第10話 朝の生活

 ふと、目を覚ますと神様のいた空間ではなく宿屋の天井だった。


 窓からは気持ちのいい朝日が差し込んでおり、朝の到来を告げていた。


 どうやら俺の意識は神様のところから戻ってきたようだ。


 ベッドから起き上がって、部屋の窓を開け放つ。


 すると、朝の澄んだ空気を運び込むように風が入ってくる。前髪がふわりと浮いて、肌を撫でられるような感覚。


 風がおはようと挨拶をしてくれているようだ。


 二階から景色を眺めると、既に村人は活動を開始しているのか荷車に野菜を積み込む家族や、玄関前で革をなめしている夫婦などが見えた。


 いいなぁ、こういう静かに始まる朝って……。


 前世のいた都会ではたくさんの人や音で溢れていたからな。


「シュウさん、おはよう!」


 朝の静かな営みを眺めながらボーっとしていると、不意に下から元気な声が聞こえた。


 視線を下に向けると、バケツを持ったニコがこちらを見上げていた。


 朝起きて、誰かから挨拶をもらうのは随分と久し振りだったので少し驚いた。実家で暮らしていた時以来だろうか。


「おはよう、ニコ。朝早くから働いて偉いね」


「朝早くって、もう太陽もとっくに昇ってるし早くないよ」


 そうか。電気のないこの世界では暗くなったら早く眠る習慣が身に付いている。日の出と共にか、それよりも前に活動するのが当たり前なのだろう。


 そんな彼女からすれば、俺が随分と寝坊助さんなのだろうな。


 なんだかんだと異世界初日での疲れが溜まっていたり、神様とお話をしていたせいかすっかり寝入ってしまったようだ。


「朝食の準備もできてるから、顔を洗ったら食べにきてね」


「わかった。すぐに行くよ」


 ニコに手を振った俺は、部屋を出て外にある井戸で顔を洗う。


 冷たい水でスッキリとしたら食堂の席に座る。


「ようやく起きてきたね。朝食を出してもいいかい?」


「お待たせしてすいません。お願いします」


 お願いするとほどなくしてアンナさんがトレーに乗せて料理を持ってきてくれた。


「はいよ、トマトスープとパンだよ」


「おお、美味しそう!」


 差し出されたのはトマトスープ。ミネストローネともいえるものだ。


 豆やキノコ、ニンジン、練り物、ジャガイモ、タマネギ、ソーセージとたくさんの具材がトマトスープに浸かっている。


 どこか甘みと酸味の混じったトマトの香りがとてもいい。


 食欲をそそる香りと色合いに我慢できず、俺は早速スプーンを手にして一口。


 口の中でトマトの味が広がり、たくさんの具材の食感がする。


「美味しい!」


「そんな大袈裟な。どこにでもあるような田舎料理だよ」


 俺の反応を見てアンナさん苦笑する。が、一人暮らし歴の長かった俺が求めるのはこういう素朴で優しい味なのだ。


 朝からこんなに手間のかかった温かい食事を食べるのはいつ以来だろうか。


 朝は時間もなくて抜いてしまうか、コンビニのおにぎりやサンドイッチで済ましてしまうことが多かったからな。


 誰かの手料理が食べられるだけで感激なのだ。


 今度は少し硬めのパンをちぎって、スープに浸す。


 あっという間にスープで赤く染まって柔らかくなったパンを口へ。


 スープにはトマトだけでなく、具材の旨味が溶けだしているので具材を乗せなくても絶品だな。勿論、具材を乗せて食べてみるともっと美味しい。


 そんな感じでスープとパンの無限コンボが延々と続き、ほどなくして朝食を食べ終わった。


「美味しかったです」


「ありがとね。今日はどうするんだい?」


「ポダンさんに素材採取を頼まれたので、それを探しに行こうかと」


「ああ、ニコが昨日言っていたやつだね。森に入るのなら魔物にだけは気をつけなよ。昨日から狩猟人が言っていたんだけど、魔物の動きが不規則みたいだし」


「魔物の動きが不規則に?」


「いつもの場所にいる魔物が違う場所で見かけられた感じだね。なんだかいつもより魔物が活動的っぽいとか」


 昨日からって、ちょうど俺が異世界にやってきたタイミングだよな。


 まさか、俺を媒介にして世界に放たれた神様の魔力で、魔物たちが元気になっているとか。そういうんじゃないよな?


「そうなんですか。では、いつもより魔物に気を付けることにします」


「そうしな。宿泊客にぽっくり死なれちゃ、こっちも寝覚めが悪いからね」


 アンナさんはそう明るく笑いながらお皿を下げて厨房に戻っていった。


 それは異世界ジョークだろうか。俺からすれば笑えないことなので用心しないとな。


 俺は庭で洗濯をしていたニコに声をかけてから、村の外を目指す。


 どうも昨日俺がやってきた森は魔物が多いみたいだしな。今日は違う森を目指すことにしよう。


 村の出入り口には、今日もローランが槍を持って辺りを見張っている。


「よう、シュウ! これから素材採取か?」


「ええ、満月花を探しにいくんですけど、どの辺りにあるとかわかりますか?」


 調査が使えれば楽に発見できるのだが、生憎と俺は満月花を見たことがないのですぐに発見とはいかない。


 自生しやすいところに当たりをつけて、素材調査で大まかに探すことになる。


 しかし、森には素材で溢れているので、絞り込むための手がかりが欲しい。


「うーん、俺も子供の頃に何度か見かけたけど、あれはどの森でも見つかるみたいだしなぁ」


「木陰にあるとか何かの近くに生えているとか共通点とか覚えています?」


 詳細を尋ねてみると、ローランは腕を組んで唸る。


 滅多に見かけないものなので記憶が薄いようだが、そこは何とか思い出してほしい。


「ほらほら、ちゃんと思い出してください。その情報で俺が探し出せれば、今後アンナさんにプレゼントしたい時に楽になりますよ?」


「……妙にリアルな圧力をかけるのはやめてくれ」


 うんうんと唸るローランを待つことしばらく。彼は顔にシワを寄せながらも語った。


「強いて言うなら、割と日当たりのいいところにあったような……?」


 俺が採取した月光草は月の光を浴びて育った植物だと鑑定先生が教えてくれた。


 となると、似た名前をしている満月花は満月の光を浴びて育つ植物なのかもしれない。


 ローランが言っていた日当たりのいいところという表現も理屈ではおかしくない。


「ちなみに村近くの森で一番安全なのはどこです?」


 昨日俺がいた森は一番物騒な場所だと聞いた。満月花がそこにしか自生していないとかいうのでなければ、できるだけ安全な森で採取したい。


「んー、魔物が活発化してるから確実とはいえないが、ブルーベアーが滅多に出ない南の森だな」


 そう言って、ローランは遠くにある森を指さす。


 あちらがこの村から南のようだ。


「ありがとうございます。それら情報を頼りにしながら日当たりのいいところを探してみます」


 少しの手がかりがあるだけでも十分だ。滅多に見つからないということで稀少価値は高いはず。日当たりのいいところで調査を発動して橙に光る素材を探そう。


「おお、合ってるかわからんが、今後の俺のためにも是非有用な情報を持ち帰ってくれ」


 俺はローランに見送られて、村から南にある森に向かうのだった。


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