第3話 予定
この日、九条は一文字の事務所を訪ねていた。
前回から二週間の月日が経ち、どれだけ進展したのか確認するため一文字に電話を掛けた所。
”――――ああ、その件でしたら既に情報を纏めておりますので、何時でもお越しにいらしてください”
そんな思いがけない言葉が返ってきた。正直、九条には驚きしか無かった。
やってきた九条を一文字は歓迎し、前回と同じ席に二人とも着席をする。
「第一報を聞いた時は正直、耳を疑ったぞ。一体どういう情報網を形成しているのか教えてもらいたいぐらいだ」
その情報の質を九条は疑っていた。早いのに越したことはないが、あまりに早すぎる情報を信じていいのか悩んでいた。
「疑っているのですか?」
「あの日から僅か二週間だぞ? 信じる情報に値するかどうか疑うのは当然だ」
「大丈夫ですよ、私が保証します」
「ほう、ならどこからの情報なのか教えてくれ」
「それは秘密です。探偵たるもの、守秘義務というものが存在しますからね」
口元に食指をあてがい、喋らないという意思表示。
「分かった。じゃあ見せてもらおうか? その情報を」
言われて一文字は横に置いてあった束のレポート紙を、目の前にあるテーブルの上に置く。それを手に取る九条。何十枚にも纏められたレポートを一枚一枚、目を通していく。その様子を一文字はただ黙ってみていた。
やがて、全てのレポートを見終えた九条がそっとテーブルの上に置く。
「如何でしたか?」
「この短期間でよくこれほどの情報を集めたものだ。まるで最初から把握していたような情報量だったぞ」
「それは何よりで」
「だが、この情報には最も重要な部分が書かれていなかったぞ」
「と、言いますと?」
「ロキの居場所だ。このレポートには目撃された国、地域の詳細はあったが、現在どの場所にいるかという情報がない。それが無ければこちらとしてはどうしようもないぞ」
「残念ですが、それは難しいですね」
「どういう事だ」
「ロキは非常に気まぐれな性格だからです」
「……詐欺師もそんな事を言っていたな。それが何の関係がある」
「簡単な話です。彼の行動には法則性というものが皆無で、その居場所を掴むのが困難だからです。数ヵ月その場に滞在した時もあれば、数時間後には別の国で確認されたなんて報告もあるぐらいですから、会うには運が必要でしょうね」
「ロキの場所を探れるか?」
「現実的ではありませんね。こっちは独り身ですから、世界中を渡り歩くような化け物を探すのなんて、不可能です。それこそクラウンに頼る他ありませんよ?」
「結局最後はクラウンか」
チッ、と舌打ちをする九条。
「頼ってみてはどうですか?」
「どうせはぐらかされるに決まっている」
「そうでしょうか? 今なら意外と協力的になってくれてるかもしれませんよ?」
「……何か知ったような口ぶりだな」
「ただの探偵としての勘ですよ。情報の方はこれで全部ですが、これ以上調べる事はありますか?」
「……無い。十分だ」
「では、これを。依頼の料金です」
一枚の白い紙を九条に差し出す。それを手に取り、文面に目を通す九条の眉が僅かに曲がる。
「後日、文面に記載されている銀行に振り込んでおく」
「助かります。それと、できる限りのお手伝いはさせてもらいますよ、九条さん。こちらでも何か分かれば連絡させていただきます」
「分かった」
全ての用を終えた九条は、ここに留まる理由もないので、直ぐに立ち上がり出口の方へと向かう。
「ご武運を。陰ながら応援してますよ九条さん」
背後からの一文字の声に応える事はなく、無言で後にした。
♦♦ ♦♦
一文字の事務所を後にした九条は、その足で街へと赴いていた。
特に目的もなく行く宛ての無い外出。ロキの場所は不明、悪鬼に関する情報は九条には伝わっていない。
陽はまだまだ高い位置にあり、周囲は学生やスーツ姿の社会人の姿が多く見受けられる。
彷徨うように歩いている途中、目の前の横断歩道の信号が赤になる。
足を止め、信号が青になるのを待っていると、九条は背後に気配を感じる。
「……詐欺師か」
振り向くことなくポツリと九条は呟く。
「なんや、今から九条ちゃんの目を手で覆って『だーれだ』ってやろうとしたのにバレとったんか」
あーあ、と九条の背後から非常に残念そうな声と共に、白鷺が九条の横に肩を並べるようにして立つ。
「何の用だ?」
「そんな毛嫌いせんといて。うちかて用も無いけどたまーに九条ちゃんの顔が見たくなる時だってあるで?」
「……なるほど、私の監視か」
指摘に対し、白鷺は茶化したり誤魔化すことをしなかった。ただ、呆れたように肩を上下させて小さく息を吐いた。
「監視やのうて、子守りやな。今の所クラウンは静観しとるで」
「よほど探っている事が嫌と見えるな」
「聞いたで? アンタ、最近えらいロキにご執心しとるらしいな。アイツを探し出してどうする気や?」
「愚問だな。することは一つだろ」
「…………」
信号はまだ青にはならない。
会話は途切れ、前を行き交う車の音と、周囲の雑踏の音だけが二人の間に流れる。
空白の時間が一分経った頃か。
「なぁ、九条ちゃん。アンタ全て終わらせた後どうする気や?」
唐突に白鷺が切り出す。
「……どういう意味だ?」
「アンタの目的は家族を殺された蒼い目の悪鬼を倒す事。その蒼い悪鬼も、もしかしたら他の奴に倒されてるかもしれん。その後、アンタはどうする気や?」
「倒した後の事なんて、倒した後考えれば良い」
「戻れるんか? あの子らみたいな日常に」
白鷺が顎でくいっ、と反対側の横断歩道に向ける。そこには、学生服に身を包んだ女子生徒二人が学生鞄を持って仲良く談話をしていた。
「九条ちゃんも青春を謳歌する年頃やろ? ああいうのに憧れはないん?」
「無い。そういうのはもう、とうの昔に捨てた」
「そんな悲しい事いわんといてぇな。今でも全然いけるやろ」
「逆に聞くが、詐欺師はどうだったんだ?」
「う……うちか? ちょっと痛い所突いてくるなぁ」
むむ、と悩まし気な表情を見せる白鷺。
「どうした? 人にはそんな事を言っておいて私と同じか?」
「ちゃうちゃう、うちは九条ちゃんみたいになったのはずっと後やからな」
「じゃあ何だというんだ?」
「……うちはずーっと寝てたからや。あの子らみたいな歳の時、ずっと病院の天井ばっかり眺めてたな」
「…………」
その声にはどこか元気が無かった。それに対して、九条は深く追求をすることをしなかった。
信号が青になり、二人は揃って歩を進める。
「なぁ、九条ちゃん。これからどこ行く気や?」
「行く宛ては無い。だから監視などしても無駄なだけだぞ」
「ほぅ、それはいい事聞いたで」
「どういう意味だ?」
「つまり、九条ちゃんはやる事無い、約束無い、という完全フリーな状態ってわけやから、うちの用事に付きおうてくれるってわけやな」
横断歩道の反対側までたどり着いた所で、九条は足を止め、不快そうな表情と共に横にいる白鷺を睨んでいた。
「そんな事、一言も言っていないが?」
「固い事言わんと、うちと九条ちゃんの仲やない」
「どういう仲だ」
「うーん、姉と妹みたいな関係かな。困ったときは助け合うって感じ」
「なら、お前に訳の分からない約束を押し付けられて困っているから、助けてもらえるか」
「うちも九条ちゃんが乗り気やのうて困ってるんや。なんとかならんか?」
バチバチと互いの視線が交わる。
お互いに一歩も引かぬ状況。話はいつまでたっても並行線とも思われた……が。
「これじゃあ埒がアカンから、一つうちから提案がある」
「提案?」
「せや。一つ、うちと勝負しようや」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます