第4話  戯れ

「勝負だと?」

「せや。まぁ、言うても簡単なゲームやから警戒せんでええで」

「受ける気はない」

「もし、九条ちゃんが勝てばうちが付きまとうのを止める条件をつけてもええで」


 むっ、と僅かに唸るような声が九条の口から漏れる。今後も付きまとわれるのは非常にやりにくい状況が起きる為、ゲーム程度のお遊びでそれが無くなるのであれば悪くない条件であると九条は感じた。


「嘘じゃないだろうな?」

「ああ、ほんまや。せやけど、逆にうちが勝てば今日のうちの予定に付き合ってもらうで?」

「良いだろう。それで? そのゲームのルールは?」


 白鷺はズボンのポケットに手を入れると、そこから何故か未開封のトランプが出てくる。その封を開け、途端に器用にシャッフルを始める白鷺。


「ルールは簡単。このトランプをシャッフルして、一番上の一枚を手に取り数字が大きい方が勝ちや。但し、エースは1で、ジョーカーは13として数える」

「単純明快だな。同じ数字だった場合は?」

「マークで勝敗つけるって言うのもありやけど、もう一度引き直しが一番わかりやすいからそっちで行こうか」

「いいだろう。ただし、一つ言いたいことがある」

「何や?」

「そのあからさまに怪しいトランプでする気は無いぞ」

「もしかして疑ってるんか九条ちゃん」

「疑わない方がおかしいだろ。こういう類の勝負に関して散々イカサマをしてきたお前が言えた事か」

「しゃーないな。じゃあ、イカサマ防止を兼ねて触ってええで」


 はい、と素直に白鷺は持っていたトランプを九条に渡す。それを手に取り、イカサマが無いかどうか九条は一枚一枚調べていく。


「えらい入念に調べるなぁ、そんなに信用されてないの、うち?」

「当然だ。お前が今までやってきた事を思いだしてみろ」

「サイコロの中に重りを入れて六しか出ないようにしたり、コインを二枚くっつけて表と裏を自在に操ったりしたぐらいやろ?」

「その時点で信用がゼロという事を自覚しろ」


 トランプの柄に不自然な印がないか、カードに透かしがないか、イカサマになりそうな所を見るものの、小細工をしている点は見当たらず、九条にはただのトランプにしか見えなかった。


「なるほど、確かに異常はなさそうだな」

「せやろ?」

「良いだろう、受けてやる。ただし、一つ条件がある。一番上のカードをめくる時は、人差し指一本でズラしてめくる事とする」

「えー! 何でや!」

「手の中にカードを忍ばせている可能性を無くすためだ。それを条件に受けてやる」

「……むむ、しゃーないな。じゃあ、トランプ持っている九条ちゃんからで」


 手にあるトランプを手早くシャッフルして切る。そして、ある程度切った所で止めて、宣言通り上の一枚を指一本でズラしてめくる。

 出た数字はジャックのJで『11』だった。それを見て九条は、よし! と手に力が入る。


「九条ちゃん、イカサマか?」

「お前が言うな。ほら、詐欺師の番だぞ」


 トランプを元に戻して白鷺に手渡す。シャッフルする白鷺の表情に余裕は無かった。

 それもそのはず、九条に勝てる手札は僅か9枚。53枚の中から僅か9枚のどれかを引かなければならないのは至難の業だからだ。

 余裕のある九条は腕組みをして白鷺がトランプをめくるのを見守る。いや、見守るというよりも、何かイカサマをしないかどうかを注視していた。

 特に不自然な点は無く、白鷺はゆっくりと何回か切ると手を止めて上の一枚を指一本でズラすと、九条の方向けてそれを飛ばす。

 飛んできたトランプを慌てて受けて数字を見る九条。途端、への字口になる。


「その表情を見るからに、うちの勝ちかな?」

「…………何かしたか?」

「いやいや、正々堂々と勝負したで? うちも九条ちゃんの数字見て勝てるとは思われへんかったわ」


 チッ、と舌打ちして手にしたトランプを白鷺に返す。受け取ったトランプを見ると、そこに書かれた数字はK。つまり『13』という最大数字であった。


「いやー、残念やったな九条ちゃん。ほなら、約束守ってもらおうかな?」

「何の話だ?」

「ちょいちょいちょい、それはあかんで。大丈夫やて、今日一日だけの付き合いなんやから、一緒に楽しもや」


 九条の側に近寄り、白鷺は自分の腕を九条の肩に回す。不満そうな九条を連れてそのままご機嫌で歩き出す白鷺であった。

 余談ではあるが、白鷺は今回の勝負においてイカサマをしている。

 用意していたトランプは特殊な細工をしており、実はサングラスをかけてみると、柄が透けて数字が見えるようになっているのだった。

 あとは、九条の数字よりも上の数字がくるようにシャッフルをゆっくりしてそれをめくるだけというものだった。

 そんな事とは露知らず、九条は白鷺に振り回されることになってしまった。



 白鷺が意気揚々と向かった先は、『DU』と呼ばれる洋服店。全国に展開する量販店で、安く良い品が買えることで有名な店である。

 店内に入ると、既に多数の買い物客の姿が見える。皆、目的の品を見て触って確かめながら買い物をしていた。


「さて、今日は買うでー!」


 ヤル気十分と言った様子で白鷺は籠を手にして売り場へ行こうとするが、ついてきた九条は入口で棒立ちの状態。微塵もやる気が感じられなかった。


「あれ? どないしたんや九条ちゃん? はよ、ついてきてや」

「さっさと行ってこい。私は買う服も無ければ興味もないからここで待っている」

「あかん、あかんで九条ちゃん。考えてみ? もし、九条ちゃんが男と付き合うようになったら、同じ服を毎回着る気? それじゃあ、男も逃げていく。だから、うちが一緒に似合う服見てあげるわ」

「色々とツッコミどころが満載すぎるぞ。男と付き合う気はないし、そもそもお前は自分の服を買いに来たんだろう」

「いや、実は九条ちゃんを着せ替えしたいなぁって前から思っててな」

「ふざけるな」

「まぁまぁ、一緒に見て回ろうや。付き合う約束やんか」


 強引に腕を絡めて白鷺は九条と一緒に店内を歩き出す。

 白鷺は片っ端から気に入った服を手に取り、試着し、九条の反応を見て楽しむ。元々スタイルの良い白鷺には、どのような服も似合っていた。本人には全くその気はないのだが、それが地味に九条に対しての当てつけになっていた。

 試着した中から白鷺は幾らか服をチョイスし、籠に入れてレジへと向かう途中で、売り場にあるスカートに目をつけ、それを手に取り眺める。


「おー、ええやん、これ」

「そんなスカートどうする気だ。明らかに小さいだろ」

「いや、これ九条ちゃんにピッタリやなって。似合うで」


 遠目から九条のボトムズとスカートを照らし合わせ、しきりに頷く白鷺。近くにあった無地のトップスと合わせて一人満足気。


「くだらない。私にはそういうひらひらは似合わない」

「謙遜しなさんなって。ほな、この上下お買い上げやな」

「はぁ? 詐欺師、それを買ってどうする気だ」

「何時もお世話になっている九条ちゃんに、うちからの愛を込めたプレゼントってのはどうや?」

「吐き気がするからヤメろ。どの口が言う」

「ええやん。うちが勝手に買うんやから。気に入らなかったら捨てたらええ」

「おい! 結局買うのか!」


 九条の意見を聞かず、白鷺は手にした上下を籠に放り込んでレジへと向かった。

 かなりの数の洋服を買った為、大きな紙袋二つ分。それを、白鷺は付き合ってもらっている九条に渡して荷物持ちをしてもらう。


「あー、やっぱり買い物するとスカッとするなぁ。ほな、次いこうか」

「まだ何処か行くのか!」

「当然やろ。まだまだ陽は高いし、次は九条ちゃんがいないと入りにくい所やしな」

「どういう意味だ?」

「まー、それは見てからのお楽しみやな」



 ゴーゴー! と、一人はしゃぐ白鷺。仕方ない、と自分に言い聞かせてトボトボと足取りの重い九条が後ろをついて歩いていく。

 次に向かった先は映画館。九条達がたどり着いた時、タイミングよく次の上映時間まで後10分と言った所であった。


「ほな、ちょっとチケット買ってくるから入口で待っといて」


 そう言うと、白鷺はチケット販売をしている場所へと向かう。既に見たい映画を把握していたのか、白鷺は映画のチケット購入を手早く済ませ、手にチケットを二枚持って九条の待つ入口までやってきた。


「いやー、これ見たかったんや。一人で見るのはちょっと抵抗あるけど、九条ちゃん一緒やからバッチリやな」

「一体何を見る気だ?」

「ふふ、何やったら九条ちゃん当ててみてや」


 壁に貼られているポスターに目を向ける九条。そこには現在上映されてるラインナップがズラリと並んでいた。


「あの恋愛ものか?」

「ブッブー、残念ハズレや。確かにあれもちょっと興味あるけど、今日のは本気で見たかったんやつや」

「ふーん……そんなにか。どれどれ」


 白鷺が手にしていたチケットの片方を受け取る九条。そこに記されていたのは『不滅の刀』と呼ばれるタイトル。何の事かさっぱりだった九条は、並んであるポスターにある不滅の刀を見ると。


「おい、まさかこれ……アニメなのか?」

「せやで! 今大人気で大ヒットしてるアニメや。興行収入も歴代で一位を取るぐらいのアニメで、凄い評判がいいんやけど……流石に一人で行くのは心苦しくてな」

「そうか。私は外で待っているから一人で見てこい」

「そう言わんとー! お願いや、一緒に見ようや! 横におってくれるだけでええから!」


 手を合わせて、頼む! と、せがむ白鷺。しばらく脳内で葛藤する九条だったが、長い溜息と共に決心をする。


「分かった、分かった。その代わり、私は隣で寝てるぞ」

「オッケー、オッケー! ほな、行こうか! あ、入る前にジュースとポップコーンは必需品やから、買ってからやな」


 売店で白鷺はポップコーンとジュースを手にして上映されている場所へと向かう。

 映画館は幾つもの作品を同時に上映するため、いくつかのフロアに分けられている。今回九条達が入った映画館は四つのフロアに分かれており、そのうちの一つのDへと向かう。Dのフロアに入ると、四つの入口があり、どれも全て不滅の刀が上映されている。どの入口に入るかはチケットに書かれているので、それを頼りに九条達は入口の一つに入る。目の前には大型のスクリーンと、規則正しく並ぶ座席。後ろに行けば行くほど段差が高くなっていた。

 上映されているのが人気の作品というだけあって、既に座席の八割が客で埋まっており、上映を心待ちにしている観客のざわめきが絶えない。九条達は最後尾の空いている席二つに座る。


「随分と騒がしいな……」

「まぁ、今の内だけやな。始まったら流石に静かになるやろ」


 館内に響き渡るブザー音。それと同時に照明の明かりが薄暗くなり、目の前のスクリーンには映像が映し出される。

 映画の上映が始まると、観客は目の前のスクリーンに釘付けとなりのめりこむように見ていた。静かになり、ようやくひと眠りできると思っていた九条だった……が。


「おお! 凄いな今のアクションは! 九条ちゃん見た? 今の映像!」


 ポップコーンを食べながら話しかけてくる隣の人間に睡眠を阻害される。それでも何とか寝ようとするが、ことあるごとに体を揺さぶられたりする為、寝る事を諦めて目の前のアニメを視聴するしかなかった。

 上映時間の二時間を終える。暗かった照明は明るさを取り戻し、それを合図に続々と席を立ち外へと出ていく観客たち。その流れに乗って九条達も映画館から出た。

 気になっていた映画を見終えて大満足の白鷺は、背筋を伸ばして晴れ晴れとした表情を見せる。


「いやー、流石は話題の作品やったな。もう、目まぐるしい展開と濃厚なストーリーは素晴らしいものやった。特に、あのアクションシーンはかっこよかったわ」

「まぁ、アニメだからな」


 映画の余韻を浸りながら白熱する白鷺と完全に割り切っている九条。


「あれ? もしかしておもろなかった?」

「いや、そんな事は無い。無いが……何処かの誰かさんのおかげで睡眠がとれなかったのが心残りだな」


 九条なりの嫌味だったが、白鷺は全く意に介していない様子。

 青一色だった空はいつの間にか対照的な赤い空へと移り変わろうとしていた。人の流れも帰宅途中の社会人、学生の姿が目立つようになってくる。


「ほな、丁度いい時間帯やし、飯いこうか!」

「何時まで付き合わせる気だ! もういい時間帯だぞ」

「ええやん、ええやん。どうせお互い予定ないんやし」

「予定が無くても、やる事はある。次で最後にさせてもらうぞ」

「まぁ、しゃーないな。じゃあ締めで夕飯食いこうか……あそこでええか」


 徒歩で五分満たない近場にある料理店を白鷺は指さす。暖簾と和風な店舗からして和食を扱っているような料理店であることが分かった。ただし、高級そうな感じはなく、庶民的な雰囲気のある店であった。

 近場という事で九条も反対はせず、その料理店へと二人は向かった。

 料理店の暖簾をくぐると、中は意外と広く、カウンターと仕切りのあるお座敷がある店であった。中の客はカウンターの方に二人しかいない。入ってきた九条達に、店主と思わしき白髪の店主が声を掛けてくる。


「はい、いらっしゃい。カウンターとお座敷どちらでもどうぞ」

「ほな、座敷の方に行かせてもらおうかな」


 どうぞ、と店主の返事を聞いて九条達は座敷の方へと向かう。中央にテーブルがあり、向き合う形で座布団が二つずつの四人座れる形のお座敷。九条と白鷺は向き合う形で座る。

 立てかけてあるメニュー表から品物を選び、その場で棒立ちしている店員に白鷺は話しかける。それから十分程で品物が運ばれてくる。二人とも同じ品で、海鮮がふんだんに盛り付けられた海鮮御膳であった。

 黙々と飯にありつく二人。ある程度食べ進めていると。



「どうしてこんな事をした」


 口を開いたのは九条だった。


「どうして、というのは何の事や?」

「わざわざこんな事に付き合わせた事だ。買い物であれ、映画であれ、わざわざ今日という日、相手が私でなくても良かったはずだ」

「買い物にしろ、映画にしろ、二人でした方が楽しいやん。こういうの、ウインウイン、って言うんかな?」

「気を使っているのか」

「うちが九条ちゃんに気を使う? いやいや、ありえへん、ありえへん」


 手を横に何度も振って否定をする白鷺。だが、ジッと見つめる九条の眼差しに、バツがわるそうに頭をポリポリと掻き始める白鷺。


「うちな、妹がおんねん」

「……おい、まさか私とか言う気じゃないだろうな?」

「ちゃうちゃう! ほんまに妹がおんねん! これがまぁ、九条ちゃんにソックリでな。小柄で、生意気で、何かと反抗的な事を言う妹なんやけど……胸は似てないな」

「私に喧嘩を売っているのか?」

「まぁ、それ以外はソックリやな。色々事情があって、妹とはそんな一緒にはおらんかったけど、ちょっと九条ちゃんと重ねたところあるかな」

「私を妹の代わりにしたということか?」

「否定はせえへんな。でも、ほんまにうちの妹と出かけたみたいな感じやったから、うちは大満足やで」

「だったら本当の妹と一緒に出掛ければよかっただろ」


 きょとん、と目を丸くする白鷺。そして、豪快な笑い声を上げる。


「あかんあかん、それは無理やで九条ちゃん」

「何故だ?」


 目の前にある海鮮御膳を全て平らげ、白鷺は箸を置く。そして、お冷を手にすると、勢いよく喉に流し込み、ダン! とテーブルの上に置く。


「――――うちの妹、に死んでるからや」




 ♦♦♦




 夕食を食べ終えて店を出た時、外はすっかり暗くなっていた。

 空には星の海が見え、そこに円を描く月が煌々輝いており、普段よりもずっと明るい夜を迎えていた。

 店を出た二人は帰宅するのだが、何故か九条の後をついていく白鷺。



「おい、なぜついてくる」

「もし万が一九条ちゃんが不審者に襲われても守れるようについてきてるんやで」

「必要ない。むしろ心配するのは不審者の方だぞ」

「つれへんなぁ……後、これも受け取ってえな」


 白鷺は持っている紙袋を持ち上げて九条に見せるようにアピールする。それはDUで買った服の類だった。


「それも必要ない」

「ええ、そうなると九条ちゃんの家までお世話になる事になるで?」

「何でそうなる!」

「だって、九条ちゃんの為に買った服なんやから」

「私は頼んでいない! 詐欺師、大体お前は……ん?」


 口論をめ、周囲をキョロキョロと見渡す九条。その挙動不審な動きに、困惑する白鷺。


「どないしたんや、九条ちゃん」


 何が起こったのか理解不能な白鷺。

 それは微かなものだった。だが、それを確かに九条は感じ取った。



「臭いがした」

「臭い? 何の臭いや?」


 とても慣れ親しんだ匂いだった。何度も感じた事のあるその匂いは、九条にとって胸糞悪い吐き気を催すものであった。



「――――血の臭いだ」





 



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