第28話
その日、夜遅くなって、お父さんが帰ってきました。
「あなた、大変よ。お隣の直子ちゃんが、車にはねられたんですって。」
と、お母さんの声がします。ヨシオ君は、そっと聞き耳をたてました。
「うん、さっきまで病院で、直子ちゃんのお父さんと会っていたんだ。」
「それで、どうなの。助かるの。」
「それが、どうもだめらしい。今晩もてば、なんとかなりそうなんだが。」
ヨシオ君は、あまりのことに呆然としてしまいました。頭の中で一つの言葉がぐるぐるとかけめぐっています。
「なおちゃんが、死んじゃう!」
涙がぽろぽろ出てきました。握りしめた手が、ブルブル震えます。
「なおちゃんが死んじゃう。大好きななおちゃんが死んじゃう。」
「いやだ。そんなのいやだ。」
ヨシオ君は叫びました。
何か、きっと何か方法があるはずです。ヨシオ君は一生懸命考えました。
「そうだ。たまご君なら助けてくれるかもしれない。」
ヨシオ君は必死でたまごに呼びかけました。
「たまご君、起きてよ!お願い!なおちゃんが車にはねられて死にそうなんだ。助けてよ。たまご君ならできるだろ。お願い。なおちゃんが助かるんなら、僕は何でもするよ。」
すると、頭の中で声がしました。
「それは本当だね。」
いつものたまごの、あの片言の子供っぽい声ではありません。とても厳かな、まるで別人のような声です。
「本当だね。本当に何でもするんだね。」
ヨシオ君は、夢中で言いました。
「うん、本当だよ。何でもするよ。」
「なおちゃんに、二度と会えなくなってしまうんだよ。それどころか、お父さんやお母さんにも二度と会えなくなってしまうよ。それでもいいのかい。」
「だって、なおちゃん、助かるんだろ。」
「もう、友だちにも会えなくなってしまうんだよ。それでもいいのかい。よく考えてごらん。女の子なんて、星の数ほどいるんだ。もっと素敵な女の子にだって、いっぱい会えるんだぜ。」
「でも、なおちゃん助かるんだろ。」
たまごは、ため息をついたようでした。
「遠い昔、おばけの国の王様が、人間の心を試すために、このたまごに呪いをかけたんだ。
このたまごには、愛している人の命を、たった一度だけ救う力がある。でも、その力を使った人間は、たまごの中に吸い込まれてしまうんだ。そして、命を助けられた人が、身代わりになって吸い込まれた人のことを忘れてしまわなければ、その人はたまごの中で目をさますことはできないんだ。
このたまごはね、そうやって世界中を転々としてきたんだよ。そしてね、誰かがこのたまごの力を使ったとき初めて、前の人が入れ替わりに出てこられるんだ。」
「そ、それじゃあ・・・。」
「そうだよ、ヨシオ君。僕も人間だったんだ。だから、もう一度よく考えてごらん。君のことなんか、なおちゃんはじきに忘れてしまうよ。僕が力を貸せば、もっと素敵な女の子に巡り合うことだってできるんだよ。」
ヨシオ君は、静かに言いました。
「でも、なおちゃんは助かるんだろ。」
たまごは、ため息をつきました。
「わかった。じゃあ行こう。もう、あまり時間がないよ。」
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