第30話

 ヨシオ君は、そっと病室に入りました。もう、お医者さんもできることはみんなしてしまったのか、ほかには誰もいませんでした。ヨシオ君は、なおちゃんの枕元に立ちました。なおちゃんの顔は、もう土気色をしています。ヨシオ君は、ひょっとして、もう間に合わなかったんじゃないかと思って、ドキッとしました。でも、よく見ると、胸が上下に動いています。間に合ったのです。

「ヨシオ君、もう時間がない。僕の言う通りにするんだ。いいね。」

たまごが言いました。

「うん、いいよ。」

ヨシオ君は、一回深呼吸をしてからそう答えました。

「じゃあ、僕をなおちゃんの胸の上に置いて両手で握らせるんだ。

ヨシオ君は、言われた通りにしました。

「そしたら、なおちゃんにキスをするんだ。」

「えっ、。だって、そんなの恥ずかしいよ。」

ヨシオ君はびっくりして言いました。たまごは、やさしく言いました。

「なおちゃんが、助からなくてもいいのかい。それに、もう二度と会えないんだよ。だから、ほら、照れてなんかいないで、やさしくキスしてあげるんだ。」

 ヨシオ君は、ためらいながら、なおちゃんの顔をじっと見つめました。小さなころからの思い出が、次から次へと浮かんできます。ヨシオ君は、なおちゃんのことをどれくらい好きなのか、あらためてわかったような気がしました。


 ヨシオ君は、迷わずなおちゃんにそっと口づけをしました。

 すると、なおちゃんの胸の上にあったおばけのたまごが光り出したのです。最初はぼんやりとしていましたが、だんだんだんだん強く光り出しました。そして光が強くなるにつれて、おばけのたまごはシャボン玉のように透き通っていきました。光はますます強くなり、それと一緒に、おばけのたまごは、どんどん大きくなっていくようでした。

 光は、やがてなおちゃんを包み込み、とうとう病室は光に飲み込まれて、何も見えなくなってしまいました。やがて光はうすれていき、もとの蛍光灯の薄暗い光だけになりました。

 すると、そこには見たこともない若い男の人が立っていました。もうヨシオ君の姿は、どこにもありません。その人はそっと、

「ヨシオ君、さようなら。」

と、つぶやくと静かに出て行きました。

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