第二章 マシーナリー

1 街灯

 レイメイは驚いた。

 ユーズリィのあとをついて暗い坑道を抜けると、そこには街が広がっていた。

 天井はいままでの坑道に比べれば圧倒的に高く、降り注ぐのは地表から見上げる太陽に近い、暖かな光だった。大気があるためかコロニーの奥は曇って見えず、広い空間のなかに四角いビルときっちりと区画整理された住宅地があり、都市計画の図案が見えるようだった。

 ただ、そこに住んでいたのは人類ではなかった。

 ユーズリィのあとについて街路を歩く。

 道のそこかしこに無接地給電を示すカラフルなホログラムが浮かんでいて味の違いを謳っており、樹液に集まる昆虫のように大小様々な機械知性体たちが群がっていた。

「ここで給電せ食べんでも、うちのほうが美味いけえあな」

 そんな彼らを横目にユーズリィは笑いながら、それが当たり前のことのように街路の傷を補修しては、同型機同士で軽く触れ合い、情報を更新しているようだった。

 機械知性体マシーナリー――レイメイからしてみれば狂機ルナリアンと変わりない作業機械たちアンチ・ヒューマンが、ヒトがいない街に住み、維持しているのだった。

 事実ユーズリィの話すことによれば、それは間違っていないのだという。

「ここはヒトが帰ってくるのをなあ、待っとる街なんじゃあ。言うて虎目の公主タイガーズアイが言っとるだけなんじゃがなあ」

 ユーズリィの言葉にレイメイは返事ができない。

 ヒトが帰ってくる――いまはいないヒトのために、彼らは街を維持し続けている。この街の灯りは無人の証明だというのだ。

 レイメイは気がつかないうちにショックを受けていた。

 気持ち悪い。

 目の前がくらくらする。

 視界が灰色に染まっていく。

「どおしたんなぁ? 大丈夫かぁ?」

 黒色の六角形が足元を這い回る。

 心配してくれているのだろうが、いまのレイメイには逆効果だった。

 視界いっぱいに、ユウヒの顔が浮かぶ。目を合わせ、レイメイの顔に両手をそえて、

「ほら、大丈夫だからゆっくり深呼吸して」

 ちくりと首の後ろに痛みが走り――いつもは打つのを渋る、鎮痛剤だ。その事実にレイメイは自分の混乱の深さをどこか他人事のように認識する。

 ユウヒの言うとおりに身体全体で呼吸する。この苦しさを遠ざけることができるのなら、本当は呼吸だってやめてしまいたかった。

 気がつくと、レイメイは両膝をついて祈るように路上にうずくまっていた。

 周囲には機械知性体マシーナリーたちが集まってきており、みな物珍しさからかレイメイを走査スキャンしている。

「こんなとこじゃあ充電もできんわぁ。あともうちょっとじゃから、がんばれよお」

 ユーズリィの叱咤に、反射的に叫んでいた。

「うるさい! がんばれってなによ! 作業機械アンチのくせに!」

 ざあっと潮が引くように機械知性体たちの包囲が広がった。

 ユーズリィの呆気にとられた顔が――顔などないのに――レイメイにはありありとわかった。

「なによ! ほんとうのことじゃない!」

 視界の端で、あちゃー、と頭に手を当てているユウヒが立っている。

「おまえさん、そんな数百年前の呼び方、いまはだれも使っとりゃあせんよ……」

 ユーズリィの困惑が伝わってくる。

 その時だった。

 レイメイの眼前に、静かにフクロウが舞い降りた。

 彼は猛禽類の苛烈さとは裏腹に、優雅に羽を広げ、会釈してみせる。

「私は虎目の公主オーバーロードが先遣たるネルヴァ。ようこそ、我が街へ、最後の人類よ――」

 そう気取って、フクロウ型の機械知性体・ネルヴァは、レイメイに向かって何もかも知っているのだと、にやりと笑うのだった。

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