第20話 冒険者登録
お風呂を堪能し、猫の尻尾亭でしっかりと休んだ翌日。
朝食を済ませた俺は、当初の目的である冒険者ギルドに登録するべく宿を出発した。
「久し振りにお風呂に入ったお陰かサッパリだな」
お湯で拭いただけではどうもスッキリしないが、大量のお湯で身体を洗い流し、湯船で芯まで温まると大違い。
肌のべたつきなんかもなく気分は爽快。肌を撫でる風が毛穴にまで浸透するようで心地良かった。
気分はまるで風と一体化したかのよう。
機嫌良く通りを真っすぐに歩いていると、ミーアの言っていた通り冒険者ギルドらしい建物があった。
他の建物とは一風違った雰囲気。まるで小さな屋敷のようだ。
そこに吸い込まれるように入っていく屈強な戦士たち。
立派な武器や防具を纏っている姿を見ると、魔物を討伐するのが目的なのだろうか。
今からそこに自分が入るのかと思うと場違いなんじゃないかと思うが、素材採取の依頼もあるって言っていたし大丈夫だよな。
少し緊張しながら戦士たちの後をつけて、さり気なく中に入る。
冒険者ギルドの中はかなり広く多くの武装した人がいる。そこに種族は関係なく、人間、エルフ、獣人と幅広い種族が混ざってたむろしていた。
中央には受付テーブルがあり、そこには可愛らしいウサ耳獣人やスレンダーなエルフ、綺麗な顔立ちの人間の女性がおり、冒険者の案内をしていた。
依頼の受注や登録などはあそこでするのだろう。
しかし、今は多くの冒険者が手続きを行っているせいか並んでいる。
今並んでも無駄に待つことになりそうなので、ギルドの中を散策。
ギルドから入って左手側には酒場が併設されており、長テーブルや長イスがたくさん並べられている。
まだ朝だというのに、エールを呑んで駄弁っている人も多く見受けられた。
「……冒険者ってかなり自由だな」
まあ、冒険者なんてものは好きな時に依頼を受けて稼ぐような職業だと聞いた。前世でたとえると稼ぎのいいフリーターみたいなもの。
そうなると、朝から酒を呑んでいようが自由だよな。
エールを呑んでご機嫌に笑っている彼らを見ると、少なくとも不幸ではなさそうだ。
酒場の反対方向に歩いてみると、壁際にたくさんの羊皮紙が貼られており、数名が真剣にそれを眺めている。
気になったので近寄ってみると、そこは依頼者の掲示板らしく羊皮紙には様々な依頼が書かれている。
【鉱脈に巣食っているアントルの討伐 難度C】
【川辺に現れたサーディの討伐 難度E】
【ホーンラビットの討伐 難度F】
見えやすいように貼り出されているのは魔物の討伐依頼だ。そこには赤いハンコが押されており、依頼の難度を表す文字が書かれている。
しかし、俺の目的は魔物の討伐ではない。素材採取の依頼だ。
視線をずらしていくと緑色のハンコが押された依頼書が見える。
【アザミ薬草の採取 難度E】
【幻惑キノコの採取 難度C】
【ダグダッドの卵の納品 難度D】
【光蟲の納品 難度E】
【チョキロスの求婚羽根の納品 難度C】
なるほど、こちらは素材採取の依頼のようだ。羊皮紙が古びているのは需要が途切れることがないのか、それとも長い間放置されているのか。
あー、討伐依頼の下になっている依頼なんかは放置されてるっぽいな。
なにはともあれ、グランテルの冒険者ギルドに採取依頼がきちんとあることがわかった。
だとしたら、この依頼を受けて納品しながら収入を得るのがいいだろう。
早速、冒険者に登録だな。
ギルド内を散策しているうちに受付に並んでいる冒険者の数は減った。
近付いていくとちょうどウサ耳女性の列が空いた。ので、そこに向かう。
「すいません、冒険者登録をしたいのですが」
「はい、冒険者ギルドへようこそ。受付のラビスと申します。冒険者についてのご説明は必要でしょうか?」
フェルミ村でローランから冒険者については聞いていたが、念のために聞いておく。
「お願いします」
「かしこまりました」
お願いするとラビスは面倒くさそうな表情を見せることなく、慣れた様子で説明をしてくれる。
冒険者の役割やシステムについては、おおよそはローランの言っていた通りのもの。
しかし、いくつか知らなかったものもある。
冒険者にはS、A、B、C、D、E、Fとランクがあり、依頼をこなすごとに上がっていく。頂点はSランクで国に数人しかいないほどの英雄だそうだ。
冒険者はそのランクに応じた依頼を受けることが推奨され、一ランク上の依頼まで受注することができる。それより上は例外的にギルドの職員の推薦があれば受けることもできるらしい。
依頼料のうちの一割はギルドが徴収しており、依頼書に書かれている報酬はギルドの取り分を引いた値段だそう。
なお、依頼を失敗すると罰金が発生する。
他にも細々としたルールはあるそうだが、普通に活動していれば無縁なことのほうが多いので今回は割愛だそうだ。
「冒険者の役割についての説明は以上になります」
「ご丁寧にありがとうございます。登録をしたいと思いますので、手続きをお願いします」
「かしこまりました。登録用紙に名前、年齢、出身、種族を書いてください」
にこやかな笑顔で羊皮紙とペンを差し出してくるラビス。
「わかりました」
などと返事をして受け取ったが、俺に異世界の文字が書けるのか?
しかし、自分が名前を書こうと思いながらペンを持つと、まるで使い慣れた日本語を扱うかのように、書きたい文字が浮かんで書くことができた。
苗字まで書くと貴族と誤解されるので名前はシュウとしよう。種族は人間で出身はフェルミ村ということにしておこう。
問題は年齢だな。元の年齢二十六歳だけど、今の俺は明らかに高校生くらいに若返っている。ここで元の年齢を書いてしまうのは色々とどうなのか。
ここは見た目相応に十七歳と書いておこう。これくらいがちょうどいい。
登録用紙が書き終えたところで、俺はそれをラビスに提出。
「シュウさんですね。確認しました。こちらのプレートに血液を垂らすか、魔力をお願いします」
そう言って差し出してきたのは、銅色のプレート。
「……これは何ですか?」
「冒険者の身分を証明するためのプレートになります。これに魔力を登録することで、ギルドにある魔道具で依頼状況の確認がとれ、他の冒険者ギルドでも冒険者活動が可能になります」
なるほど、個人情報が詰まったカードみたいなものか。それを専門の魔道具で読み取ることで、ここではない冒険者ギルドでも円滑に活動ができるというわけか。便利なシステムだ。
「わかりました。では、魔力を込めます」
痛い思いをしなくてもいいのなら、勿論魔力を選ぶに決まってる。
俺はプレートに手を伸ばして魔力を込める。
すると、プレートにヒビが入り、パキッと音が鳴って割れた。
えっ、なんか壊れちゃったんだけど? もしかして魔力を込め過ぎたとか!?
これって弁償? それとも登録中止とか? 冒険者活動で収入を得ようと思っていたのでそうなると困るんだけど。
「……魔晶石の含まれたプレートが壊れるだなんて……」
おそるおそる視線をやると、ラビスも驚きの表情を浮かべながら呟いていた。
どうやら一般的に壊れるような品物ではないらしい。本人も驚きのあまり素の言葉に戻っている。
近くにいた冒険者や受付の女性も何事かという顔で、こちらを見ていた。
居心地が悪い。
「あの、すいません。これって弁償ですか?」
「い、いえ、申し訳ありません。どうやら不良品だったようなので、こちらのプレートに改めて魔力をお願いします」
壊れたプレートを端に寄せて、改めて新しいプレートを差し出してくるラビス。
今度は不良品じゃないか、不審な出来事は起きないか、見定めようとする真剣な眼差しが感じられる。
手元とはいえ、そこまでマジマジと見つめられると困ってしまうな。
とはいえ、相手も真面目に職務を務めているだけなので邪険にもできない。
多分、さっきと同じように意識せずに魔力を流したら壊れてしまうよな?
俺は初級魔法を使うよりも意識して、魔力を絞って注ぐ。
銅色のプレートに魔力がゆっくりと浸透していくような感覚。
魔力はまだ流せるが、これ以上やるとさっきみたいに破裂するんだろうな。
感覚的にそれがわかったので魔力の供給を止める。
すると、プレートが淡い光を帯び、やがてそれが消えた。
「……今度は大丈夫みたいですね」
ラビスはプレートを持ち上げて、様々な角度から観察。
どこも破損していないことを確認すると、丁寧な手つきで持ち運んで後ろにある魔道具に設置して待機。
「大変お待たせしました。シュウさんの冒険者登録が完了です。登録したばかりなので、最初はFランクからのスタートになります」
途中で登録用のプレートが壊れるなどのハプニングはあったが、無事に冒険者の登録が済んだようだ。
これで俺も晴れて冒険者の一員だな。
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