第2話 過去
「三國は何になりたい?」
六年生になったばかりの俺は、新しくなった教室で友人たちと先日見た特撮ヒーローについての話題で盛り上がっていた。そのヒーローはなかなかリアリズムがあり、それでいて王道のかっこいい戦闘シーンあるということで同学年の生徒の間で高く評価されていた。
五人組の戦隊ヒーローでそれぞれにイメージカラーがある。やはり、というべきか赤や青は特に人気があった。
友人たちの間では「なれるなら何色になりたいか」という話題が上がり、俺もその話に加わる形で会話に参加した。俺は迷うことなく「黄色になりたい」と答えた。が、友人たちには以外だったようで、黄色を選んだ理由を聞きたがった。
黄色はひょうきんもののキャラクターで、かっこいいキャラクターやシリアスなストーリーの多い本作では浮いた存在だった。だからこそ、そんな世界でも誰かを笑わせようと努力する彼に尊敬の念を抱いていた。
私が黄色の良さを説いていると友人の一人が「そういえば、新しい担任の大岩先生、ちょっと黄色に似てるよね。」といった。大岩先生は今年からこの学校に来た教師で、生徒と同じ目線に立って授業をしたり、授業の途中で校庭に出てキャッチボールを始めたり、子供にもわかりやすいジョークを言ったりなど絡みやすい教師だった。たしかに、大岩先生と黄色には似たところがある。
そんな風に話が盛り上がって、気づけば朝礼の始まる時間になっていた。大岩先生が教室に大きな声で挨拶をしながら入ってくる。その声に共鳴するように、教室中で大きな挨拶の声が響いた。
小学校の六年間でこの一年は特に印象的なものになった。そのなかでも「夏休みの一件」はその後の俺の人生を形作るものだった。
夏休みが始まってすぐのころ、俺は一人で例の特撮ヒーローの映画を見るために市街地に遊びに来ていた。親の都合が合わず、初めて一人で外出することになったが俺は自分が成長していることを親に思い知らせるいい機会だと考えていた。
映画を見終え、せっかくなら少しぐらい遊んで行きたいと思い、俺はゲームセンターに寄った。つい、興が乗ってしまい遅くまでゲームをしていると警備員のおじさんに声をかけられた。焦っても、もう遅かった。
「君、小学生だよね?駄目だよ、こんな時間まで遊んでちゃ。」
大人に注意され、俺は何も言えなくなっていた。
今にも泣きだしそうな俺に警備員は「親に連絡するから」と親の連絡先を聞いてきたが、恐ろしさと恥ずかしさでうまく舌が回らない。どうすることも出来ず茫然としていると、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえる。その声が段々と近づいてくると、声の主が大岩先生であることに気がついた。
「すみません、私の連れです。はぐれちゃって。」
そういうと先生は警備員に身元を明かし、いろいろ説明をしてくれた。警備員は先生の説明に納得したのか店内へと帰っていった。
俺と先生の二人きりになると先生は「早く帰るんだよ」といつもの笑顔で一言だけ言うと後ろを向いてどこかへ行こうとした。
その時、さらに困ったことに気づいた。
「先生。」
俺は思わず大岩先生を呼び止めてしまった。
「どうしよう、お金、使っちゃった。」
俺は大岩先生にあこがれ、教師を目指した。
教師になるのは決して簡単な道ではなかった。勉強は気が抜けないし、友人も減った。理想と現実の差に押しつぶされ、ノイローゼ気味になったこともあった。
五年前、念願叶ってやっと教師になった。
大岩先生のような優しい教師であることを心掛けたが、優しさだけでは生徒になめられてしまい、クラスはまともに授業も出来ない状態になってしまった。
いつしか教師という仕事に夢を持てなくなり、仕事を続けるために教師をやっていた。
そんなある日、大岩先生の訃報が届いた。肺がんだった。
いつでも生徒のことを一番に考え、授業を休んだことのなかった先生は、発見が遅れ、気づいたときにはすでに手遅れだった。病院のベッドの上で、弱っていく先生はよく俺のことを話していたそうだ。「僕のようになりたいといってくれた、いいこだ。」と同じ病室の人に自慢していたのだという。
そんな話を聞いて、俺は今の自分が情けなくなり、涙が止まらなくなっていた。もう一度、大岩先生のような優しい先生を目指そうと覚悟を決めた。もはやクビなんて怖くないのだ。自分にそう言い聞かせた。
あの日の、先生の車の煙草のにおいを今でも鮮明に思い出す。
クビに至る病 六田 @sou-rokuta
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