第22話 クレッセンカの蜜
「おっと、あんまり遊んでいると採取できなくなりそうだな」
不思議生物であるアルキノコと戯れていると、徐々にその数が減っているのがわかった。
木々の根元にある穴に入り込んだり、茂みの方に逃げるものもいる。
このまま呑気に遊んでいると数が大幅に減ってしまいそうなので採取にとりかかる。
俺は足元にいるアルキノコを手で掴む。
すると、アルキノコはパタパタと足を動かして抵抗した。
意外と足の力が強い。そのままマジックバッグに入れてみようかと思ったが、生き物なので入れることはできない。
「これ、どうしよう?」
このように暴れるのでは袋やポケットに入れておくのも大変だ。
こういう困った時は鑑定先生の出番。
【アルキノコ】
森に生息する食用のキノコ。外敵が接近してくると足のように生えたキノコを駆使して逃げる。ただ、名前の通り、その速度は人間の歩行速度並なので簡単に採取できる。
日干しにすると旨味が増す。本体よりも足になっている小さなキノコの方が美味しい。
意外と足の力が強く暴れるので注意。採取する時に、股下を尖ったもので軽く刺してやると足の動きが止まる。
アルキノコの効率的な採取の方法を願うように鑑定すると、見事に欲した情報が追加で表示された。
ま、股下って、そんなところに針を刺していいのだろうか?
股の辺りに大事なものがあったり、お尻があったりする自分からすれば、肝が冷える思いだが採取のためなら仕方がない。
マジックバッグから串焼き用に買っておいた木製の串を取り出す。
そして、採取したアルキノコの股下を優しくプスリ。
すると、パタパタと動かしていた足が止まり、ぐてっとして大人しくなった。
おそるおそるマジックバックに近付けると、すんなりと入った。
入ったということは死んだか、仮死状態になったのだろう。
まるで、イカを締めるかのような感じだな。
一体、どういう体の造りでそうなっているのか不思議だ。
それからはアルキノコを捕まえて、優しく串でプスリと刺して大人しくマジックバッグに入れる。その繰り返しだ。
納品に必要な数はこちらも十個なのだが、食用なので多めに採っておくに越したことはないだろう。
納品とは別に三十個くらい採取したところで、視界からアルキノコが見えなくなってしまった。
普通の人間であれば諦めるであろうが調査の使える俺からすれば、視界から消えただけでは逃げた内に入れない。
「アルキノコ、調査」
検索をかけて調査を使うと、木々の裏に逃げたアルキノコが安心したように足を戻すのが見えた。
「残念ながら逃がさないぞ!」
■
「ふう、これで見つけたアルキノコは全て採取したかな?」
視界に表示されていた最後のアルキノコを絞めて、マジックバッグの中に収納する。
採取したアルキノコの数は全部で百個。
最初はこんなに採取するつもりはなかったが、逃げる素材を捕まえるのが楽しくて、つい子供のようにはしゃいで採ってしまった。
まあ、美味しく食べられる素材だし、ギルドで売ることも可能だ。
マジックバッグを持っていて保存も容易い俺からすれば、多くて困るようなことはないな。
ミントの葉、アルキノコが採取できたら残りはクレッセンカの蜜だ。
アルキノコを捕まえるために移動してしまったので、クレッセンカの蜜で調査。
すると、最初に見えたところでクレッセンカの蓄えた蜜だけが表示された。
珍妙な見え方に苦笑しながら、そこに向かっていく。
茂みをかき分けて進んでいくと、赤い花が咲いていた。
長い茎から一列に赤い花がぶら下がっている。
【クレッセンカ】
余った栄養を蜜として蓄える性質があり、茎の根元から花に向かって指で押していくと採取することができる。花の部分を押してしまうと、えぐみが混ざってしまうので注意。溜め込んだ蜜はサラッとしており、とても甘い。
鑑定してみるとクレッセンカと表示された。
どうやらこれが本体である花のよう。
鑑定先生が採取の方法を教えてくれたので、早速試してみる。
根元の茎から花に向かって指で押していくと、ぶら下がった花からサラッとしたオレンジ色の液体が出てきた。
軽く指で受け止めて舐めてみる。
「甘い……っ!」
喉に絡みつくようなしつこさはなく、サラッとしていてほどよい甘さ。
この世界にやってきて甘味をほとんど口にしていなかったので、クレッセンカの蜜が余計に美味しく感じられる。
甘党ではない俺でも、いくらでも舐めていたいと思える美味しさだ。
とはいえ、ずっとこのまま舐め続けるわけにはいかない。
マジックバッグから採取用の瓶を取り出して、蜜を受け止める。
瓶の四分の一くらい溜まったところでクレッセンカから流れ出る蜜が少なくなってきた。
瓶に注ぐのをやめて、試しに花の部分を強く押してみる。
そこから垂れた蜜を指で受け止めて、ひと舐め。
「うああっ、えぐみが混ざった」
花の部分を押してしまうと植物特有の緑臭さのようなものが混ざった。
いくら蜜の甘さがあろうが、このえぐみがあれば台無しだ。
仮にこれが混ざっていれば、依頼も達成判定にならないだろうな。そんなレベル。
蜜の出なくなったクレッセンカから離れ、隣にあるクレッセンカのところに移動。
鑑定先生の教えてくれた正しいやり方で瓶に蜜を注いでいく。三つ目のクレッセンカから蜜が出なくなったところで、瓶は満タンになった。
依頼として瓶三つ分の納品なので、満タンになったものはマジックバッグに収納。新しい瓶を取り出して、また同じように瓶に蜜を注いでいく。
三つほど瓶が蜜で満たされたが、勿論採取をやめるわけはない。
貴重な甘味だ。自分で食べるようにも採取しておかないとな。
そうやって、依頼と関係なしに自分用に二つほど採取すると、蜜を溜め込んだクレッセンカがなくなってしまった。
調査で見つけ出して、さらに採取をしてもいいが、はじめて入る森で奥まで入るのは危険だろう。
依頼された素材は三つとも採取できたし、お腹も空いてきたので帰ることにする。
魔石で調査をして、安全な道筋を確保。
「そうだ。せっかくだからクレッセンカの蜜をパンにつけて食べよう」
我ながらいいことを思い付いた。マジックバッグからいそいそと採取したばかりの蜜の入ったビンと、買っておいたパンを取り出す。
贅沢に食べるので保存用の硬いパンではなく、ふわふわの白パンだ。
パンを千切って、そこに採れたての蜜をたらりとかけて口にする。
「うん、美味い」
小麦の風味のするパンに、優しい味の蜜が重なり合って最高だな。
いくらでも食べ進められる気がする。
森の中でもこうして呑気に食べ歩きができるのも、調査スキルをくれた神様のお陰だな。
調査を放ってみると、森の中にたくさん素材の輪郭が表示された。
それらのほとんどが見たことがなく、フェルミ村の近くの森よりも素材が豊富なように見えた。
やっぱり、新しい場所に行くと新しい素材も見つかるな。
知り合いのいない街に来て少し寂しかったが、これだけでも来てよかったと思える。
新しい素材との出会いは、それだけで心がわくわくするものだ。
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