ここにあるということは、それら全てが薬の元になる素材ということ。
おお、俺の知らない素材ばかりだ。見知らぬ素材を目にするのは俺の楽しみである。
「……おい、冒険者。何をしている?」
室内にある素材を鑑定したり、ジーッと眺めていると、不意に声をかけられた。
振り返ると、そこには銀色の髪に眼鏡をかけた男性が、呆れた表情をしながら立っていた。
どうやら彼の用事が終わってしまうくらい、俺はぶっ続けで素材を眺めていたようだ。
「あっ、すいません。素材を見ていました」
「薬師でもないお前がここにある物を見て楽しいのか?」
「素材は見ているだけでも楽しいですから」
「採取依頼ばかりやっている冒険者と聞いていたが、想像以上に変な奴だな」
初対面の人に勝手に上がれというあなたに言われたくない。
「俺はこの街で薬師をやっているクラウスだ。お前が冒険者のシュウで間違いないな?」
「はい、そうです」
「依頼内容を話す。付いてこい」
必要なことを確認すると、クラウスと名乗った依頼主は奥に歩いていく。
うん、学者肌や理系タイプのような人だな。この手のタイプの人はスムーズに物事を進めたがるので、速やかに俺も後に続く。
クラウスに付いていくと、奥にある小部屋に案内された。
テーブルとソファーが置いてあり、ぐるりとそれを囲むように本や書類が置かれてある。
「茶を用意する。大人しく座っていろ」
クラウスはそう言うと、お茶を用意しに部屋を出ていった。
大人しく座ってろってことは、ここにある物に触れるなということだろうな。
言葉はやたらと偉そうだが、一応悪い人ではなさそうな気がする。
室内にあるものを眺めてボーっとしていると、クラウスがティーセットを持ってやってきた。
「薬草茶だ」
緑茶のような澄み切った色合いをしたお茶だ。
ほのかに薬草の香りがしていて、落ち着く匂いだ。
ティーカップを手に取って口をつける。
「……苦っ」
匂いからして柔らかそうな味を期待していたのだが、想像以上に苦い。思わず呻くような声が漏れた。
「薬草を煎じただけだからな」
同じく口をつけたクラウスはさも当然とばかりに告げる。本人は慣れているようで平気のようだ。
健康には良さそうだけど、客人に出すのだからもう少し飲みやすいものが良かった。
まったく飲めないほど苦いわけではないが、このまま飲むには少し辛い。
そうだ。クレッセンカの蜜を入れれば飲みやすくなるかもしれない。
俺はマジックバッグからクレッセンカの蜜が入った瓶を取り出し、薬草茶の中に蜜を入れる。
スプーンでよく混ぜてから、改めて口をつける。
すると、蜜の甘みのお陰か薬草茶がとても飲みやすくなった。薬草独特の味と風味が緩和されてマイルドになったな。うん、これならこういう飲み物としていける。
「クレッセンカの蜜か。いいモノを持っているな」
「この間、森で採取することができて気に入ってるんです」
俺がそう答えると、クラウスは何故か顔をしかめた。
今の会話で俺はクラウスを不快にさせるようなことを言っただろうか?
「……いいモノを持っているな」
俺が小首を傾げると、クラウスは強調するようにもう一度言った。
「よかったら、クラウスさんもどうです?」
「せっかく勧められたのだ。飲んでやろう」
おずおずと勧めてみると、クラウスは満足そうに頷いて蜜を取る。
どうやらさっきの言葉は自分にも蜜をくれということらしい。言い回しがわかりにくい!
「ほう、中々飲みやすいな」
「お口に合ったようでなによりです」
蜜が気に入ったからか表情を柔らかくするクラウス。
どことなくもの欲しそうな視線をビンに向けているが、これは最後の手持ちなので譲るわけにはいかない。
「早速ですが依頼の内容をお聞きしてもいいですか?」
「ああ、君には薬の素材を採取してもらいたい」
クラウスはそう言って、本棚にある一冊の書物を取り出してテーブルに広げた。
そこに載っているのは様々な素材。薬草から生き物、キノコ、木の根と薬の素材となるものの名称や効能が手書きで丁寧に記されている。
素材図鑑にじっくり目を通したいところだが、クラウスはお構いなしにパラパラとページをめくっていく。
「一つ目はヤマドコロという地中に生えている根類だ」
クラウスが指さしたところには、ヤマドコロがどんな見た目か丁寧に描かれている。
「採取する際に注意してほしいのは、素材を傷つけないことと、採取した際に細かい根をきちんと取り除いておくことだ。そうしないと薬としての必要な成分がなくなってしまう」
一つの素材だけで、これだけの注意事項があるのだ。ギルドの依頼書では伝えきれないものも多いな。わざわざ家に呼んで、打ち合わせをするのも納得だ。
「二つ目のキキョウという花だが、花弁が三枚のものを採ってきてほしい。通常のものは花弁が四枚なのだが、そちらは素材として相応しくないので認めん」
断固として認めないとばかりに腕を組むクラウス。
イラストにはたくさん群生している様子のものが描かれているので、その中から花びらが三枚のものだけを採取してくればいいのだろう。
何だか、四つ葉のクローバーを探すみたいで楽しそうだ。
「そして、最後はクルツの実だ。魔力を注ぐことで実が膨らみ、素材としての質が上がる。だから、できるだけ魔力を込めて膨らませた状態で採取してもらいたい」
図鑑には紫の小さな木の実と大きく膨れ上がった木の実が描かれている。魔力を注ぐことで膨らむとは変わった木の実だ。
先程の素材に比べて処理は簡単そうであるが、冒険者プレートみたいに注ぎすぎて破裂しないかが不安だな。
「クルツの実だが、込められた魔力は時間が経つごとに抜けていく。従って、最後に採取して速やかに帰るのがいいだろう」
ふむ、込めた魔力は徐々に抜けていってしまうのか。でも、俺はマジックバッグがある。そこに入れた素材は劣化することがないので、恐らく時間による劣化は問題ないな。
「以上が俺からの採取依頼だ。これらの条件を満たしていない素材は、たとえ持ち帰ったとしても一切認めないし報酬も払わない」
「わかりました」
「他の冒険者は俺が注文をつけると随分と嫌がるが、君はそうでもないのか?」
他の人からすればそう思えるのかもしれないが、俺からすればただの採取方法を述べられているに過ぎない。
むしろ、そういう採取方法を求められているというのは、一種の楽しさすら感じられる。
「だって、それが薬を作る上で必要なんですよね?」
「ああ、そうだ。だが、冒険者の多くは採って帰ればいいと思っている者が多くてな。こっちは素材を使って薬を作るのだ。質の悪い素材を使えるわけがないだろうに」
過去の冒険者との諍いでも思い出しているのか、クラウスがため息を吐きながらこめかみを押さえた。
彼も真剣に仕事をする上で必要な注文をしているだけだ。俺たち冒険者に嫌がらせをするためではないだろうにな。
溢れるような愚痴を聞いていると、クラウスはふと我に返る。
「すまん。これはお前に関係のない愚痴だったな。ひとまず、ヤマドコロを三つ。キキョウの花を七つ。クルツの実を十個ほど頼む。報酬は金貨四枚でどうだ?」
「そんなに貰えるんですか?」
「どれも採取をするのに苦労するのだ。妥当な値段だろう」
普通の採取依頼であれば、高難度のもの以外では青銅貨や銀貨レベルのものが多い。
三種類納品するものがあるとはいえ、Fランク冒険者の報酬としては破格だ。
ラビスが指名依頼をオススメする理由がわかった気がする。
「なにか質問はあるか?」
「これらの素材は実物とかありますか? あれば参考になるのですが……」
参考というか、実際に目にすれば調査で検索してすぐに見つけることができる。これがあれば嬉しいのだが。
「残念ながら一つもないな。だから、お前に依頼を頼んでいる」
在庫として一つくらいあるかと思ったが、そう上手くはいかなかったようだ。
「では、この図鑑をお借りすることはできますか?」
図鑑には素材がどのような場所にあるのか細かく描かれており、採取方法まで書いてある。
これを見ながら探すことができれば、随分と楽になる。
「ダメだ。貴重な情報の詰まった図鑑だからな。損傷したり、紛失されたらたまったものではない」
まあ、そうだよね。初対面の冒険者に貴重な情報の詰まった図鑑を貸す人は中々いないと思う。
「では、素材のある場所だけでもメモしてもいいですか? どれも俺の知らない素材だったので、それがあれば大分探しやすくなるんです」
「……俺が口頭で伝えたものをメモするのならば許そう」
「ありがとうございます」
俺はマジックバッグからメモ用紙とペンを取り出し、クラウスがすらすらと述べる素材の生息環境をメモしていく。
「これで大丈夫だな? で、素材はいつ採りに行く?」
「今日は昼を過ぎているので、明日の朝に採りに行きます」
「わかった。素材が採れたら俺のところに持って来い。すぐに処理をせねばならんからな」
こうして俺は初めての指名依頼を受けることになった。
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