第20話
お母さんもまだご機嫌斜めですから、ヨシオ君は下に下りて行く気にはなれません。もちろん、遊びに行くなんて、とんでもありません。しかたがないので、おとなしく勉強を始めました。宿題が終わるころには、お父さんも帰ってくるでしょう。
ヨシオ君は、とうとう晩ご飯になるまで、下りてきませんでした。下からお母さんが、
「ヨシオ、ご飯よ。下りてらっしゃい。」
と呼びました。ヨシオ君はため息をつくと、下りて行きました。
お母さんは、まだちょっと怖い顔をしています。お姉ちゃんも、きっとお母さんから聞いたのでしょう。ヨシオ君の顔を見ては、ニヤニヤしています。まるで、お父さんは怒ってるわよって、言っているみたいです。ヨシオ君は、おそるおそるお父さんの顔を見上げました。でも、お父さんはいつもと同じです。別に怖い顔はしていません。
ヨシオ君は少し安心しました。でも今日はいつもとちがって、ご飯を食べている時も、みんな黙ってむっつりとしています。まるで口を開いたら、お小言しか出てこないみたいです。ヨシオ君は、心配で心配で、とうとう今日のご飯は、何を食べているのか、味なんてまるでわかりませんでした。
さて、いよいよ晩ご飯が終わりました。ヨシオ君が、そっと二階へ行こうとすると、お父さんが呼び止めました。
「ヨシオ、ちょっと話がある。お父さんの部屋へ来なさい。」
ヨシオ君は一瞬ビクッとしました。とうとうきたな。そんな感じです。でも仕方がないので、お父さんと一緒に向こうの部屋へ行きました。
ヨシオ君は、かしこまって座りました。お父さんも腕組みをして、どっかりとあぐらをかいて座っています。お父さんはじっとヨシオ君を見て、言いました。
「おまえは、何で今日ここに呼ばれたのかわかっているな。」
ヨシオ君は、うなだれて言いました。
「ハイ。僕が悪かったんです。ごめんなさい。」
お父さんは、うなだれているヨシオ君を、怖い顔をして、しばらく見つめていましたが、急にニヤッと笑ってこう言いました。
「おいヨシオ、おまえどのくらい野球がうまくなった。」
「えっ。」
ヨシオ君は、ちょっとの間ぽかんとしていました。
「野球はどのくらいうまくなったかと聞いているんだよ。」
「うん、まだチームに入れてもらえるほど、うまくなってないんだ。」
ヨシオ君には、まだお父さんが何でそんなことを聞くのか、わかりませんでした。
「なあ、ヨシオ。お父さんにも、おまえと同じような思いをしたことがあるんだ。やっぱり学校で野球がはやっていてな。お父さんも野球がやりたくてやりたくてたまらなかった。だけど、やっぱりヨシオみたいに下手でね。仲間に入れてもらえなかったんだ。」
お父さんは、ちょっと夢を見ているみたいな目つきで、話し続けます。
「そう、あの頃は野球のうまいやつはクラスの人気者だった。でも下手なのは仲間外れにされて、みんなが遊んでいるのを指をくわえて見てなきゃいけなかったんだ。それがくやしくってね。今にみんなをあっといわせてやるんだって、一人で一生懸命練習したもんだよ。それで、たまたま一人足りなくなった時に入れてもらって大活躍をしたんだ。おまえにも見せてやりたかったな。それ以来、ショートで四番打者、あっという間にクラスの人気者になったものさ。」
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