ループする水曜日の朝


 ――“今日も”めんどくさい。

 目が覚めて、最初の思考がそれだった。

 感覚的に“今日”が昨日の“明日”ではないことは明白だった。目が覚めるということさえ億劫だった。

 毎日は繰り返されている。

 毎日が似通った日常で、同じような毎日を生活している、という比喩じゃない。本当に同じ毎日を繰り返し続けているのだ。それもこの朝だけを。

 目が覚めて、テレビをつけて、コーヒーを飲んで、バナナを食べて、そうして嫌々着替えて、玄関から一歩踏み出す。

 ただそれだけの朝を――朝起きて、気だるいだけの朝を延々と過ごし続けている。

 時にそれは遙か未来の宇宙であったり、AIに完全管理された社会であったり、ファンタジー世界であったり、ミステリーの世界であったり、あるいは超能力が存在する世界だったり、その他諸々ありとあらゆるシチュエーションの朝であることもある。

 けれど、どれも一様に僕は毎日の生活に疲れ果てていて、嫌な気分で目が覚める。そうして嫌な気分が拭えないままに家を出るのだ。

 すると、また繰り返したくもない、気だるい朝がやってくる。

 ――もうめんどくさい。

 昨日――正確に言うと、一つ前の“今朝”、その朝のため息よりも深いため息を大きく吐き出した。冬の寒さに冷えた部屋に、その吐息は無為に響いた。

 ベッドからスマホに手を伸ばし、音が鳴る前にアラームを止めた。止めても止めても、次の“今朝”になればまた鳴り続けるスマホに嫌気がさして、適当にぶん投げた。壊れてもどうせまた“今朝”には元気にアラームを鳴らすだろう。

 ――このまま布団に閉じこもってしまいたい。

 布団のすそをぎゅっと握ってみたが、けれど、これ以上、起き上がらないでいれば、不思議な力――まるで超能力で僕がそうしていたように、体が宙に浮かんでリビングへと強制的に移動させられてしまう。繰り返し続ける朝で学んだ最も大きな教訓だ。

 ため息を吐いて、やけくそのように布団を蹴飛ばして体を起こした。


 重い足取りでリビングに向かうと、にエアコンのスイッチを入れた。部屋が暖まったころに出かけて、また次の“今朝”。無意味な繰り返しだが、しかし体は繰り返すたびにリセットされるようで、エアコンの温風に当たらなければ寒くて仕方がなかった。


「…………」


 テレビもつけず、電気ケトルのスイッチも入れず、そのままエアコンの吹き出し口の前でただ突っ立っていた。すると、勝手にテレビがついて、電気ケトルのスイッチが入る。

 僕が何もしなくとも、繰り返される朝は、勝手に“毎朝”を再現し続ける。それに抵抗してみても、不思議な力で強制される。ループするのだからとベッドから出ずにいれば、勝手に体が浮いてリビングに辿り着くし、着替えないでいれば、勝手に服がスーツに替わってる。

 時が進んでいたときならば、きっと便利だなと喜んでいただろうが、いまや度が過ぎたおせっかいにしか思えない。

 僕とて、この不毛なループを終わらせる方法を考えなかったわけじゃない。

 “今朝”が繰り返される中、僕は考えられることを全て考え尽くしたし、この“今朝”の中で出来る行動はやり尽くしていた。

 しかし、僕が何を考えて、何をやってみたとして、けれど一向に時間は朝よりも先へ進むことは決してなかった。

 そうして、もはや万策尽きて、ただただ無意味にこの朝を過ごし続け、めんどくささにめんどくささを重ねて、何のやる気もしなくなっていた。

 僕はもうこの朝を、それまでの人生よりも長い時間過ごし続けている。

 

 強制的に手元に届いたコーヒーを仕方なしに一口飲んだ。

 一度、飲まずにいたら、コーヒーが浮かんで、口に飛び込んできて、火傷をしたことがあった。僕はこの“今朝”に逆らえない。

 勝手に流れるテレビ。次のニュースは芸能人の不倫についてで、その次はスイーツの紹介コーナー。毎日流れるニュースは同じだから、嫌でももう暗記してしまった。

 もうとうの昔に食べ飽きているバナナがキッチンがから飛んでくるから、それを嫌々ながらに食べた。バナナの甘みが気持ち悪く、えづきそうになる。しかし、飲み込まなければ、無理矢理“今朝”の強制力で胃の中に押し込まれてしまうので、我慢して口の中へと押し込んだ。

 テレビに流れる新商品のスイーツは、かつて一切興味がなかったが、しかし、今では体がバナナとコーヒー以外のものを求めて、憧れに変わっている。

 流れるテレビの画面の左上、その時刻表示は僕にとって死刑宣告までのカウントダウン以外の何者でもなくなっていた。

 あの時刻表示が七時五十分を指したとき、僕は嫌でも玄関から外に出て、また次のループを迎えてしまう。そうして、面倒な“今朝”がまた始まる。繰り返す世界で目覚めることの徒労感は、自然と疲労感として積み重なって、繰り返すたびに疲れは溜まっていった。

 僕はただただ「嫌だなぁ」という気持ちで突っ立っていた。

 時計が四十五分を指すころには、いつのまにパジャマはスーツに変わっていて、洗面所からは歯ブラシが飛んでくる。そうして、独りでに歯磨きが終わると、また体がふわりと浮いて、玄関へと運ばれた。

 玄関で靴を履かされると、勝手に手が動いて、ドアの取っ手に手が伸びた。無駄な抵抗と知りつつも、僕はその動きを必死で押しとどめようとしてみたが、無上にも僕の手はドアノブを掴んで、外へ開いた。

 僕は扉を開いて、外へと一歩進み出た。

 時が進むことはやはりなかった。


 また“今日”という日が始まってしまった。

 どうせまた無意味な“今日”が始まってしまった。

 

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