第13話 森の中で料理
「……思ったよりも見つからないな」
南の森で満月花を探すことしばらく。
俺はまだ目的の品を見つけることができていなかった。
その理由は満月花が稀少だから。ということもあるが、この森が素材で満ち溢れすぎているせいでもある。
満月花を見つけたい時に限って、橙の素材を発見してしまって採取してしまう。
あと調査が優秀過ぎるってこともある。だって、波動を飛ばせば簡単に素材の在り処を教えてくれるときたもんだ。
そんな極上の誘惑に俺が逆らえるわけがない。
調査という反則的な探知スキルがあるのに、ここまで見つからないとは。
日当たりのいい場所を見つけて優先的に探しているのだけどな。
稀少と言われるのは伊達じゃないということか。
だが、諦めるわけにはいかない。
まだ採取の時間は始まったばかり。
すぐに見つかることもあれば、中々見つからないこともあるのが素材採取というもの。
地道に足とスキルを使って見つけ出すんだ。
そう心で呟く俺であるが、お腹が空いてしまった。
見上げれば既に太陽は真ん中を過ぎており、正午を過ぎていることは明らかだ。
早めに起きて朝食を食べただけに、俺のお腹はペコペコだ。
素材を探すのも大事だが、まずは腹ごしらえだな。
空腹状態では満足に動き回ることもできないし、ここで昼食を食べることにしよう。
木陰になっている場所に移動すると、腰をかけるのにちょうどいい切り株があったのでそこに座る。
「おっと、食材や道具を出す前に周囲の安全確認だな」
つい、気を抜いてしまいがちになるが、この森には魔物がいるのだ。
きちんと周囲の安全を確かめないと。
「魔石、調査!」
魔石で検索をして調査を発動。
半径五十メートル圏内に魔物の反応はないようだ。
だとすれば、ひとまずは安心だな。
周囲の安全を確認したところで、マジックバッグから森で採取した食材、魔道コンロ、鍋なんかを取り出す。
安定したところに魔道コンロを設置して、魔石を放り込む。
木箱の上にまな板を載せて、宿で買い取ったニンジン、大根、ゴボウを包丁でカット。
それが終わると魔道コンロの火をつけて、鍋に油を入れて炒める。
その間に採取したアカキノコ、ムラサキノコ、クロキノコを食べやすいようにカット。
マイマイ草とドウナは水で汚れをしっかり落とし、硬い茎を切り落として水に浸す。
こうして処理をしておくことで随分と食べやすくなるのだと鑑定先生が教えてくれた。
下処理をしていると炒めた食材に十分に火が通ってきたので、アンナさんに貰ったキノコのだし汁を鍋に投入。
こうやってどのような料理にも使いやすい調味料やソースを瓶詰にして持っておくだけで時短できるのだ。マジックバッグは本当に便利。
出汁を投入すると、そこにアカキノコ、ムラサキノコ、クロキノコを投入。
沸騰させたところで水に浸していたマイマイ草、ドウナの水気をしっかり切って加える。
鍋の中で採取した素材が踊り狂うのを眺めながら、塩を加える。
醤油や味噌があれば、素晴らしい味になるのだろうが残念ながらない。
この世界にはないのか、それともフェルミ村で認知されていないだけなのかわからないが、今回は出汁で素材の味を楽しもう。
新鮮な食材を使っているので、むしろこっちの方が美味しいかもしれない。
味見もかねて、お皿に少しよそって一口。
「美味いっ!」
野菜から滲み出ている甘みと山菜の独特な旨味。それらがキノコのだし汁と見事に調和している。派手な美味しさはないが、優しい味だ。
これで山菜汁の完成だ。
早速、頂きたいのだがもう少しおかずが欲しいところ。具体的にはお肉を。
鍋を木箱の上に避難させて、マジックバッグからスキレットと分厚いベーコン、そして卵を取り出す。
これだけでわかるだろう。ベーコン焼きと目玉焼きを作ってやるのだ。
大事なことなのでもう一度言うが、フライパンではなくスキレット。
真面目な理由としては、スキレットの方がすぐに温度が上がらないので、じっくりとかけて焼き上げる料理に最適なのだ。
そして、個人的なふざけた理由としては野外で使っているとカッコよく、美味しそうに見えるからだ。
フライパンに比べて温まるのに時間もかかるし、重いし、シーズニングなどの手入れも必要でデメリットもあるけど、それを苦にしない満足感があるので俺は気に入っている。
魔道コンロの上にスキレットを置いて、油をしいてやる。
そこに厚さが二センチもあるベーコンを投入。スキレットからジュワーッとした音が鳴り響く。
そして、次第にベーコンの焼けるいい匂いが漂い出した。
「うん、いい匂いだ」
これだけ分厚いベーコンをスキレットでじっくりと焼き上げる。きっと美味しいに違いないな。
しかし、コンロが一つしかないと同時に料理できないのが不便なところだな。お陰で出来上がった山菜汁は木箱の上で放置だ。
まあ、野外でロクな荷物を持たずに、こんな風に料理できていること自体が贅沢なのだが、もっともっとと求めてしまうのが人間というもの。
「お金に余裕ができたらもう一つ魔道コンロを買ってみるかな」
さすがにポダンさんが二つ持っているかわからないし、二個目も安く譲ってくれるかもわからない。本来の値段は金貨十枚以上だと聞くし、まだ手が届かない。
だけど、今日のように素材を採取していけば手が届くはずだ。
そんなことを考えながら、ベーコンをひっくり返す。表面は見事に焼き上がっていた。
裏面をほどよく焼いて塩胡椒を加えた頃に、空いているスペースに卵を割って投入。
白身があっという間に白くなって、見事な目玉焼きになっていく。
そして、ベーコンに火がしっかり通り、目玉焼きが半熟になったところでコンロの火を止める。
「よし、もう食べよう!」
山菜汁の試食にベーコンの濃厚な香りに、空腹だった胃袋は限界を迎えていた。
スキレットはそのままに、鍋からお茶碗に山菜汁をたっぷり注ぐ。
「いただきます」
採取した自然の食材に感謝の気持ちを抱きながら、匙で山菜汁を口へ。
ニンジンやダイコンはしっかり火が通っており柔らかい。
その上、出汁や山菜の旨味をしっかりと吸収している。たくさんの具材の食感があることで、食べ応えが増している。優しくてホッとするような味だ。
「にしても、キノコも普通に美味いな」
アカキノコはカサの部分の食感がしっかりとしている。
ムラサキノコは軸の部分がコリッとしており癖になる。それに香り高い風味もあって上品だ。
お吸い物や酒蒸しとして食べると、もっと素材の味が生かせるかもしれない。
クロキノコは煮たことで柔らかくなり、身がブヨッとしている。
きくらげに近い感触だが、十分な旨味があるな。
野菜と山菜のコンビネーションを味わって、胃を落ち着かせたところで次は目玉焼きとベーコン。
目玉焼きの半熟な部分を崩して、黄身をベーコンにかけてやる。
いきなりクライマックスを迎えるような贅沢な食べ方。
分厚いベーコンを切るなんてお上品なことはせず、そのままフォークで刺して食べる。
口の中で弾ける肉汁の嵐。スキレットでじっくり焼き上げたからだろうか、肉の旨味が凝縮されていてジューシーな気がする。
さらにそんな味の濃さをまろやかにしてくれるのが半熟卵。
ベーコンだけでもこんなに美味しいのに黄身をつけて食べるなんて贅沢だな。
「……外で食べる料理はどうしてこんなに美味しいんだろう」
料理の美味しさにホッと息を吐いた。
木洩れ日が暖かく、風が吹くと枝葉がサーッと音を立てた。
上空では鳥の鳴き声がこだまし、深呼吸をすると緑と土の入り混じった香りが鼻孔を突き抜ける。
大自然に囲まれながら料理して食べる。なんだかいいなぁ。
「……昼食を食べ終わったら、また頑張ろう」
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