第21話 ギルドで初依頼

「早速、依頼を受けたいのですがいいですか?」


「どんな依頼でしょう?」


 おっ、初日から依頼を受けても問題ないようだ。


「アザミ薬草の採取と光蟲の納品と……」


「あ、あの、それらの採取依頼は難度がEですよ?」


「わかっていますよ。でも、ランクが一つ上のものならば依頼を受けることができるんですよね?」


「そうですが。本日、登録したばかりのシュウさんが上のランクのものに挑むのは、ギルド職員としてオススメできないというか……」


 フェルミ村で素材採取を何度もしているので完璧な素人ではないが、そのようなことを知らないラビスからすれば、俺は登録したばかりの信用もない新人。


 そんな奴がいきなりランクより上の依頼を受けようとしたら、止めるのは当然だよな。


 規約上は問題ない行動ではあるが、ギルド職員として奨励しない。


 ただでさえ、登録の時にプレートを壊したりしているのだ。これ以上、迷惑をかけるのは避けたい。


「わかりました。では、俺でもこなせそうなFランクの採取依頼は教えてもらえますか」


「はい、それでしたらアルキノコ、クレッセンカの蜜、ミントの葉などの採取依頼がオススメです」


 受付の上に述べた採取依頼の貼り紙を置いてくれるラビス。


 アルキノコというのは森に生息している歩くキノコという不思議素材。


 分類としては魔物ではなく、普通のキノコだそうだ。歩いて逃げるだけでこちらに危害を加えることもない。


 次はクレッセンカの蜜。森に生えているクレッセンカという蜜を蓄える特性のある花から蜜を採取すればいいようだ。特にこの花も危害を加えてくるようなこともない。


 そして、三つ目のミントの葉は知っているので問題ないな。


 どれも採取をする上で危険が少ないので、ランクFにも優しい依頼だ。


「わかりました。では、その三つを受けます」


「三つですか? 依頼を失敗しますと罰金もありますよ?」


「大丈夫です。その三つであればそれほど時間もかからないと思いますので」


 素材としての価値がそれほど高くないものであれば、俺の調査を使えばすぐに見つけられる。納品に必要な数も百とかじゃないみたいだしな。


「かしこまりました。では、三つの依頼を受理いたしますね」


 どこか頭の痛そうな顔をしながらも手続きを進めてくれるラビス。


 一度、痛い目を見ないとわからないとでも呆れられたのかもしれない。


 ラビスには無謀に思えるかもしれないが、こちらにもこなせると思う理由がある。


 そう考えたところで、俺はハッと我に返る。


 ミントの葉はまだしも、アルキノコとクレッセンカの花の蜜は見たことがない。見たことのないものは調査で検索できないので、捜すのに時間がかかる。


「あの、アルキノコとクレッセンカの花の蜜の現物とかあります?」


「……ちょうど今朝納品されたものがあるのですが、もしかして、ご存知ないんですか?」


「ミントの葉は知ってるんですけどね……」


 視線を逸らしながら小声で言うと、ラビスがため息を吐いた。


 声に出していなくてもコイツ、大丈夫なのか? と思っているのがわかる。


 それでもラビスは受付から移動して、奥の部屋から二つの現物を持ってきてくれた。


「こちらがアルキノコとクレッセンカから採取された蜜です」


 受付に乗せられたのは茶色い椎茸のようなキノコ。一見して普通のキノコに見えるが、下の部分からも足のようにキノコが生えている。もしかして、この足を使って歩くのだろうか。


 そして、もう一つはオレンジ色の液体が入ったビン。手に持ってみると蜂蜜のようにドロリとしているのではなく、意外とサラッとしていた。


【アルキノコ】

 森に生息する食用のキノコ。外敵が接近してくると足のように生えたキノコを駆使して逃げる。ただ、名前の通り、その速度は人間の歩行速度並なので簡単に採取できる。

 日干しにすると旨味が増す。本体よりも足になっている小さなキノコの方が美味しい。


【クレッセンカの花の蜜】

 クレッセンカの花から採取できる蜜。

 サラリとした蜜は料理や菓子にも使うことができて用途は幅広い。くどくない甘みが人気の秘訣。



 念のために鑑定してみると、より詳しい情報が出てきた。


 クレッセンカに関しては蜜の情報なので、情報量が薄いがこれで十分だ。


 実物を見ることができたので、これで森の中でピックアップして探し出すことができる。


「ありがとうございます。これなら大丈夫そうです」


 俺は爽やかな笑顔でそう言うが、ラビスの疑うような視線はなくならなかった。




 ■




 無事に依頼を受けることができた俺は、ラビスに素材が採れやすいとオススメしてもらった街近くの東の森にきていた。


 フェルミ村の森と違って、全体的に木々が少し低いせいか見通しは少し悪い。


 だけど、調査が使える俺からすればその程度は誤差みたいなもの。


「魔石、調査」


 まずは周囲の安全確認として、魔石で調査をかけてみる。


 すると、俺の感知範囲に魔物はいなかった。


 人間が大勢住んでいるグランテル近くの森だけあって、魔物も森の入り口付近には近寄らないようにしているのだろう。


 範囲内に魔物がいないようなのでズンズンと森を進んでいく。


 そして、範囲外になるところまで進んで、もう一度魔石で調査をやってみる。


 すると、ポツリポツリと紫の輪郭を帯びた魔物が見え始めた。


 三匹のゴブリンに、カメのような魔物、蝶々のような魔物の群れ。


 どれも魔力の少ない危険度の少ない魔物らしいが、見たことのない魔物も多い。


 魔物が多いということは、落ちている素材もきっと多いに違いない。


 心を弾ませながら、依頼を受けた素材を調査してみる。


「ミントの葉、アルキノコ、クレッセンカの花の蜜、調査!」


 より遠くまで魔力が行き渡るように魔力を溜めて一気に解放。


 魔力の波動が素材に反応して、紫色の輪郭で示してくれる。


 地味に三つ並列の調査をやってみたが、問題なく機能してくれたようだ。


 視界に表示されたものを確かめると、木々に寄り添うように並んでいるキノコたちと、俺の傍で生えているミントの葉、そして遠くで浮かんでいるものがクレッセンカの――って、浮かんでいる?


 あれは一体どうなっているのだろう? 多分、クレッセンカの花の蜜なのだと思うが、クレッセンカの花があのような長細いものだとは思えない。


「……あっ、俺クレッセンカの蜜は見たけど、花自体は見たことがなかったな」


 考えたところでふと気付いた。


 俺は蜜だけを目にしたのであって、花は一切見たことがないことを。


 つまり、今調査によって表示されているのは、クレッセンカの蜜だけなのだろう。


 便利なユニークスキルであるが、ちょっとだけ融通が利かないと思った。


 道理で明らかに花らしくないシルエットをしているはずだよ。


 まあ、あそこにクレッセンカの花もきっとあるのだろうな。


 疑問が解けたところで、俺は近くに群生しているミントの葉をナイフで採取していく。


 ミントの葉はフェルミ村付近の森でたくさん採取している。


 既に所持しているものを依頼で納品するのは違反ではないが、せっかく初めての依頼として受けたので採取したものを納品したいのだ。


 あと、単純に場所によって見た目が違わないか気になった。


 こうして観察してみると、特にフェルミ村のものと違いはないよう。


 依頼の品として納品する十個と個人的に欲しいと思った十個を採取。


 前世の草むしりもこんな風に素材であれば、快くやっていたのにな。


 ミントの葉の採取が終わると、次はアルキノコ。


 表示されているところに向かうと、木々に寄り添うようにたくさんのアルキノコが生えている。しかし、ラビスに見せてもらったものと違って足が生えていない。


 調査で反応した以上、他のキノコであるはずはないのだが。


 訝しみながら近づいてみると、アルキノコから突然足が生えだした。


「わっ」


 百にも迫るキノコから一斉に足が生えたことに驚き、間抜けな声が漏れてしまう。


 呆然と見つめていると、アルキノコは人間と同じように足を使って、えっちらおっちら逃走を開始した。


「お、おお、キノコが歩いている!」


 とはいっても、アルキノコと名のつく通り、その速度は人間のゆっくりとした徒歩なみ。


 本人たちは必死に足を動かしているようだが、歩幅があまりに小さいために全然進んでいなかった。


 それでも、キノコが足を生やして歩き出すという光景は、ファンタジックで見ていてとても楽しく微笑ましい。まるで、物語の世界にでも迷い込んだかのよう。


 俺はしばらく採取することもせず、アルキノコを歩いて追いかける。


 踏んづけないようにアルキノコの中心部分にいくと、まるで自分がアルキノコの王様になったかのような楽しい気分になれた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る