【二〇一八年十二月号】

【二○一八年十二月号】


妹に退職告ぐる鰯雲


 この頃にはめでたく退職が決まっていた。一方、転職先はちょっとした事情で四月からの勤務だったため、この頃の俺はほとんど無職同然の状態だった。退職したことを告げたとき、妹はこれまでに見たことがないほど俺のことを蔑んだ目で見てきた。身内からプータロウが出るとは思いもしなかったのだろう。当然、両親や兄にも退職は伝えているわけだが、「妹」にすることで兄妹愛などが出るだろうという気持ち悪いことを考えて句を作っていた。シスコンぎみで気持ち悪い。もしもどこかでこの句とこの自句自解を目にしたとき、妹はまた蔑んだ目で俺を見るのだろう。

また、この句は加藤楸邨の「鰯雲人に告ぐべきことならず」も意識して作っている。楸邨の句と比べるとくだらないことを詠んでいる。戦争など深刻な問題に直面していた楸邨に対し、自業自得な俺はただの愚か者だ。オマージュで駄句を作るのは今後避けていきたい。


「あ」で攻めるしりとり秋の九十九里


 会社をやめた翌日に市川綿帽子さんとクズウジュンイチさんと句会をした。そのときに出したのがこの句だ。句会ではクズウさんから選が入り、「リズムがよくてその一点だけでとれる句だ」との選評をいただいた。一方、内容はどうしようない。だからどうしたのだという感想で終わってしまうほどしか内容のない句だ。それを直しもせずに投句をしてしまった俺は内容以上にもっと酷い。リズムしか褒められなかったのなら内容まで改善できないか考えてみればよいではないか。精神的に向上心のない人間の句である。


リビングにムスクが三個林檎食む


 「街」の句会に出したとき、この句はもともと「リビングにムスクを三個秋刀魚焼く」だった。奇跡的に今井聖さんの入選(「街」の句会では良かったと思った句に対して、特選一句、本選四句を選ぶ。これに加え、主宰は一定の基準を満たしている句を何句か入選句として選んでいく)に入りはした。選評では「においとにおいをぶつけることで成功している句はあるが、ムスクに対して秋刀魚のにおいをぶつけると互いのにおいが相殺されてしまい、成功しなくなる」という指摘をいただいた。それで、投句の際にはにおいの薄い「林檎」でごまかすことにした。しかし、なぜ「秋刀魚焼く」以外のにおいをムスクにぶつけて勝負しなかったのか。無職になって時間があったのならそれくらいねばってみてもよいではないか。根性がない。それに、常々今井聖さんから言われていることだが、「秋刀魚」ときたらたいていは「焼く」が下に続く。そんな使い古された表現はいくらでもある。それなのになぜ句会の際にこんな表現をして自信満々で出していたのか振り返ってみると不思議で仕方がない。


馬鹿の真似する子が前に茸狩


 馬鹿は俺だ。いつも五句掲載だったのにこの号は四句掲載に落ちてしまったため部屋で暴れていた。壊れたシューズボックスはいまもそのままだ。

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