フラグメント
セント・エルモの星
「おお〜、これもかわいいっすねえ!」
君は足元のハート型の葉っぱを拾う。満面の笑みを浮かべ、ほこりを払うとバックパックから取り出したノートの空きページに挟み込む。のちにわかるが君はその葉に色を塗る。大きな木を飾るために。
君は杖を支えに、舌打ちの反響測位で周囲の安全を確認しながら、かつて栄華を極めた鉄筋コンリート製のビル、その崩れ倒れた残骸を危なげなくおりていく。
不意に日が陰る。南にそびえる宇宙まで届く
君は驚いた様子も見せずに歩き続ける。
私はその様子を上空から見守っている。
私の名前はネルヴァ。
かつて存在した猛禽――フクロウを象った
そして君の名前は、グリラ。私の、目下の観察対象だ。君をそうと定めてそろそろ半月が経とうとしている。
グリラ、君はここでどんな姿を見せてくれるのだろうか。
いま君が歩いて探索を続けている場所は、かつて軌道エレベーターの城下町として栄えた、人類の都市だ。それから数百年が経って人類はいなくなり、いまや都市は廃墟も同然だ。熱帯地方の植生が人の手が入らなくなった都市を飲み込み、巨大な木々と鬱蒼としたジャングル、そして我々機械知性体が、この都市の主となっている。
グリラはビルの廃墟からおりきると、南に向かう。今日の探索は終わりのようだ。方向から行き先はいまの寝床である湾岸沿いの廃ビルへと向かっていることがわかる。そのあたりは地下から滲み出したタールが燃えて野生動物がほとんど近づかず、まだ人類の風力発電システムが遺っていて、暮らすには困らないのだ。
不意に君は歩みを止め、杖を構える。
ジャングルの暗がり――茂みの奥から、獣が飛び出してくる。
グリラは杖を横薙ぎにふるう。
ぎゃん、と鳴いて獣が転倒した。毛の薄い肌色の、ヤープルと我々が呼んでいる四つ足の獣だ。グリラの探索行はよくヤープルとぶつかりあう。グリラが拾うものが、ヤープルの欲するものであることを彼らに知られてしまっているのだ。
別のヤープルが飛び出してきて、転倒したヤープルをかばうように前肢を左右に広げる。
その様子を見て、残心のままのグリラが呆れたように言う。
「いい加減、覚えてほしいっすねえ」
歯をむき出し、威嚇してくるヤープルへ、グリラはすべるように近づいて杖の先端を押しつける。電撃が走って、ヤープルが昏倒する。
「困ったもんすよ」
誰に言うでもなく君は、二頭の倒れたヤープルを茂みの奥に横たえ、他の動物に襲われないように偽装する。簡易ではあるが彼らが目覚めるまでの安全を確保したのだ。そしてバックパックからふくらんだ巾着袋を取り出して、その中から白化したガラス石をふたつ、彼らのそばに置いておく。
「これで、我慢してくださいっす」
そう言うとグリラは杖をつき、舌打ちの反響測位で周囲を確認しながら歩き去る。
そんな日々が幾日か繰り返され、グリラの寝床には拾ったものがどんどん集積されていった。
人類の遺物である、さびたネジや伸びたコイル、砕けたガラスや陶器のかけら、壊れた携帯端末、汚れた紙束や歪んだ金属板、枯れ葉、それに機械知性体の各種パーツ――私にはその脈絡を見極めることができなかったが、グリラには基準があるのだろう。
グリラはどこからか流れてきた。ひと月ほど前にこのあたりに住み着くと、探索行を始めた。理由はいまだわからない。私にはわからない。
無限軌道を持った車輌タイプの機械知性体である
「いや、こらちはもらえるものをもらえればいいんですけど、やっぱりここだと不便じゃあないですかね?」
ニールズの問いかけに、グリラは首をかしげた。ニールズはどこかもどかしそうに言葉を続ける。
「次の村までお連れしますよ?」
「大丈夫っすよ、やることがあるんでそれが終わったら」そう言うと、グリラは軌道エレベーターを見つめて「もちろん戻る予定っす」
「これは差し出がましいことを」ニールズはセンサーでちらと私を見上げると「
ではまたいずれ、とニールズは立ち去った。
それから数日が経って、グリラは探索時に星の形をした大きな木の葉を拾う。持ち帰って君は、ニールズに物資コンテナから絵の具を見つけると、黄色く塗った。鮮やかな黄色で、その仕上がりに君は満足そうにうなずいた。
そうしてグリラの探索行は急に終わった。拾った人類の遺物を選別し、飾りに使うものは洗って整形し、濃い緑や真紅に塗っていく。電子機器や機械知性体のパーツは配線をつなぎ直し通電を確認していく。君はできあがったものを、寝床のそばにある、背の高い一本の針葉樹林へとどんどん飾りつけていく。
その作業が終わったとき、グリラからメールが届く。完成したのでお披露目をしたい、明日の夜に来てほしい。そう書いてある。見下ろすと、こちらに向かってグリラが小さく手をふっている。
その日の夜、私はあくまで上空で見ているつもりだった。ただ月のない暗く濃い夜で飛行に少し不安があったので、君の飾った木のそばの廃ビルの屋上から、お披露目を眺めることにした。
グリラは、飾りつけた木に近づくと小型の発電機を始動させる。二回三回とスターターを引っぱるも――どうやら発電機が動かないようだ。グリラはやれやれと首をふると、手首のソケットへ、木から伸びているコードの先にあるプラグをつないだ。ほんの少し待って供給配分の計算が終わったのか、グリラはよしとうなずくと、自身に蓄えてあった電力を給電する。
あたりが一瞬で真昼のように明るくなった――木に飾りつけられた電球や電子機器にジャンクパーツが強い光を放ち、ひとつの大きな炎のようになって、木が周囲を照らしている。
慌てたように君は電圧を調節して、徐々に明るさが落ち着いてくる。
これがどうしたのだろうか――私にはいまだにグリラの目的がわからない。
グリラのそばにふわりと降り立つ。
横目でこちらを見て、君はにやりと笑う。
「どうしたんすか、珍しいっすね、ネルヴァが降りてくるなんて。やっぱり参加したくなったんすか?」
「いや……。グリラ、教えてほしい」
「なんすか?」
「これはなんだ?」
「クリスマスツリーっす」
聞き慣れない単語が即座に
「人ってこれ、『きれい』って思ってたみたいなんすよね」
ツリーを見上げるグリラの横顔が、照明で輝いて見える。
「それで?」
「実際につくってみたら、『きれい』がわかるかなあって思って」
私はクリスマスツリーに向き合ってみる。まだ電圧が不安定なのか、照明は強くなったり弱くなったりと視覚素子にまぶしい。そう、まぶしいだけだ。
「でも、結局よくわからなかったっすね」
たしかにそうかもしれない。正直に言えば、廃墟に火が灯るのと、大きな違いはないだろう。
光につられて集まってきたヤープルが騒いでいる。彼らにはこの美しさがわかるのだろうか。それは――なんとも悔しい話ではないか。
私は言った。
「では、これを『きれい』とすればいい」
「それ、ずるじゃないっすか?」
「なにを『きれい』とするのか、人類を踏襲する必要はないはずだ。我々には我々の、物の見方があって然るべきだ」
その時、ツリーの天頂、星の飾りに青白い火が灯る。
放電現象――セント・エルモの光――そうだ、私はすでに、この美しさを知っていた。
「そうっすね」
グリラはつぶやくと、未知の星を見つけるために、その目を凝らした。
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