第12話 素材の誘惑

「調査!」


 日当たりのいい場所を捜索しながら、調査を発動。


 満月花を見つけるためにも魔力の波動をできるだけ遠くへ伸ばしていく。


 キノコ類や藻類、植物、木の実、魔物の鱗……あらゆる素材が視界で色づいて表示される。その中で満月花に該当しそうな橙色をする素材が茂みの裏に見えた。


 もしかして、早速満月花を見つけたか? そう思って注視するも、そのシルエットはどこかで見た事のある長細いもの。


 満月花ではなさそうだが、貴重な橙の素材だ。スルーするわけにはいかない。


 近寄って死角となっている茂みの裏を覗いてみる。


「お、ホワイトスネークの皮か!」


 やはり、満月花ではなかったが、これはこれで価値のあるものだ。


 なにせこれだけで金貨六枚だからな。


 前世のお金で換算すると六万円の収入。これを一か月に四つ見つけてしまうだけで、若手のサラリーマンの月収に迫る勢いだ。


 こんな死角となる茂みの裏にあったのでは、調査をしないと見つからなかっただろうな。


 さすがはユニークスキルだ。


 脱皮をするホワイトスネークも一番自分が無防備な瞬間だと自覚しているだろう。だから、こういう見つけにくい場所で脱皮をするんだろうな。


 なんて思いながらホワイトスネークの皮を丁寧にマジックバッグに収納。


 そして、視界に映っている素材の下へ。


 最初に見つけたのは赤色をしたキノコと紫色をしたキノコだ。


 赤色のものはまだしも、この見るからに毒々しい色をしたキノコって明らかに毒キノコじゃないだろうか? 


 どちらも見たことのない素材だったので、鑑定してみる。



【ムラサキノコ】

 カサの色合いが毒々しいが毒はなく問題なく食べることができる。香り高く、コリッとした食感が特徴。




【アカキノコ】

 真っ赤な色合いをしたキノコ。カサの部分が少し硬いので、汁物として食べるとよい。

 毒キノコであるカエンダケと似ているので、見間違えには注意。



「どっちも食べられるのか!」


 アカキノコはともかく、毒々しい色合いをした紫色のキノコまで食べられるとは思ってもみなかった。


 ちょっと半信半疑な気持ちもあるが、神様のくれた鑑定先生が嘘をつくはずなんてない。


 食用の素材とのことなので、俺は手袋をはめてキノコを採っていく。


 どちらも木の傍に群生しているのでたくさんあるな。


 ただでさえ、見た目が怪しいキノコなので、フェルミ村の人たちも食べていないかもしれないな。


 おすそわけや売りにくい素材だが、自分が食べる分には問題ないので、たくさん採っておこう。


 アカキノコとムラサキノコを採取すると、今度は前方の木の近くにたくさんの素材が見えた。


 ゼンマイのような先端が丸まった植物に、ギザギザの葉っぱが特徴的な植物。


 とりあえず鑑定をしてみる。



【マイマイ草】

 茎の先端が丸まった山菜。丸まった部分には独特の苦みと癖があるが、慣れると美味しい。

 根元より少し上を手で折ってやると、綺麗に採れる。


【ドウナ】

 日の光があまり入らない湿り気のある場所を好む。食用のものとしての認識が広まっていないせいか採取する人間は少ないが、山菜の中では苦みも少なく、食べやすいので美味しい。アクが少ないのでお浸しや和え物、汁物などに合う。茎は繊維があるので刃物で切ってあげると良い。



 どうやら二つとも山菜のような食用の植物のようだ。


 マジッグバッグに入れていつでも持ち歩けるが故に、食材は大量に持っておいて損はない。


 マイマイ草は鑑定先生が根元の少し上を手で折った方がいいと教えてくれた。


 言う通りに手でつまむようにして力を加えると、パキッと音が鳴って綺麗に採れた。


 それが面白くて二個目、三個目とマイマイ草を採っていく。


「ああ、いいなぁ。この素材を採取している感じが!」


 人によっては何がいいのだろうと思われるかもしれないが、俺は自然の中で地道に素材を採取しているこの感じがたまらなく好きなのだ。


 前世では都会に住んでいたので、まとまった休みが取れた時くらいしかこういうことはできなかった。休日をフルに使ってしまうと平日に疲れがくることも多く、仕事にならないこともあるので家でできるゲームなどで気を紛らわせていた。


 だけど、今はそれらの心配を一切気にすることなく、大好きな素材採取に没頭できている。


 俺はそれが嬉しくて仕方がない。


 ご機嫌な俺は満面の笑みを浮かべながらマイマイ草を採取。


 十分な数が採れると、マジッグバッグから採取用の小さなナイフを取り出す。


 ドウナの根元に刃を当ててスッと切る。


 確かに鑑定先生の言う通り、茎は繊維があって硬い印象だったな。


 手で無理矢理採ろうとしたら結構な力がいるし、綺麗に採れなかっただろう。


 ゲームではこういう細かい仕様を再現することはできていなかったので、やはりリアルに体験できるのが一番いいな。


 ドウナを採り終えて立ち上がると、今度は頭上にある木の先端部分で素材が見えた。



【コゴの新芽】

 コゴの木に生える新芽。成長が早く、長くなりすぎると苦みが増して食用に適さなくなるので注意。側芽、胴芽を残しておくと、またすぐに成長する。



 鑑定してみると、こちらも食用の素材。枝の先に緑色の新芽がある。


 タラの新芽みたいなものかな?


 採ってみたいが手を伸ばす範囲よりも上なので届かない。だからといって、枝を折ったり切ったりするのはダメ。


 俺はマジックバッグからロープを取り出す。


 小さな輪っかを作ったら、新芽のついている枝に引っ掛けて軽く引いてやる。


 枝がしなってこちら側にきたところで、手を伸ばすと新芽が採れた。


 ……懐かしいな。昔、お爺ちゃんと一緒に私有地の山に入って、タラの芽を採る時にこうやって傘で枝を引き寄せて採らせてもらったな。


 その時の経験のお陰でスムーズに採ることができた。


 人生、どんな経験が生きるかわからないものだな。


「さて、次の素材は――って、ダメだ! 満月花を探すことよりも、素材の採取がメインになってる!」


 コゴの新芽を採り終わって、ごく当たり前のように次の素材を採取しようとしていた。


 いかん、俺の目的はポダンさんに頼まれた満月花を採取すること! 森の素材を採取することも大事だけど、頼まれた品を優先して探さないと!


 気持ちを切り替えて俺は森をズンズンと進んでいく。


 満月花を探すために調査を発動。


 またしても視界の中が素材で埋め尽くされる。その中には俺の知らない素材がたくさんある。しかし、そのひとつひとつを確認していては探索が進まない。


 俺が森を採取する時間はまだまだあるが、ポダンさんの奥さんの誕生日まで三日しかない。


 時間は有限。だから、今は未知の素材を前にしてもグッと堪えなければいけない。


 俺は後ろ髪を引かれる思いながらも、強い意思の力で素材を無視して前に進む。


 しかし、そんな俺の視界で橙に光る素材を見つけた。


「あっ! あれは月光草……っ!」


 あのシルエットは間違いなく月光草。しかし、それは目標の満月花じゃない。


 放置して次の素材を探しにいくべきだ。


 で、でも、あれだけで金貨三枚。先程のホワイトスネークを売却してしまえば、魔道コンロと旅道具で失ってしまったお金のほとんどが元に戻ることになる。


「……だ、橙の素材くらいは採取してもいいよな?」


 月光草を採取する時間なんて一瞬だ。それで金貨三枚も稼げるならいいものじゃないか。


 俺はそう自分に言い聞かせるように呟いて、月光草の採取に向かった。

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